第32話 その屈辱はあまりにも


 ……その頃、ピンクたちは。


「あーあ、どうやら失敗みたいね」

 ゴスロリ衣装のボスクラス、プリメラが残念そうにそう言った。……先程、空が白い光の雲に包まれたと思ったら、光弾が降り注いで辺りの人型BEMを殲滅していった。あれは恐らくエボリューションフォームだ。消去法でいけば、恐らくは一美のだろう。お陰で残ったBEMはこの少女と、パパが殴り合っている大男だけになった。

「アル、撤退するわよ」

「んだよ、せっかくいいところだってのによ」

「他の魔法少女がやって来たら面倒でしょ。文句はしくじったセプテンに言って頂戴」

 プリメラは大男のアルに声を掛けると、私たちに背を向ける。

「逃げるの……?」

「そっちからすれば、そのほうが好都合でしょ? 私とまともに戦えないんだし」

 プリメラの言葉に、私はぐうの音も出なかった。……私は結局、彼女を攻撃できなかった。強すぎて敵わなかったとかじゃなくて、まず戦うことが出来なかったのだ。そんな相手が逃げ出してくれるなら、確かに願ったり叶ったりだろう。

「またあなたの無様な姿が見られるのを、楽しみにしておくわ。ご機嫌よう」

 そう言い残して、プリメラは完全に姿を消した。大男のアルもいなくなっている。……戦いが終わったのだ。

「……」

 ボスクラスの二人がいなくなって、私はその場にへたり込んだ。変身も解いて、元の姿に戻ったけど、私は動くだけの気力がなかった。

「由美……」

 戦闘が終わったことで、パパも私のほうにやって来た。……今回は、パパも戦うことになった。大男のボスクラスと殴り合いを繰り広げて、足止めしてくれたのだ。

「パパ……」

 私はパパを見上げて、涙が流れそうになるのをどうにか堪えていた。……今回、私はまともに戦えなかった。パパに守ってもらうだけで、私自身はプリメラとはまともな戦闘にならなかった。向こうが遊んでいたから無事だっただけで、向こうがその気だったら確実に負けていた。そんな自分の情けなさに、思わず泣きたくなったのだ。

「由美、今日はもう帰ろう」

「……っ!」

 パパがそっと、優しく私を抱き締めた。太くて逞しいパパの腕と、その温もりに包まれて、私はとうとう堪えきれなくなった。

「パパ……ぐすっ」

 涙の堤防が決壊して、それでも泣き声だけはどうにか押し殺して。私は、パパの胸の中で泣いた。



  ◇



 ……翌日。


「こっちは大体そんな感じだったわ」

 あの大規模な戦いが終わって一夜明けて。みんなが親船家に集まって、昨日のことについて話していた。今は一美がエボリューションフォームのことを話していたところだ。

「私のエボリューションフォームは、安楽町内なら全部カバーできると思うわ。ただ、使うと頭痛が酷いし、ボスクラスにもそこまで有効じゃないから、昨日みたいなことにならないと使い道がないと思うけど」

 一美のエボリューションフォームは、町全体を俯瞰して捉え、距離に関係なくBEMを攻撃できるというもの。その代わり、膨大な情報量に頭を酷使する必要があるので、使える場面が限られるとのこと。攻撃力も高くはないので、ボスクラス対策というよりは、BEMの大量発生に対する切り札として運用することになるだろう。

「また昨日みたいなことになったら、一美に頼るしかないわね……」

「まあ、さすがにあんな大量発生はもうしないと思うけどね。……昨日の件は、あのセプテンとかいうボスクラスが仕組んだことだったみたいだし」

 また同じようなことが起きたらと懸念する輝美に対して、一美はそう言った。ここ最近BEMの出現が少なかったのも、そのセプテンというボスクラスが昨日のために集めていたからだというのが彼女の見解だった。

「そういえば、一美が魔法少女ってこと、千代子さん? って人には見られたんだよね? 大丈夫なの?」

「それね……千代子さんには、近いうちに話さないとって思ってるわ」

 一美は魔法少女として戦っているところを千代子さんに見られたらしい。それもあって、彼女は魔法少女活動について千代子さんに打ち明けるつもりのようだ。

「昨日の件で、まだ町全体が混乱してるから、話すにしてもまた今度になると思うけど」

「あー、確かに。コンビニすら営業してないもんね……」

 一美の言葉に、奈美が同調した。……昨日BEMが大量発生したことについて、魔法少女局は「局所的な異常気象によって、集団熱中症が町中で発生した」という方向で情報操作したらしい。多くの人がBEMを目撃したはずだけど、それも熱中症による幻覚だと押し通すのだとヌコワンが言っていた。

 そんなわけで、今は町全体が機能停止している。商店は軒並み休業してるし、昨日はしばらく停電と断水していたくらいだ。BEMに襲われていた人たちは一美の能力で回復したとはいえ、まだいつも通りの生活に戻るのは難しいみたいだった。うちに集まっているのも、他に集まれそうな場所がないからという理由もあった。

「このままだと、明日の学校も休みになりそうね……」

「まあ、昨日は大変だったし、お休みになったほうがありがたいけどね……」

 輝美と奈美が、疲労を隠せない声色でそう言った。二人も昨日は頑張っていたみたいだし、休みたい気持ちも分かる。

「それよりも……由美、大丈夫?」

「な、何が……?」

 そんな時、急に名前を呼ばれて、私は思わず声が上擦ってしまった。いけない、ボケっとしてた……。

「そっちはボスクラスが二人も来たんでしょ? パパさんと協力してたとはいえ、大分負担が掛かったんじゃない?」

「う、うん……でも、何とかなったよ」

 一美に聞かれて、私はそう言って誤魔化す。……実際のところ、まともに戦闘してたのはパパのほうだけで、私はただプリメラの攻撃を防いでいただけだった。完全に遊ばれていた。そんな醜態を晒したことをみんなに打ち明けるのは、さすがに躊躇われた。

「だけど、相当大変だったんじゃない? さっきからあんまり喋ってないし」

「……っ!」

 けれども、一美は私の様子がおかしいことに気づいているみたいだった。……彼女にはエボリューションフォームのこととか色々相談していたし、その辺も含めて心配されているのかもしれない。今ではエボリューションフォームが使えないのは私だけになったし。

「だ、大丈夫だよ、ほんとに……」

「だったらいいけど……」

 私が取り繕うと、一美は納得がいかなそうにしながらも引き下がってくれた。

 こんな感じで、みんなとのお喋りは午後まで続くのだった。

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