<丸喜視点>第3話 雨
トモ君とケンタ君との勝負が始まった放課後。
雲は灰色に染まり、まだ放課後だというにも関わらず、周りは夕方だとは思えないくらいには暗かった。
外に出たころには、雨脚がはっきりと見えるほどに激しい雨が降り注いでいる。
「………」
上履きから外靴に履き替え、傘さしから黒の傘を取り出す。
ばさり、と傘を開く。
大きい六角形は僕の体を丸ごと覆っても、なおも余りがあるほど大きかった。
息を吸えば、重苦しい空気が肺に入って、気分が沈んでいく。太陽光を浴びないと、人間は鬱になりやすいという話を聞いたことがあるが、それも悪天気の今日をテンションを考えれば、十分に頷ける。
僕は気分を下げながらも、傘をさしてプール近くにある部室棟へと足を向かわせる。
大抵の文学系の部の部室は食堂の上にある文芸棟や校内の教室があてがわれるのだが、なぜか文芸部だけは、運動部の着替え室があるプール前の倉庫にその部屋を構えている。
文芸部って文学棟のいわゆる顔のような位置づけではないのだろうか。なぜ、運動部が所蔵多く所属する部屋に放り込まれるのだろう。
と、まぁ、それは僕の自業自得なんだけど……やはり、それでも肩身が狭いのは変わりがない。
けれど、結果的にはここに文芸部の部室があって良かったと心の底から思える。
それは文芸部のお隣さんが―――女子陸上部の着替え部屋だから!
誤解してほしくないが、決してよこしまな理由ではない。
この気持ちは言うなれば、隣の部屋にアイドルが引っ越してきたみたいな…純粋な気持ちっていうか、純粋な恋心というか。
……ちょっとやましかったかもしれない。
とりあえず伝えたいのは、覗きなど犯罪みたいなことは断じてやっていないということだ。
覗き目的ではない純粋な気持ちを僕は向ける相手、それが隣にいるのだ。
その彼女の名前は―――樹原五十鈴さんの存在に他ならない。
褐色に肌を焦がし、モデルのようにすらりとのびたスタイル。彼女の笑顔はまるで太陽で、みんなを明るい表情にさせる。
性格だけでなく彼女はスポーツでも有名で、陸上では過去『彗星』とまで言われた才女。今も過去ほどではないが、記録を残し続けている。
あらゆる人に優しくて、天真爛漫。スポーツもできて性格まで良いとか、もう本当に漫画の主人公である。
そんな完璧少女に僕は分不相応ながらも恋心を抱いてしまった。
しかし彼女に比べて、僕は無名も無名。
テストで一位は取ってはいるが、テスト結果が廊下に張り出される…なんてイベントがこの学校にはないので、仲間内で自慢するのが関の山。
かたや世間にも顔の知られる陸上の才女、かたや友達にすら「勉強はできるバカ」と罵られ、『三馬鹿』という不名誉なあだ名で呼ばれる男。
……分不相応にも程がある。
自分でもそう思うものの、恋と言うのは不思議なもので、諦めることができない。
部室が隣というアドバンテージを生かし、僕なりに頑張って『部屋に入るとき見かけると、挨拶する仲』にはなった。
うん、ほぼ赤の他人だね。
しかも、その挨拶の大抵は樹原さんの方からしてくれるんだよね。
うん、もう僕なにもしてないよね。
「………」
だめだ、雨のせいで考えがどうしても後ろ向きになってしまう。切り替えよう。
……とはいっても。今日はあいにくの雨。陸上部は休みもしくは体育館で屋内練習に今頃汗を流しているころ。
今日は樹原さんに鉢合わせることもないだろう。
だから僕はたいした緊張感もなく、水たまりをひょひょい避けながら、部室へと足を進ませていた。
そんなとき―――前方に人影が見えた。
「あれ?」
その人はプール入り口、そこにある段差で傘もささずに座りこけていた。
顔は
誰だ? あんなところで何をやってるんだろう。
そう思いはしたものの、何か辛いことがあったことは明白だろう。
だから、好きなようにさせてやるのが一番だと考え、見ないふりをして部室のドアノブに手をかけた途端、ゴロゴロと地鳴りのような音が空から聞こえてきた。
雷…それも結構近くじゃないか……?
思わず、ちらりとその子の様子をうかがう。
彼(?)はまだ動くそぶりすら見せず、座っている。
「……」
何か訳ありなのだろうが、流石に雷まで降ってくれば無視はできない。
僕は小走りでその子の元まで向かった。
近くまで寄れば、遠目からはわからなかったその子の体格がはっきりと見える。
体格はしっかりしていて、僕よりも多分大きい。
僕は戦々恐々しながらも、その子が入るように傘を差しだす。
「……大丈夫ですか?」
その子はびくりと体を震えさせる。
僕は頭から言葉を絞り出して、安心できるように彼女に声をかける。
「あーえっと、少しの間、雨宿りしていきますか? 雷も近づいてきたみたいで、危ないですから」
僕は言い訳みたいな言葉を口に出していると、その子がゆっくりと顔を上げた。
「――――」
息をのんだ。
雨を含んだ前髪が顔にまとわりつくように張って、瞳は生気を失っている。
でも、それでもその端正な顔立ちに、僕は見覚えがあった。
「き、樹原さん……」
練習でいないはずの彼女は、瞳から雫をこぼして、佇んでいた。
***
まるきくんはもう一話だけ続く!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます