スノードーム

濡れ鼠

スノードーム

目を開けると、鼻先が窓ガラスに触れそうになった。ガラスの向こう側を吹雪が飛んでいく。空は黒を数滴落とした白色で塗り尽くされていて、時折色が混ざりきっていないから、灰色が濃くなっている。家も畑も同じ白が覆いかぶさっていて、その上に白1色の靄が漂っていた。


突如目の前に自分の顔が現れ、私は声を上げそうになった。私はひどく疲れた顔をして、闇の中に沈み込んでいた。湿った瞳が、私をじっと見返してくる。白目に浮いた血管が、はっきりと見えた。私の口からこぼれ出た吐息が、ガラスの表面を白く濁らせる。新幹線はトンネルを抜け、通過駅の待合展望台が吹雪の向こうを飛び去っていって、私の記憶はずっと私の後を追いかけてくる。


ガラスの奥の雪が、雪と同じ色の病棟に降りかかるのを空想しながら、私は瞼を落とす。再びトンネルに入ったのを感じるけれど、私の視界は白いままで、そこはなんだか狭くて、スノードームをのぞいているようだった。ひっくり返せばまた、雪が降る。でも、いいの。介護から解放された私は、スノードームの外に出たのだから。私の腕をつかんで離さなかった母の空虚な瞳も、徘徊する母や追いすがる私に向けられた非難を含んだ瞳も、全部スノードームの中に閉じ込めてきた。

まずは暖かいところへ行きましょう。次の行き先を考えるまでに雪が降らないだろうか、なんて心配しなくてもいいの。

「どちら様?」

母がスノードームの中から尋ねてくるけれど、私は自分の名前だけ答えることに決めたから。新幹線はさっきから全速力で走り続けていて、トンネルはなかなか終わらない。


再び目を開けると、また私の顔がこちらを向いていた。私は指先でそっとガラスに触れ、頰を流れる涙を払ってやる。よく頑張ったから、ねえ、もう泣かないで。


県境の長いトンネルが終わり、また吹雪が待っているのだろうと思っていた。私は、白い靄から蓋を取ったようにのぞく空色に目を細める。太陽はそこにはいなくて、しかしその存在を感じずにはいられないほど、晴れた空は光を湛えていた。今あの靄の切れ間から天使が舞い降りてきたとしても、私は驚かないだろう。温かいものが降り注いでいる気がして、私はガラス越しに青空に触れた。

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スノードーム 濡れ鼠 @brownrat

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