動けば雷電

第25話

 その週、生徒会役員達は出来ることなら会長室へ向かうことを避けた。

 主であるセイラの冷たい怒りが満ち満ちていて息をするのも苦しく、発言するにしたって自分の頭と舌が上手く噛み合わなくて、「何が言いたいのか貴方が理解したら教えてくれる?」と冷たくあしらわれるのが関の山だったから。


 セイラは怒っていた。あるいは憎悪という段階に至っているかもしれない。

 そんな彼女へさらに不快な情報を伝えなければならないことに、副会長・東英人あづまひでとは初めて側近である自分の立場を恨んだ。


「空手部と剣道部が練習場のことで諍いになった件ですが」


 セイラが視線だけを寄こす。この部屋のなかで何か音がたつ、それだけでも気に入らないという視線の寄こし方だった。


「校内で暴力行為に及んだということで、両人への退学処分申請が風紀委員から上がっていますが、どう処理しましょう」


「今週に入っていくつ似たような申請を受け取ったかしら」


「八人分です」


「この調子だと来月には全校生徒も半分に減って、練習場の問題も解決できそうね」


「審議会を開きかますか……?」


 セイラが蠅をはらうように手をふる。東は一体あと何度こんなやり取りを繰り返すのかと考えると、胃に穴のあくような思いだった。伺いたてることしかできない自分を、セイラは無能としてあの連中と同じく見下し始めているのかもしれない。


(なんで俺がこんな目に……!)


 東の憤怒の向かう先、あの連中――正之一党。

 春乃風太の家に火を放ち、相手をすっかりやり込めてからは天下を取ったとばかりに好き放題している。放火の件は家主の不始末が原因ではないかと有耶無耶にされた。しかし多くの生徒が真相を知り、それ故に正之を恐れた。

 望月正之に目をつけられたら、家に火をつけられる。

 誇張ではなく皆は信じ、正之にたてつく者は消え、クレームも無くなった。それでセイラとの約束も果たしたと考えたのか、悪びれることもなく権力の乱用を繰り返している。

 そんな風にして押し込められた生徒達の不満がどこに向かうかと言えば――。


「邪魔する」


 ノックの後、扉が開く。入室して来たのは、太陽を引き連れたハルだった。


「貴様、一体誰に断って入ってきている! 一般生徒風情が――」


「その一般生徒からラブレターが届いてたぜ」


 東が諸々の私怨も含めて怒鳴ると、ハルが紙切れを寄こしてくる。それは一枚のルーズリーフで、セロハンテープがついていたから扉に貼られていたのだろう。

 極太マジックで、無能、と書かれていた。


「貴様、こんな真似……!」


「俺がそんなことで溜飲を下げる輩だと思うなら、書かれているのはあんたの名前ってことになるな。第一、今更目くじら立てることもあるまい。今週に入って何度目だ?」


「く、この……!」


「何の用なの、春乃くん」


 黙っていたセイラが口を開いた。セイラは睨むでもなく、感情の宿らない瞳で見据えている。余計なものがそぎ落とされた声だった。


「さしもの生徒会長様も今回のことじゃ苦労が多かろうと思ってな。周りも役立たずで屁の突っ張りにもならんようだし」


「なんだと……!」


「プレゼントを持ってきたよ」


 そう言ってハルが手元に抱えていたブリーフリーケースからA4用紙を一束取り出し、セイラの前に置いた。セイラは視線を落としたが、手には取らなかった。


「しかし今回のことはまいったよな。この学園においちゃ無双に思えたあんたも、さすがに叔母様には歯向かえない。今じゃ従弟のほうを恐れて、あんたの部屋にそんな張り紙がくっつく始末だ」


「私が叔母を恐れてあの子を切ることができない。貴方はそう言うのね?」


「一般生徒諸侯はそう思っているだろうな。もしかすると〝お祖父様〟もこう思って悲しんでいるかもな。手をかけたセイラが、可愛い従弟如きコントロールできていないと」


 セイラの眉がぴくりと動く。


「俺はあんたを安く見ちゃいないさ。あんたならやるだろう。しかし身内を切るんだ。さすがに無傷じゃいられない。傷を最小限に抑えるために算段を整えているのだろう。だが時間をかけるだけ爺様の評価は悪くなる。ジレンマだ」


 ハルは知っているのだ。セイラが嵐の秘蔵っ子で、それ故に多大な期待をかけられていること。セイラはそれに応え続けてきたことを。


「投げて寄こされた物を手に取りたくない気持ちもわかるが、ここはウィンウィンの関係といこう。俺だってあんたの力を借りたい。めくって見ろよ、面白いものが載ってるぜ」


 セイラは冷たい眼でハルを睨みながら手元の資料をめくった。


「……登記簿謄本?」


「ご名答、そりゃ所有権移転登記の謄本だよ。ある土地のな」


「……ずいぶんわずかな土地のようね」


「わずかな土地だが面白い土地だぜ? 調べてみるといい、興味深いことがわかるだろう」


「それが一体なんだと言うんだ!」


 一体目の前で何のやり取りが行なわれているのか。東には皆目見当がつかず、つかないだけに腹立たしかった。


「使い道はおいおい伝える。まぁ賢い会長様なら、土地の所有者を調べれば察しがつくだろう。今は急ぎ、別件がある」


 そう言うとハルはブリーフリーケースから新たな用紙の束を取り出す。


「これをあんたに受理して欲しくてね」


「……入部届け?」


 そこは各人の署名が入った入部届けが――ざっと三十枚は用意されていた。

 その入部先が――。


「総合格闘技クラブ」


 セイラが紙面を読む。


「成立はしていなかったが、まだ案件自体は消滅していなかったはずだよな?」


「何を考えているの」


「今こそ奴の夢を叶えてやるのさ。ただし夢でなく奴の墓場としてな」

 そういってハルは笑うと、最後に三枚の入部届けを加え、提出した。


「準備は整った。決戦の時だぜ」

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