第2話


 家にいるのもアレなので、早めにバイト先に向かうことにした。自転車で約一五分。事故に巻き込まれないかヒヤヒヤしながらペダルをこいだ。


 二人に告られたってことは、選ばないといけない。

 ……あれ? 選ぶ必要あるのか?

 二番目でいいって、二人とも……。


 でも選ぶべきだよな。誠意というか、そういうのはある。俺も俺なりに真剣に考えてるわけだし。

 二番目宣言は、それくらい俺のことを真剣に思っているっていう言い回しなのでは。


「けど、本当に言葉通りだったら、どっちかは悲しませることになる」


 わからん! どうしたらいいんだ。


 バイト先に到着し、長机とパイプ椅子が置いてあるだけの簡素な休憩室でスマホゲームをはじめる。

 画面を見ているけど、頭は違うことを考えていた。

 燈子と美希、どっちを選ぶか、どっちもか、どちらも選ばないか。


 でも、どっちも選ばないってのはないよな。俺だって彼女ほしいし、二人ともまだライクの好きだけど、ラブになる……と思う。


 燈子は長所も短所もよく知っている。化粧っけのないつるんとして目鼻立ちが整った顔で美やファッションに目覚めたらすんごくモテそう。

 妹はギャルど真ん中の子だけどニイと俺のことをずっと慕ってくれている。ギャルメイク時はそれなりに可愛いけどメイクを落としても普通に可愛い。


「あれれ? おはよー。早いね。どうかした?」

「あぁ、明依先輩。おざっす」


 同じ時間からシフトに入る先輩がきょとんとした顔で休憩室に現れた。

 一歳年上の高瀬明依さん。バイト仲間たちの憧れである先輩は、ふわっとしたボブを後ろでまとめはじめた。

 一歳上ってだけなのに、とってもお姉さんな感じがたまらなく、仕事のフォローもよくしてくれるし、優しいし、スタイルもいい。バイト中にお客さんからナンパされるのなんてしょっちゅうだった。

 俺は出していたスマホをしまった。


「ちょっと、家にいづらくて」

「えっ。冬汰くんでもそういうのあるんだ?」

「まあ、はい。イイ意味でスペシャルというか、そういう事件? があって」

「なのに、なんで居づらいの?」


 先輩にならしゃべってもいいかも。俺のモヤモヤしたものを受け止めてくれて、親身になって一緒に悩んでくれそうだ。


「簡単に言うと告られたんです。二人から」


 この二時間くらいの話を、俺は簡潔に先輩に伝えた。


『すごいじゃん! モテモテだねぇ』とか。

『あーそれは悩むねぇ。わー、難しいなぁ』とか。

『いいね、いいね、青春だねぇ』とか。


 そんないくつかのパターンが思い浮かんだけど、実際は違った。


「そっか……二番目でいいとか、そういうのも、ありなんだ」


 と、ぽつりとつぶやく。


「それだけ真剣ってことなのかもですけど……その言葉に甘えるのも、ねえ」


 自分なりに解釈してみたけど、自信がないので後半は濁すだけになってしまった。


「わたしも、立候補しちゃおっかなぁ……そのやり方でいいなら」

「ん?」


 意味がわからなかったので訊き返すと、先輩はいたずらっぽい笑みを浮かべながら両手で頬杖をついて俺を見つめた。


「冬汰くんの彼女になりたいってこと」


 音として言葉は聞こえたけど、脳が処理できない。


「え? はい?」

「もぉー。君のことが、好きってこと」


 ふふふ、と照れくさそうに笑う先輩を、俺は呆然と見つめていた。笑顔にキュンとして、言葉にドキドキして、でも、どうしようっていう困惑がすぐ思い浮かんで、感情がグチャグチャになってフリーズするしかできなかった。


「便乗といえばそうかもしれないけど、今を逃したら選択肢にすらなれないわけでしょ? それはやっぱり辛いから」

「え? え? まだ全然話が……」


「高瀬明依は、栗原冬汰くんのことが前からずっと気になってて、恋してたっていう話だよ?」


 数多の男子が恋に落ちた輝くような微笑に、俺みたいな一般人が目を奪われないはずがなかった。


 嬉しいはずなのに衝撃がデカすぎて、まだ受け止めきれない。妄想のひとつくらいしたことはある。それが今目の前で起きている。けど現実味がなさすぎる。


「あ、ありがとうございます。嬉しいです……こんな俺を」

 そのせいで、当たり障りのないこんなしょうもない反応しかできなかった。


「妹ちゃんと幼馴染の子と一緒で、わたしもフラれるくらいなら本命じゃなくていいからね」


 からかっているようには見えず、だからこそ困った。


「フラれてマイナスな関係になるくらいなら、本命じゃなくていいっていう気持ち、すっごくわかるから……困らせるかもだけど、でも、それくらい好きなんだよ」


「恐縮です……」

 使い方合ってるのかもわからん。でも、身に余る光栄的な気持ちだった。


 これで、三人目。

 この数時間で、三人目。


 神様、なんか間違えてない? 一生分のチャンスをこの二、三時間に集中させてない?

 もちろん嬉しい。

 でもこういう出来事は、せめて三年ごととかにしてくれ……!


「返事は、すぐじゃなくていいから」

「あ、はい……」

「あ。店長に呼ばれてる。先行くね」


 席を立った先輩は、はにかんだような笑みを残して休憩室をあとにした。

 ぽかん、と俺は宙を眺めていた。


 明依先輩はもちろん好き。

 でも燈子も妹の美希も好きだ。


 誰か一人を選んだほうがいいんだろうな。倫理的に。当たり前だ。あんな可愛い子たちを悲しませるわけには………………。


 でも、フラれたら、悲しむよな。


 先輩が言ったように、俺との関係がネガティブなものに変化するなら、本命じゃなくていいから関係を続けたいというのも、また本心なんだろう。


「わけわかんねえよ」


 一人を選ぶと一人が悲しむ状況から、二人が悲しむ事態になってしまった。





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