第五章 魔法少女は保護者同伴で
第33話 母親と父親
◇
「じゃあ、またね」
「うん。また」
お昼過ぎ。パパ特製のお昼ご飯を食べた後、みんなは各々帰宅することになった。玄関でみんなを見送って、私はリビングへと戻る。
「……」
「あっ……」
その途中、廊下でママと出くわした。……ママは休日になると、大抵外出しているか、自室に引き篭もっているので、顔を合わせることは稀だった。今は自室から出てきたところなんだろう。
「……」
ママは私を睨みつけるように一瞥すると、無言でリビングに入って行った。……多分、昼食を取りに行ったんだと思う。ママと一緒にいるのは気まずいし、私は行き先を自室に変更した。
「……はぁ」
部屋に入ると、私はベッドに倒れ込んで溜息を漏らした。昨日の戦闘から気持ちが持ち直していないのに、ママと会って更に気分が沈む。……別にママから酷い扱いを受けているわけでもないのに、顔を見るだけでこんな風になる自分に自己嫌悪して、更に落ち込んでしまう。
「私、こんな調子で大丈夫なのかな……?」
自分の不調に、私は今後について不安になる。魔法少女としても不甲斐ないし、こんな状態でみんなのリーダーを務めてていいんだろうか? 一美辺りに代わって貰おうか。そんなことを考えてしまう。
「……すぅ」
思考がぐちゃぐちゃになって、もやもやが止まらなくて。私はいつの間にか意識を手放していたのだった。
◇
「……ん」
意識が浮上して、私は目を開いた。そして、自分がうたた寝していたことに気づく。
「……今、何時だろ?」
私は体を起こして時計に目を向けた。時刻は午後二時半くらい。みんなを見送ったのが一時半くらいだったから、一時間くらい寝ていた計算になる。
「……喉、渇いたな」
私は水分を求めて、部屋を出てリビングに向かう。その途中でまたママと蜂合わせたらと思ったけど、ママは食べるのが早いからもう食事は終わっているだろうと、そのままリビングに入る。
「おや、由美」
リビングにはパパがいた。先程まで洗い物をしていたのか、キッチンから出てくるところだった。ママはいない。
「パパ……」
パパがいると、やっぱり安心する。ママがいなくて、それも安心する。そんな自分に、自己嫌悪がぶり返す。
「由美、お茶にしようか」
そんな私を見かねたのか、パパはキッチンに戻って、電気ポットのお湯を使ってお茶を淹れ始めた。紅茶を淹れて、お茶菓子にクッキーも一緒に持ってくる。
「ほら、座りなさい」
「……うん」
パパに促されて、私はパパの向かいの席に座った。紅茶を啜って、クッキーを摘まむ。
「……パパ」
「何だい?」
そうしてしばらく無言の時間が過ぎて。私が口を開くと、パパが相槌を打ってくれた。
「パパは、人を殴ることが怖くないの? 昨日も、ボスクラスと殴り合いをしてたけど」
私が尋ねたのは、昨日の戦いについて。……私は、プリメラというボスクラスを攻撃できなかった。でも、パパはアルというボスクラスと殴り合いを演じていた。パパは優しいし、好き好んで他人に暴力を振るうような人じゃない。でも、昨日は躊躇することなく戦っていた。私には出来なかったことだ。一応、ペンタというボスクラスとは戦えていたけど、今思えばあれは、相手が触手で身を守っていたから躊躇する必要がなかっただけだと思う。もし相手がプリメラみたいに丸腰だったら、私は彼を殴れなかった気がする。
「怖い、か……。由美は優しいな」
「優しい……?」
私の問いに、パパは微笑みながらそう言った。今の言葉のどこに優しさを感じる要素があったんだろうか?
「優しいとも。他人を傷つけることを怖がっている。つまりは、他人の痛みを我がことのように感じられるということなんだから」
パパはそう言うと、紅茶を一口啜ってから、続けた。
「正直に言うと、私も誰かを殴るのは嫌だ。由美の言葉を借りれば、怖い。……でも、もっと怖いことがあるんだ」
「もっと怖いこと?」
「由美が傷つくこと。由美を失うこと。……大切な人を失うのは、誰かを傷つけることよりずっと怖いよ」
パパは、他人を傷つけるよりも、私を失うことを恐れていた。だからこそ、ボスクラスと戦うことにも躊躇いがなかった。……理屈としては分かる。そして、それが私に足りないことだっていうことも。
「そっか……パパは、やっぱり凄いね」
私はパパみたいに、強い覚悟がない。……違う。覚悟したつもりだった。でも、土壇場でその覚悟が足りてないことに気づいた。プリメラと戦って、気づかされたのだ。
「昨日のこと、まだ気にしているんだろう?」
そんな私の心を、パパはあっさりと見透かしてしまう。
「うん……」
「気にしなくていい、なんて言っても、由美は気にしてしまうだろうけど。……由美にはそのままでいて欲しいと思うよ」
そして、悩む私に、パパはそんな言葉を掛けてくれた。
「そのままでなんて……それじゃあ」
「確かに、戦うには非情になることも時には必要だよ。世の中は綺麗ごとだけでは回って行かないからね。……でも、由美には暴力に染まって欲しくない。他人に暴力を振るうことを怖いままでいて欲しい。親の我儘かもしれないけど、そう思うよ」
「パパ……」
パパは、不甲斐ない私のことを肯定してくれる。今の私のままでいて欲しいと言う。
「……ありがとう、パパ」
パパにそう言って貰って、私は少しだけ心が軽くなったような気がした。……魔法少女として戦う以上、暴力を振るいたくないなんてただの我儘かもしれない。けれど、そんな私でいて欲しいと思ってくれる人が身近にいる。その事実だけで、私はいくらか救われた気持ちになるのだった。
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