第2話 夢 パラレルワールド
夢を見た。
私は両親と妹と車に乗っていた。
運転する父親、助手席で地図を見つめる母親を、妹と共に後部座席から眺めていた。
突然、父が焦ったような声を出す。
車が制御を失い、道路から外れた。
目の前には幅が100メートルほどありそうな大きな川が横たわっている。
車が川に突っ込む。私は衝撃で上空に投げ出された。
ぼんやりした視界の中で、同じように投げ出された母の姿を捉えた。
そして、真っ逆さまに水面に叩きつけられる。
目を覚ますと、そこは私の部屋であった。
両親と妹と共に暮らしいている家の2階、ベッドの上だった。
水面に叩きつけられたかに思われた私の体は、全くもって何の異常も見られなかった。
ああ、あの事故は夢だったんだ。
のそり、と起き上がり部屋を出る。
「あ!お姉ちゃん!遅いよ!早く学校に行こうよ!」
部屋を出た途端、私の胸に飛び込んできたのは。
全く知らない少女であった。
小さめのつり目に、日に焼けた肌、茶色の髪。
私を姉と呼ぶこの少女は誰だ。
確かに私には妹がいる。しかし、このような容姿ではない。
「誰?」
私は少女に尋ねた。
「どうしたの?お姉ちゃん?私は私じゃん。早く準備して!遅れちゃうよ!」
私は困惑した。
そして不気味に思った。
全く知らない他人から、姉と呼ばれることが心底恐ろしかった。
吐き気と鳥肌を抑えながら、妹を引き剥がし、リビングに向かった。
リビングには母がいた。
私の知っている母の容姿そのままである。私は安心した。
「お母さん、何か知らない子がウチにいるんだけど。姉だって呼んでくるんだけど。」
母に歩み寄りながら、話しかける。
近づくと何やら母が小声でモゴモゴと話していた。
「お父さん…あなたのおじいちゃんも知らない人だった。あれは誰なの。誰なの。あなたの妹、あれは誰なの。私の娘だと、あの子は言うけど、私は知らない。誰なの。誰なの。」
母はうわ言のように誰なの、誰なの、の繰り返している。
私は思い出すことがあった。
どこかで見た都市伝説。
夢はパラレルワールドの世界だ、という話だ。
ここは、パラレルワールドで、私と母はそこに迷い込んだのではと思った。
「お母さん、ここは私たちの世界じゃない、きっとパラレルワールドだよ。
事故の夢の衝撃で迷い込んじゃったんだよ。」
そんな話をしていると、後ろから声をかけられる。
「お姉ちゃん!お母さん!早く早く!学校に行く準備をしなきゃ」
妹を名乗る少女が、リビングに降りてきたのだ。
母は怯えたような目を少女に向けるが、少女は早く早くとねだっていて気づいていないようだった。
母はおずおずと立ち上がり、料理を始めた。
この娘を名乗る赤の他人、知らない娘のために、朝食や弁当を用意するのだろう。
母は、私以上にこの少女を気味悪がっていると容易に想像できた。
私はもう学生ではないはずだが、少女がねだるので学校に行く準備を始めた。
自分の部屋に行ってクローゼットを開ける。
なぜか制服が一式入っていた。
私はそれを着て、見たことのない表紙の教科書を片端から全てカバンに詰めた。
準備を終えて、再びリビングに戻る。楽しそうに話をする少女の声が聞こえる。
母が私に近づき、耳打ちをする。
「私はこの子の母親じゃない。
この子の話すエピソードを何一つ知らない。
でも、この子にとっての母親は私なんだわ。
私がいなかったら、この子の母親はどこにもいないことになってしまう。」
ああ、母はこの少女の親を演じることにしたんだ。
私は母がこの娘を案じて、気味が悪いながらも世話することを決心したのだと理解した。
確かに、私たちがここにいるということは。
この子の母だった人は、姉だった人は、どこに行ってしまったのだろうか。
早く早く、早く学校に行こう、と妹がねだる。
私は妹に手を引かれ、玄関を出た。
私の知らない街が広がっていた。
もうすっかり日がでていておかしくない時間なのに、空は朝焼けのように、オレンジから紫にグラデーションがかっている。
太陽は2つあり、ひとつは白く、ひとつは赤く輝いている。
周りは真っ白の無機質な長方形、ビルのようなものが立ち並んでいる。
振り返ると、私の知る家、一軒家はそこになく、白い長方形の建物の、白い扉があった。
ああ、本当に私の知らない世界だ。
きっと。
パラレルワールドだ。
夢日記 阿ト 策 @ato_saku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夢日記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます