第5話 やっぱパスタでしょ
パスタ、とは小麦粉と卵をこねこねしながら作る麺のことである。
このパスタにニンニクが効いたトマトソースや、牛乳やチーズを使用したクリームソースを和えることによって、絶妙な旨み爆弾が舌に投下され、ごくりと飲み込む際には多幸感に包まれるのである。
皇帝御一行はお忍びで、街の中心部にあるパスタ専門店へと入店した。事前に予約は入れていないが、すんなりと入れた。
「うーん……美味だ」
アレックスは幸せそうな表情でパスタを頬張っている。
さすがは皇帝。パスタを食す仕草も美しい。スープパスタは食べるのに苦労するのに。
「クラウディア、そこのフォークでくるんで、私にもください」
「嫌ですわ。一口頂戴、は嫌われますわよ」
冷たくそう返すと、アレックスはわざとらしく溜め息を吐く。
「せっかくのデートなのに」
「ロデリック様もいらっしゃるのに、デートはないでしょう? 後ろには護衛の方もいらっしゃいますけど?」
「ロデリックはあえて視界に入れてないから。じゃあ私があなたに食べさせてあげる」
アレックスは、自分のトマトとエビのパスタをクラウディアにあげようとしてくれるのだが。
「フォークでのやり取りは不衛生です。シェアしたいのなら小皿をもらいましょう」
そう言うと、アレックスは面白くなさそうにしながら小皿を受け取る。そこで左胸がズキンと痛んだ。
「陛下――」
「クラウディア、今は陛下って呼ばないでほしい。私はそんな名前ではないのだから」
アレックスは柔らかく笑いながらも「やっぱり小皿はいいや」と店員に返した。
「……料理ではなく、小皿ってところが謎だな」
ロデリックはアレックスとクラウディアの反応から、察したようだ。
小皿に毒が塗りたくられていた。常に暗殺と隣り合わせの生活をするアレックスは、毒の匂いに敏感だ。クラウディアが制するまでもなく、毒を見抜いていた。
「パスタソースにせよ、パスタにせよ、大鍋で作るから他の客に影響が出るだろう。食中毒は飲食店にとって致命傷だからね。ピンポイントで余所からきた邪魔な皇帝を狙う必要があるのですよ」
自身が狙われたのに、アレックスはクールに返す。
「しかし、考えなしだな。もしこれでアレックスが死んだりしたら、この店は――」
「あの店員は、正規の店員ではない。先ほど紛れこませた刺客だろう。その証拠に彼は店から出て行きましたよ」
小皿を持ってきた店員のそそくさと逃げる後姿が見えた。
「追いますか?」
クラウディアは鋭い視線でアレックスを見るが、アレックスは笑みを崩さない。
「いや、いい。どうせ掴まえた時点で舌を噛むでしょう。プロっぽい感じがしますし。そんなことよりクラウディア、ケチケチしないでその魚介のパスタをください。一回だけあーんしてください」
前半と後半の台詞で、知性の落差が酷い。
仕方なく、クラウディアはムール貝を包んだパスタをアレックスの口に放り込んだ。
◇◆◇
城に入っていた査察隊と合流し、アレックスは温泉地へと旅立つ。途中山道を越えるのだが、そこで奇襲があると睨んでいる。
クラウディアは侍女の姿のまま、馬車へと乗り込む。終始ロデリックは緊張した面持ちだが、アレックスは「土魔法と水魔法の全て」という魔導書を読んでいる。
山道に入った辺りから左胸がズキズキと痛む。
「陛下、来ますよ」
本の虫になったアレックスへと声をかける。
「なんで、アレックスの娯楽温泉のために、こんなにヒヤヒヤしないといけないのやら」
ロデリックは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「文句言わないでください。これでうまいこと掴まえて拷問でゲロさせればこっちのものでしょ」
アレックスもまた腰のサムライソードを手に取る。それを見てクラウディアは思う。
(この子に剣は抜かせないわ。これは護衛としての、いいえ、最強の武芸者、クラウディア・サウス・チャンドラーの矜持よ)
張り詰めた空気の中、影から刺客が矢を放つ。来ることはわかっていたので、騎士達は皆、盾で防御する。火矢が馬車にかけられたが、すかさずアレックスが水魔法で対処した。
「もしかして、このために魔導書を読んでいたんですか?」
「まさか。これはもともと私が習得していた魔法ですよ」
クラウディアは馬車から降りる。そしてサムライソードではなく、『一騎当千の刻印』のオーラで作られた扇子を二本手に取った。
「わたくしに全ておまかせを!」
高く跳躍し、扇子を広げたまま高速で回転した。オーラの爆風で刺客が薙ぎ倒される。
「クラウディア~! できれば殺さないでね~」
呑気なアレックスの声が聞こえる。
(難しいこと言うわね。でも仕方ないわ)
クラウディアは敵の急所は避けて攻撃をする。森の陰から付き従っていた隠密騎士達も参戦してくれる。
そんな時だった。
「危ない……ッ!」
隠密騎士の方から悲鳴があがった。
直前の雨で地面がぬかるんでいたのか、足場が崩れる。
「まずい。上から土砂が……!」
敵の方からも焦ったような声があがる。
土砂崩れだ。敵、味方双方が戦闘をやめて退避する。
その時、クラウディアの左胸がギュゥゥッと締め付けられた。
「陛下……!」
アレックスを目がけて、特大の岩が落ちてきた。とっさにクラウディアはアレックスに飛びかかったが、そこに地面はなく。
(落ちる……ッ!)
クラウディアは刻印の力を全開にさせた。刻印から生まれたオーラが衝撃から守ってくれる。アレックスを抱きしめたまま、崖の下まで落下してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます