第7話  貴理子との終わり!

「そんな説明で納得出来ると思ってるの? ちゃんと私を納得させてよ。でないと、婚約破棄に応じることは出来ないから!」


 何故だろう? 何故、僕の方が問い詰められているのだろう? ここは、僕の方が貴理子を問い詰める場面のはずなのに。


「あの……なんで貴理子はわかってくれへんの?」

「何をわかればいいのよ?」

「まず、貴理子は月に二回、金曜の夜から日曜の晩まで博多に帰っていたよね?」

「うん、それは同棲する前からの約束じゃないの」

「うん、帰ることには僕も納得してた。そこまではいい。でも、僕は貴理子の実家にまだ別れた旦那が住んでいるとは知らんかったんやで」

「だから、言ったじゃん。正直に話したんだから、もういいじゃん」

「いやいや、ほな、なんで僕が気付くまで実家に帰ってる間は電源を切ってたん?」

「いやぁ、旦那のいる前でかかって来たら説明するのが面倒臭いからだけど」

「そこが、わからへんねん」

「なんで? 別れてスグ過ぎるし、なんか説明するのが面倒臭いでしょ?」

「いやいや、そこで僕よりも元旦那の方を優先してるやんか」

「そういうわけじゃないけど」

「例えば、“元旦那がいる家には帰らない!”というくらいの気合いを見せてほしかったわ。それやったら、逆に貴理子の愛を信じられたんや」

「うん……今となっては、最初から元旦那がまだ実家にいるって言っておけば良かったと思うけど。でも、お母さんのことが心配だったのは本当だし」

「元旦那といる時、携帯の電源を切ってたらいずれバレると思わなかったんか?」

「思わなかった。まさか、これで元旦那がいることがバレるとは思わなかった」

「バレなければいいと思ってたんか?」

「そこまで深く考えてなかった」

「電源を入れたまま、元旦那の前で僕からの電話に出てくれていたら、僕は貴理子を信じることが出来たかもしれへん。まあ、その時点で僕よりも元旦那を優先してきたのは事実やんか」

「そういうことじゃないんだけど。崔君のことは大切に思ってるし」

「ほな、元旦那なんか追い出したらええやんか。もしくは、元旦那が出て行くまで実家に帰らんかったら良かったやろ?」

「でも、実家に残った母親も元旦那が側にいてくれた方が安心だったというのもあるし……土日は、元々だいたい元旦那とお母さんと3人でパチンコに行くことが多かったし……3人でパチンコに行くのが習慣になっていたし……」

「だから、貴理子はお母さんと元旦那と実家で勝手に暮らしたらええねん」

「そんなこと言わないでよ。何もしてないって言ってるでしょ?」

「ほな、本当に元旦那と同じベッドで寝ていて誘われへんかったんか? 誘われたやろ? 元々夫婦やったんやから」

「誘われたよ、でも、断ったよ」

「どんな感じで誘われたん?」

「“久しぶりにしようか?”って言われた。でも、ちゃんと断った」

「ごめん、やっぱり僕はもう貴理子を受け入れられへんわ。貴理子という存在を汚らわしいと思ってしまう」

「汚らわしいって何よ!」

「ごめん、いくら話しても堂々巡りやわ。近い内に、この家から出て行ってくれ」

「……」

「もう、食事はいらんよ、外で食べるから。僕の分を作っても無駄になるわ」



 それから、僕等は同棲ではなく同居になった。お互いに、干渉しないようになっていく。会話も無くなる。冷め切っていく。元がラブラブだっただけに、温度差が激しい。貴理子は居座る感じだったが、会話も無い同居が続くと少しずつ雰囲気が変わっていった。貴理子も、“もう無理だ”と思い始めていたのだろう。


 やがて、貴理子は会社に辞表を出した。会社から、退職金15万をもらったらしい。貴理子に言われた。


「当面の生活費として、30万ほしい」

「会社から15万はもらったんやろ? はい、残りの15万。これでええか?」


 貴理子は、ようやく出て行った。寂しさと虚しさが部屋に残った。



 やがて、貴理子から着信があった。流石に、まだ着信拒否にはしていなかった。とりあえず電話に出た。婆の声だった。


「崔さんですか?」

「はい、崔です」

「私、貴理子の母です」

「はあ、貴理子さんのお母さんが何の御用でしょうか?」

「いえね、この度は私がシッカリしていなかったせいで貴理子と別れることになったと聞きましてね」

「はあ……」

「今回の件はね、私が悪かったんですよ。私がシッカリしていたら、貴理子の別れた旦那をもっと早く別居させていましたしね」

「はあ」

「だから、今回は娘を許してあげてほしいんです」

「すみません、許せません」

「どうしてもダメですか?」

「はい、あなたもシッカリしていなかったと思いますが、貴理子さんもシッカリしていなかったと思いますよ。僕が思うに……あなたも貴理子さんも、どちらもダメだったと思いますよ。やっぱり、ケジメはつけないと。ズルズルなあなあで引っ張ってしまったんでしょ? あなたも貴理子さんも良くないです」

「娘を許してくださいよ」

「で、貴理子さんの元旦那はもう引っ越したんですか?」

「え! いやぁ、まだなんです。もうすぐです、もうすぐ」

「ほら、全然反省も改善もしてないじゃないですか、ここで、“元旦那はもう追い出した”くらいのことを言ってほしかったですね。何も変わっていないのに許すことは出来ないですよ。どうぞ、あなたと貴理子さんと別れた旦那様の3人で、いつまでも楽しく過ごしてください。お話は以上ですか?」

「え、あ、はい、貴理子を許してください」

「今の会話を振り返ってください。何も改善せずに許せと言われても許せません」

「そこをなんとか」

「無理です。ごめんなさい。失礼します」



 ますます寂しくて悲しくて虚しくなった。貴理子の“お母さんからの謝罪作戦”は見事に失敗だった。僕は、段々腹も立って来た。ますます状況が悪化したと思う。







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