第2話 子役だったセクシー女優
一歳の子どもは、何度もポットン落としを繰り返す。一方で、一緒に遊ぶ五味にとっては、中毒性の低い行為を繰り返すのには限界があった。ぼんやりと眺めるだけでサポートを放棄すると、ブロックが穴に入らなくて翼は苛立ちはじめる。
いまにも泣きそうな翼の表情よりも、聖里菜は切ない顔をする。まるで、映画のワンシーンのような美しさもあった。
「こうやって、形が違うもんは、穴に入らんかったらええのにな」
色んな欲望が星野里菜という穴には、ねじ込まれている気がするので、色々と考えてしまう。里菜は外に向かってトゲトゲしているけれど、実は求められたらその形になっていってしまうタイプと、誰かも評していた。
天才子役から、女優として薔薇色の人生が待っていたはずだった。なのに、大手事務所に潰される形で、流れ着いたのはアダルトビデオ業界だった。
モザイクがかけられた保険証の生年月日と、電波時計に表示された日付を照らし合わせながら、デビュー作のインタビューを撮影されたのが今年の五月だ。一八歳になった瞬間に、撮影ができるように、聖里菜は高校を中退していたのだ。
そこから映像が発売されたのは九月。一二月に入るまでのわずか三ヶ月の間に、すでに何十本ものビデオに出演し、生きる伝説となっている。
現在、自動車免許取得を理由に休業中だが、休みに入るまで毎日撮影していたと本人は語っている。教習所で出会ってからも毎週、色んなレーベルから複数の新作が発売されている状態なので、嘘や冗談ではなく休みなしで働いていたのかもしれない。
ポットン落としの玩具の話題から、女性の穴に大人の玩具が入れられてしまうのを五味は想像してしまった。
下品な五味と比べるまでもなく、翼は純粋だ。
うまく遊べなくて悔しいときもあるけど、大半の瞬間は楽しいのだろう。夢中になって何度もポットン落としを繰り返している。穴とブロックには五種類の形があるものの、翼が一番得意なのは、丸型だ。
「やっぱり、ママと同じで翼も丸いんを穴に入れるん得意なんや?」
「ちょっと待ってくださいよ。魔夜さんに枕営業の噂は――」
五味の反論を遮るように、聖里菜に頭を叩かれてしまう。
「どうやら勘違いしとるようやなぁ。うちがしよるんは、チンコはチンコでも、パチンコの話やで」
「そうだった。魔夜さんは歌って踊る仕事がなくなったあと、パチンコ番組の準レギュラーが決まって芸能生活を生き延びたんだったな」
パチンコ番組に行き着くまでも、魔夜は苦労した。歌って踊る仕事がなくなると、きわどいグラビアの仕事を断らずに受けた。そして、グラビア崩れの仲間入りと思われてのパチンコ番組のゲストというパターンだ。
「残念やったなぁ。魔夜さんも、うちみたく違うチンコで金稼いでたほうが五味としては嬉しかったやろうに」
「そ、そ、そ、そんなこと、思ったこともない」
「嘘つくなや。穴に入れるの言葉で枕営業に繋がっといて、それは無理があるで。少なくとも、ちっとは意識しとるから勘違いしたんやろ?」
「だ、だ、だ、だから、違うっての」
「はいはい。わかった、わかった。顔を真っ赤にするん見えて、満足やから、もうやめたる。このまま続けたら、年下をからかうんにハマってまいそうやしな」
「年下って、同じ学年だろうが」
「うっさいなぁ。一八歳になってない、仮免しかとれん若造が口答えすんなや」
「そうかい、そうかい。高校中退した身からしたら、学生なんて年下みたいなもんってことか?」
「ようわかっとるやん。そういうとこも誰かに似とるから、いじりがいあるねんな」
「似てるって誰に?」
「うちを抱いた男の一人にや」
「多すぎてわかんねぇよ」
ケラケラと笑った聖里菜だったが、五味に似ている男が頭の片隅にでもいるのか、珍しく神妙な顔をする。
「そういや、五味がマニュアルをとろうとした理由ってなんやっけ?」
「来年、運転シーンのある役のオーディションを受けようと思って。で、どうせなら、マニュアル車を乗りこなして、カーアクションものなら、僕が呼ばれるって武器を持とうと思ってね」
「ええやん、出来るかもな。ムカついて、からかわなしょうがないぐらいには、あのアホと似とるんやからな。根性が同じ色しとるで」
結局、誰のことをいってるのかはわからないけど、素直に五味は嬉しかった。カーアクションの映画で、ヒロインを演じた星野里菜の言葉には価値があるから、自信になる。
とはいえ、喜びの過剰摂取は身体に毒だ。これ以上は照れくさくなるだけなので、話題を変えることにした。
「にしても、さっきから翼は同じ失敗ばっかりしてるよな?」
「これぐらいの子供やと、こんなもんやと思うけどな。いまの時期やと、色の違いを理解できるんかも、怪しいんやなかったっけ?」
五種類の形の違うブロックは、ブロックごとに原色が割り当てられている。子どもが何歳から色を見分けられるのか五味は知らないけれど、形だけでなく色も遊ぶためのヒントになっているのは事実としてありそうだ。
