第2話 アンホ(硝安油剤)爆薬
何が起こったのか分からなかった。
音もしなかったし、何の感覚もなかった。なぜか『ありえない』、『そんなこと起こり得ない』、『起きるはずがないことが起こった』ことだけは悟った。
つまり気づいたときには、ぼくは死んでいた。不思議なことに、自分は死んでいるのだと実感できたのだ。
いつの間にか体育館のステージには映写機による映像が写っていた。周囲を見渡すと皆おとなしくパイプ椅子に座ってスクリーンを眺めていた。先生方は立ったままである。挨拶を終えた校長先生は舞台脇によけていた。
動画に音声はなかった。心の中に直接ながれてきた。創作ではなく、事実をそのまま撮影した記録映画のようだった。7人組の帝遍(ていへん)生の青春物語である。
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「オレたち、もうすぐ卒業だな」
制服の襟の学年章から、3年生だ。フェイクピアスに髪も染めているが外見は不良グループというほどでもない。普通の一般的な帝遍(ていへん)中学生である。その7人が、誰かの家だろう、漫画やゲーム機が出しっぱなしのリビングで、ポテトチップスをつまみながら炭酸飲料を飲んでいる。
「中学3年間、何も面白いこと、なかったな」
「最後に思い出に残ることをしたいな」
部屋でたむろして駄弁(だべ)っている、何気ない男子中学生の日常だった。
「卒業記念に何か一発おおきなことをしようぜ」
「それがオレたちの卒業式だ」
「オレたちは特別だ。特別なオレたちがやることは特別だ」
「オレたちの武勇伝だ」
「伝説になろう」
「ビッグな人間になろうぜ!」
仲間内で盛り上がっている。
「卒業式で騒ぐのはどうだ? 荒れた成人式のように」
「逆に卒業式をボイコットするという手もあるぞ」
「いっそ卒業式をやらせないとか。前日の夜に体育館で消化器振り回して窓ガラス割ればそれでオシマイよ」
「そいつは、いいアイディアだ」
「嫌なヤツばっかりだったし、汚物は消毒だ!」
「何だ、ガソリンで放火か?」
「ガソリンは味気ない。定番すぎる」
「爆発がいい。かっこいい」
かれらは1週間話し合って、ようやく作戦名が決定した。『卒業式、さよならだけが人生さ』作戦である。
いざ計画がはじまると、その行動は早かった。
7人の帝遍(ていへん)中学生が自動車の運転練習をしていた。作戦開始以前の光景だ。季節は夏でミンミンゼミの声がしていた。ある土木会社の社有地だ。公道でなく、私有地なら無免許でも法律違反ではない。ちいさな土木会社だが、彼らのひとりは社長の三男だった。ひとりが運転席、ひとりが助手席、他の5人は荷台に乗って、かわりばんこに軽トラを運転をしていた。
また場面が変わった。
賓墾(ひんこん)市の山中には石灰石鉱山があった。採掘しているのは大手鉱業企業の下請け会社だった。そこの社長の次男が、帝遍(ていへん)中の7人組のひとりである。
「アンホならいくらでもあるぞ」
採鉱や砕石に発破はつきものだ。ダイナマイトは高価で管理も厳重だが、アンホは安価で保管もいい加減だった。
アンホ(硝安油剤)爆薬とは、軽油と窒素肥料で有名な硝安で作れる簡単便利な爆薬である。軽油6%と硝安94%の配合で、現場でそれぞれを混ぜ合わせるだけ。硝安は硝酸アンモニウムの略称である。
アンホはANFOで日本語ではない。「AN」は硝酸アンモニウムで英語「ammonium nitrate」の頭文字、「FO」は燃料油「fuel oil」の頭文字である。
ディーゼル車の燃料は「軽油」だし、施設農家で重要な『窒素34・リン0・カリウム0』肥料が「硝安」だ。なくてはならないもので、手軽な品である。ガソリンや8-8-8配合肥料ほど一般的ではないが、高い需要を誇る。
「3月の卒業式までまてないな」
「そういや2年の奴らが『立春式』というものをやるらしい」
