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「死になさい、お前達。お前達が居なくなれば私は幸せになれる」

 母親が階段を降りきった薄暗い隅で泣いている。彼女の向こう側には台所の白いのれんが舞っている。のれんの向こう側は夏の光を反射しているのに、彼女の周りは暗く、まるで誰かが死んだかのように空気が重い。

 ーー誰が死んだだって!? そうだ、彼女は死んだのだ。五年前、階段の側の大きな窓から。

「死になさい、お前達。お前達が居なくなれば私は幸せになれる」

 そう言って、彼女は俺の首を絞めた。智也が飛び掛かって俺を助けると、今度は智也の首を絞めた。俺が力尽くで彼女の腕を引き剥がすと殴られた。

 そこからの記憶は曖昧だ。窓から落とされそうになっていたのは俺か片割れあいつか。そういえば俺は、智也か、仁也か。

 家中を明るく照らす大きな窓。そこから狂った彼女は双子の目の前で、夏の空を仰ぎ見るかのように落ちていった。

 その数日後、同居していた叔父が自室で首を吊った。

「弱い男だ」

 天井を突き破って宇宙に飛んで行ってしまうロケットのように、真っ直ぐに伸び切った自分の弟を見ながら父親は言った。

 そして今、智也はその部屋で鳥を飼い、その首を捻り続ける。そして仁也おれはそれを眺める。

 片割れが狂っているからもう片方は正気でいられるのだろうか。それとも既に二人共狂っているのだろうか。


 目眩がする陽射しの中で仁也は智也の部屋のドアを叩く。

「智也、学校遅れるよ」

 仁也の声に、「入れ」と叫ぶ声が重なる。

 扉を開けると、すぐ足元に平たい青黒い塊があった。首を失ってもなおも逃げようと翼を広げたインコの死骸だ。鳥籠は窓辺に転がっており、飛び散った黒い血痕と青白い羽毛が、昨夜の惨劇を明るい光の中に映し出す。

「まったく、すっきりしない」

 ベットの上で智也が呻きながら血のこびりつく手で頭を掻き毟る。

「智也、この首はどこ?」

「どこかにあんだろ。ーーあぁここだ」

 布団を放り上げる。白い羽毛が雪のように舞い降り、同時に智也の体重で潰れたインコの頭部が現れた。顎の割れたその表情は正視に耐えかねた。

「こりゃすごい! 写真に撮っておこうぜ」

 智也が上機嫌になる。

「コレはどうする?」

 胴体を指して仁也は言った。微かに腐臭が漂う。

「そんなものはいらない、羽ペンにも使えない。ね、早くカメラ取って来てよ」

「自分で取りに行けばいいだろ」

「動いたらおかしくなっちゃうだろ」

 駄々をこねる智也に仁也は溜息をついた。五感が熱気で溶けていく。

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