第4話
洞窟内は寒いくらいに冷えていた。岩壁の隙間で水が滝のように流れる音がする。しかし道はきれいで整備されている印象がある。僕は音をたてないように注意を払いつつ。ジュリーの追跡を続けた。歩いているうち、この洞窟は何かおかしいと気づく。それは見た目というより、雰囲気のような話だ。後ろに誰もいないはずなのにいるような、長い間放置されていたようでつい最近まで生活があったような、同時に存在しえない事象が同時に起きているような、不思議な感覚に陥るのだ。僕は自然と足を速めた。もちろんジュリーに気づかれないように細心の注意を払っている。しかし心の奥で一人でいたくない、追いついてしまいたいと思っていた。ホラー映画も大好きな僕が見えない恐怖に首をつかまれている気がしたのだ。
そんな時、ジュリーの気配が消えた。僕は驚き足を止め、状況を確認する。暗視ゴーグルで洞窟の奥を見ても誰も見えない。それは当然なのだが、人の気配をつかむことが特技の僕はその突然の出来事に内心動揺していた。
「動かないでください。首を切られたくはないでしょう?」
気づけば首に刃がぴったりとむけられていた。青く光を発するその刀はまるで輝くサファイヤのようだった。後ろから聞こえる声は間違いない。ジュリー・ブラッドリーの声だ。
「よ、よかったあああ。」
「何がです?」
思わず人間の声に安心してしまう。ジュリーは警戒を緩める気配もないが、そんなことはこの際どうでもよかった。僕は両手を上げ、降参のポーズをとる。ジュリーは怪訝そうにロープで僕の腕を拘束すると、話を聞いてくれた。
「貴方、空港でこちらを監視していた方ですよね?入口は警備員がいたはずですが、どうやって入ってきたんです?」
「それは…ニンジャ的なちょっとした特技を使ったというか。」
「…ちょっと何言ってるかわからないです。あと所属と目的を教えていただきたい。もちろん拒否権は認めませんが。」
「それはねえ。」
「…なんでこんなうれしそうなんだ?気味わりぃ…。」
僕は観念して洗いざらい事情を話した。なんせ僕は上の人間の命令で仕方なく動いていただけで、こんなことするのは反対であったのだ。もう見つかってしまったのだし、遅かれ早かればれてしまうことだろう。その説明を聞いてジュリーはため息をつく。
「嘘は言っていないようですね。はてさてどうするべきか。…とりあえずさっさと入り口に戻って保護されてください。警視庁への対応はこちらで考えますが、貴方はしばらく拘束させていただくことをご了承願います。」
「マジで?僕いま小さい娘とかわいい嫁がいるから長時間は困るなあ。」
「なら引き受けんなよこんな仕事。」
「上司がやらなきゃ首だっていうんだよー。本当は嫌だったし、だからこうして洗いざらい話したんだって。」
「貴方みたいな方を任命した上司の自業自得ではありますが、それでいいのか警視庁…。」
なぜか軽蔑のまなざしを受けている気がするが、気にしない。しかしこのまま返されてしまうと任務が達成できなくなってしまう。すると僕は首が飛ぶ可能性がある。その考えが頭をよぎり青ざめた。このまま失業すれば、新婚ほやほやでいきなり離婚なんてこともあるかもしれない。それは困る。本当に困る。
「あの、ジュリー君!」
僕は縄を手首に隠していたナイフで切り落とすと、彼の肩に手を置こうと両手を伸ばした。しかしその瞬間ジュリーは僕の首をつかみそのまま体を岩壁にたたきつける。
「ぐえっ!」
「何してるんですか?謀反ですか?」
彼の動きは素人ではない。僕の首をつかむ手も相当に鍛え上げていることがわかる。そんなつもりは毛頭なかったが、隙をついて逃げたり彼を制圧することは難しそうだ。
「あぐ…僕は…このままだと首になる…。だからせめて君の仕事が真っ当だと確かめて報告しなきゃいけないんだ。…できれば君と一緒についていきたいんだけど、駄目?」
その言葉にジュリーは目を丸くすると少し考え込んだ。僕の首から手を離すと、左手の人差し指で自らの頬を二度軽くたたいた。
「ここまで誰にも気づかれず侵入した貴方を警備の方々に任せるのは、確かに不安です。それなら僕が監視していた方がいいやもしれません。しかしこのまま進めば、貴方死にますよ?もちろん僕は助ける義理もつもりもありません。おとなしく拘束されて、保護を受けるのが聡明な判断ではないでしょうか?」
「そこを何とかおねげえだよー。ほら僕結構有能だぜ?こうして警備員を簡単に潜り抜けて、鮮やかに縄抜けしたしさ。ほらできる限り手伝うから!頼む後生だ!」
「…そうですか。では好きにしてください。どうなっても自己責任ですからね。あと、すでにあなたのことは連絡済みですのでそれをお忘れなく。警視庁のブレイク・ウォードさん。」
「ありがとう!」
僕の必死のお願いに心を打たれたらしいジュリーは快く許してくれた。彼は無線で連絡を終えると、僕のことなどお構いなしに洞窟の奥へと進んだ。僕はやっとこそこそせず、それについていくのだった。
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