「オレたちはやらなかったのに、不公平だ」
「天罰をあたえなければ」
「オレたちがやらねば誰がやる!」
「立春式でオレたちの実力をほんの少しだけ解放してみない?」
「お披露目か、いいじゃん」
「卒業式、本番前のいい肩慣らしだな」
どうしてそんなに行動力があるのか。
「立春式は10時始まりか、決行時刻は10時10分、時計の針がいちばんきれいな角度を指す時がいい」
7人は電子工作にとりかかる。電子工作用IC(集積回路)がメイン部品である。この30円ほどのタイマーICで、時限式起爆装置を制作する。デジタルなのでアナログ時計の10時10分の角度は意味がなかった。
大手電子部品製造会社の下請けの小さな工場の息子も7人組にはいたが、小学生でもできる技術ですむ。
日々の暮らしに余裕がある者たちの余興で、帝遍(ていへん)中では珍しく7人とも裕福な家の子であった。生活水準が同じの類友である。生活困窮者の子どもなら、こんな無駄な計画に労力はさけない。
休日の建設会社敷地では山積みにされていた小石を土のう袋に詰めていった。1センチ以下のゴツゴツと角が尖っている石の山を選んでいた。ここもドラ息子7(セブン)の父親の会社だ。いろんな石が小山になっている。バラス(砕石)という、岩を粉砕機で砕いて細かくしたもので、コンクリートやアスファルトの舗装材として大量に用いられる。
バラスは、ホームセンターに普通に売っているので、希少性はない。
爆発で硬い小石が弾丸のように飛び散るだろうと考えたのだ。
好きなことには夢中になるのが思春期男子ではある。人類の発展したテクノロジーの恐ろしさがここに凝縮した。
立春式の前日の夜中に、作戦の最終段階が実行された。
3トントラックに袋づめのアンホ爆薬を積み込む。バラス入り土のうもトラックに積み込まれた。ライトを消して校門を抜け、トラックのまま体育館前まで侵入する。ママさんバレーとか高齢者の健康体操とかで地域住民に体育館は夜間に開放している。校門は利用者が閉めるべきだが、その辺は適当になってしまう。自家用車で通う人がほとんどなので、普段から校門が開いたままになっている。
7人で何往復もして100に近い袋をトラックから体育館内へと移動させた。20から25キログラムもの重さをせっせと運ぶのである。2月の寒い夜空の下とはいえ、汗が流れている。かなりの重労働だ。月明かりと頭部に付けたヘッドライトの薄闇だけが頼りだった。
「やるぞ」
「やるぜ」
「やってやるぜ」
と、7人は勇往邁進する。
集団心理のせいか、罪悪感は皆無なようだ。あるのはワクワクとドキドキだけだ。共通の秘密と共犯意識による高揚感が7人の単純肉体労働を盛り上げているのだろう。
体育館ステージ下にある収納庫は、中学2年生分のパイプ椅子を取り出した後で、空間に3分の1ほど空きができている。7人は使用されずに残っているパイプ椅子をいったん外へ取り出し、収納庫奥に爆弾袋を押し込んだ。
雷管係は、電気雷管をとりだして、爆薬に差し込む。事前に父親の会社倉庫から工業雷管箱をひと箱くすねていた。配線係が爆轟を伝える赤い導爆線をはわせる。時限式起爆装置の数が少し足りなくて、所々ひとまとめにした。10時10分に爆発するよう、7人全員で入念にチェックを重ねる。
最後に目立たないよう、パイプ椅子を戻す。立春式前に舞台下収納庫を開く人がいても見過ごすように。
残りのアンホ爆薬は、段ボール置き場と化したキャットウォークに仕掛けた。
体育館両端2階に位置する狭い通路だ。左右に束ねられた暗幕布のすそに袋を隠す。爆薬の袋にバラスの袋を重ね置いたのだ。より接するようにガムテープで巻いたりもした。
雷管係や配線係は、本人による指差し確認のあと、第三者複数人によるチェックもすませた。「やればできる子」という言葉があるが、なぜこんなことには優秀なんだろう、彼らは決して馬鹿ではなかった。
なのに後先考えない。
