第6話  婚約破棄!

 貴理子と話していると、頭がおかしくなってきた。絶対に貴理子の言うことの方が間違っていると思うが、貴理子が開き直って堂々としていたので、何が正しいのか? 混乱したのだ。ここで、少しでも貴理子が弱気になったり、申し訳なさそうにしたり、罪悪感に悩んでいるようなら納得がいくのだが、貴理子は堂々と僕が驚くことを言い放つ。皆様に問いたい。別れた旦那とキャミソール姿で同じベッドで寝ていたという話を聞いて、疑わずにいられるだろうか? 僕は疑った。皆様に問いたい。半年以上も月に2回も元旦那のいる実家に帰っていて、しかも同じベッドで寝ていたという。この場合、皆様は信じられますか? 許せますか? 僕が間違っていますか?


 僕は、その日は早くから眠ることにした。眠ったら、きっと冷静な判断が出来るだろう。その晩、貴理子から求められたが、僕は初めて貴理子の夜のお誘いを断った。心の中では、『婚約破棄』という単語が浮かんでいた。


 それからしばらく、貴理子との営みは無かった。そして僕は考え込んでいた。考えていたのは、貴理子との婚約を解消するかどうか? だった。貴理子は明るく、いつも通りに振る舞う。それがおかしい! 僕が貴理子の浮気疑惑で悩んでいるのを知っているのに、どうして平然としていられたのだろう? 不思議だ。


 しかし、今までのアツアツラブラブなムードが嘘みたいで、部屋の中はすっかり冷めた空間になってしまった。貴理子の美味い料理を食べても何も感じない。あまり味を感じない。ベッドで誘われてもその気になれない。僕は魂が抜けたようになっていた。ただ、仕事には支障が無かった。僕は仕事になるとスイッチが入る。問題は仕事以外の時間。僕の仕事スイッチがオフになったら、一気に憂鬱になる。


 また、貴理子が実家に帰る週になった。貴理子は母親に、


「事情があって、今週は帰れない」


と言っていた。さすがに今のこの状況で、実家には帰らないようだ。今だけは、僕を優先してくれたようだ。だが、もう遅い。遅かった。もっと前から僕を優先してほしかった。


 毎晩、貴理子は僕を誘う。僕は試しに誘いに乗ってみた。“また愛せるかどうか?”、それを確認したかったのだ。行為をしてみると、身体は反応した。だが、心は冷めていた。僕は、行為を途中でやめた。もう、僕が貴理子を愛せていないことが確認出来た。心が離れているから、抱き合っても悲しくなるだけだった。これなら、風俗に行った方が遙かに燃えることが出来ただろう。僕は貴理子のことを“元旦那に抱かれている女”だと思っていたので、嫌悪感があった。汚らわしいと思ってしまった。そういうことを思い知った。


「ごめん、僕はもう無理みたいやわ。僕は貴理子を愛せなくなった」


 そこで、ようやく脳天気だった貴理子もことの重大さを知ったのだろう。急に焦り始めた。だが、いくら焦られてもどうにもならない。僕の心は死んでいたのだ。喜怒哀楽を感じない。無だ! 一時的なものだろうが、僕は無の境地にいたのだ。


 或る日、僕は『婚約破棄』の話をした。淡々と、事務的に。すると、貴理子から猛烈に反発された。


「どうして私が婚約破棄されないといけないの?」

「だって、別れた旦那がいる実家に月に2回帰っていたし、同じベッドで寝てたし」

「だから、何もしてないって言ったでしょ!」

「そんなの、わからへんやろ? それをどうやって証明するの?」

「証明は出来ない。だから、こうなったら信じるか? 信じないか? なのよ。なんなの? 私を信じてくれないの?」

「っていうか、もし何もしていないとしても、元旦那と同じベッドで寝ていただけでも僕的には無理。アウト」

「どうして? 何もしてなければOKじゃないの?」

「いやいや、同じベッドで寝ていただけでも無理。ごめんやけど、正直、貴理子を汚らわしいと思ってしまう。抱いても気持ちよくない」

「何よ、ヒドいわね。どうして無理なのかが私にはわからないんだけど」

「わからないなら、もうええわ。別れようや。僕達は大事な感覚がズレてるんやろ」

「どうして歩み寄ってくれないの? 何も無かったって言ってのに!」

「そういうとこ! そういう感覚が僕とは大きく違うんや」

「うん、私も崔君の言っていることが理解出来ない」

「じゃあ、逆の立場で考えてくれへん?」

「逆の立場として、もし僕が月に2回も2泊3日で貴理子以外の女性と一緒のベッドで寝ていたとしたら? 許せるか?」

「うん、何もしてないなら許せる」

「嘘やー! 絶対に嘘やろ? 貴理子だって、“何かあったんじゃないか?”って疑うよ、きっと」

「私は、相手が“何もしてない”って言ったら許せるけどね」

「絶対に嘘や-! ほな、僕も他の女性と朝まで過ごしてみるわ。その上で、貴理子が本当に僕を信じて許せるか? 試してみようや」

「いやいや、わざわざそんなことしなくてもいいでしょう? そんな説明で納得出来ると思ってるの? ちゃんと私を納得させてよ。でないと、婚約破棄に応じることは出来ないから」



 何故だろう? なんで僕の方が詰められているのだろう?







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る