「さすが、色盲役を演じただけあって、詳しいなあ」
「まぁ、ちょっとは敏感になっとるってのもあるな。うちのせいで、魔夜さんの売れる機会が流れた責任を感じとるねん。せやから、翼の病気にいち早く気づきたいってのはあるかもな。それは、別に色盲に限ったことでもないんやけど」
「なんか罪滅ぼしって感じが伝わってくるけどさ。魔夜さんは、売れなかったのを人のせいにはしてないだろ。そうじゃなきゃ、いまだに芸能界にいるのも説明つかないよ」
山地魔夜の芸能人生は、薔薇色からは程遠い。アイドルブームに翻弄されてきたせいで、アップダウンの激しい峠のような道だった。
昭和アイドルブームを小学生の頃に経験し、憧れて飛び込んだ夢の世界。残念ながら、魔夜のアイドルとしての短い消費期限はアイドル冬の時代にドンピシャだった。
現在、魔夜は三六歳だ。アイドル一本で勝負するのは、ほとんど不可能になった。そんな頃になって、芸能界はアイドル黄金時代を迎えている。
歌って踊る仕事にこだわらず、その人柄でなんとか芸能界を生き残り続けた苦労人が、いま十代でデビューできていれば、おそらくトップアイドルにのぼりつめていただろう。というのが、一部業界関係者の評価だ。
一方で、本人は自己評価が高くなかったりもする。「伝説的アイドルの天野ミハネと比べたら自分なんか」と、二言目には口をする。引退した天野ミハネのことを五味はよく知らないので、戦い続ける魔夜のほうがすごいと思っているのだが。
そしてなにより、薔薇色の芸能生活をいまだに諦めていない魔夜の強メンタルは見習うべきところだ。アイドル黄金時代に、三十代後半の元アイドルとしてブレイク出来る可能性がゼロでないならば、努力を惜しまない。
枕営業の需要もあるのだろうけれど、ファンの夢を壊さないために自分の中で線引がある点にもプロフェッショナルさを感じる。子どもを利用する形でママドルとしてやっていくのはグレーゾーンのようで、そこにも色々と葛藤が垣間見えるのも、それはそれで人間くさくて悪くはない。
なんにせよ、どれだけ努力して武器を得ても、若さという一点で覆されるのが人生だと知っているのが、年齢を重ねた強みでもある。
若さが武器だというならば、羨むだけではない。むしろ、魔夜だって若さを最大限に利用する。一番若い今日のうちに、できることならば今日やるし、そのなかでも欲張りなものを選ぶ。
自動車免許取得でいえば、オートマ限定を選ばずに、マニュアル車も運転できるものを欲張りに選ぶ。そもそも、マニュアル解放なんて、将来売れて忙しくなったら出来ないのだから、あとになってうんぬん言ってるのは、若さの価値をわかっていない連中の戯言だ。
「痛い、痛い。いきなりなんや、翼?」
ついに玩具で遊ぶのに飽きたのか、翼は座っている聖里菜をかけ登っていく。最初は抱っこをせがんでいるのだと思っていた。が、狙いはどうやら聖里菜の豊満な胸のようだ。
「ちょー、やめって。なんもまだ出ーへんで」
もみごたえだけでなく、見応えもあると男はうまれたたときから知っているのかもしれない。翼は聖里菜のシャツの襟元を引っ張って上から覗こうとする。五味の位置からでもブラジャーの黄色い薔薇が見えた。
まさか、里菜のアダルトビデオを入手しているのに、映像よりも先にリアルでブラジャーをみるほうがはやいとは思ってもみなかった。
「アホ、人の下着みとらんとたすけんかい」
「御意」
抱っこして聖里菜から引き剥がした翼を床に座らせる。ブラジャーが見えなくなった代わりのものを、聖里菜はすかさず用意する。得意の歌を踊りつきで披露しはじめると、いつも翼は機嫌を直す。いわば聖里菜の必殺技だ。
「げんこつ山のたぬきさん、おっぱいのんで、ねんねして、抱っこして、おんぶして、またあした〜」
セクシー女優が歌うと、卑猥な歌詞に思えてしかたない。
げんこつ山のたぬきさんの性別が、特大金玉を持つオスの隠喩なら、どエロいことを歌っていることになりそうだ。
「いないいないばあ」
アホなことしか考えていない五味に、翼が癒しを与えてくれる。数少ない喋れる言葉を発しながら、翼が自らの顔を隠すのは小さな手ではなかった。
型落としの五つの形の違う穴が空いた蓋を利用している。結果的に、いないいないばあなのに、穴の向こう側から翼の丸い瞳と見つめ合う。
これぐらい目の大きいモザイクならば、星野里菜の大事なところ全部みえるだろうに。
だめだ。いくら翼が可愛い子どもでも、爆発寸前の男子高校生の性欲はおさえようがない。
今日は、星野里菜のインタビュー映像より先を視聴してしまうかもしれない。
でも、里菜の裸をみてしまって、また明日なんてことが、童貞にできるのだろうか。
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