やっていいことといけないこと、子どもですらわかるのに。いたずらですまされない。
作業が終わったのは明け方近くだった。
7人は知らなかったが、本来なら社会人剣道の早朝稽古で朝5時半には体育館に人がやって来る。たまたま、いや必然なのか、式典準備のせいで休みだったのだ。剣道会には1ヶ月前に連絡が入っていた。体育館では前日に、若手の先生がひとりで椅子を並べていた。帝遍(ていへん)中がまともな学校で、立春式当日に生徒が各自椅子を並べる予定なら、事件が発覚したはずであった。
死者数は246名、けが人はなしの全員即死である。
他学年生徒が休みだったのは幸いだ。
200メートル範囲内に人がいたら全滅だった。ガラス、バラス、体育館だけでなく校舎の破片も飛び散った。
学校周囲の環境が良かった。川のほとりに位置し、造成地だけあって、山の斜面や公園やグラウンド、そして道路に囲まれ、住宅地までは距離があった。
いじめの復讐ならまだわかるが……。まったく関係ない中学2年生相手の無差別大量殺人だった。7人は恵まれた家庭で育ち、帝遍(ていへん)中の主流ではないが、決してヒエラルキーは低くはない。どちらかというといじめる側の人間だ。
本人たちも
「あとになってみれば何であんなことをしたのか分からない」
「その場の勢いかな」
と述べていた。万能感が悪い方向に走ったようだ。
「自分たちは何だってできる」
「先輩からのプレゼントだ。ありがたく受け取れ、てな感じかな」
「お祝いの花火みたいなもの」
「自己実現かな」
「新しいことをしたい、誰もやったことがないことをしたい」
「若さのせいかな、衝動が抑えられなかった」
「爆弾にはロマンがあると思って」
警察の事情聴取で明らかになった原因理由はこの程度のものだった。マスコミでは『ギャングエイジの行き過ぎた冒険心』という一言で片付けられていた。「ギャングエイジ」と呼ばれる時期って、たしか小学3、4年生の頃だったと思うのだけれど。
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映像は、まだまだ続く。
ドラ息子7(セブン)の事件後の人生も描かれていた。『未成年だし、幸せに暮らしました』と。
家庭裁判所における少年審判では終始なごやかな雰囲気で審理がおこなわれていた。人権を最優先に守る裁判所が、少年を威圧して萎縮させては本末転倒だからだ。
7人の少年院生活は1年間ですんだ。じつに普通の子どもたちであり、規範意識も高く生活態度もきちんとしていた。模範生だったからである。
「死んだ人たちの分も幸せにならないといけない」とか
「死んだ人の分も生きていこうと思います」とか
7人そろって言っていることはみんな同じではないか。そんな判で押したようなセリフで更生が認められたのだった。
人がいないところでは、
「マジ笑える」
「オレの反省している演技ってどう?」
「オレたちは伝説を残した。伝説の勇者だ!」
といった態度なのに。
他人に対する共感力が7人には欠けていると思う。
「幸せに暮らしました!」
という、7人の声を合わせたナレーションに、7人の奥さん、犬、たくさんの子ども、老人になった7人、孫たち、しあわせそうな笑顔、笑顔、笑顔……。
どうやら『しあわせ』がキーワード、合言葉のようだ。
そうか、未成年だから死刑にはならないのか。
さらには火事被害と同じで賠償金も巨大すぎて一銭も払われないのか。
氏名も報道されず、ネット上では別の人物が犯人とみなされ、風評被害もひどかった。どこまでも他人を巻き込んでいた。
世の中理不尽すぎる。帝遍中学に関わったばかりに、こんな目にあってしまった。
他者の娯楽のために死んだ。そんな理由で殺されたんだ。殺され損だな。ぼくには乾いた笑いしかおこらなかった。
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