第31話 VSコマンダードック③ ムルジア奮闘

「WOW!」

 ダウンから復帰したコマンダードックは、即座に俺達へと突撃を開始した。

 そして、奴の狙いは、俺でも、リコリオさんでもなく、ムルジア。

「ひっ・・・!」

 ムルジアは、敵意マシマシのコマンダードックの赤い目に睨まれて、思わず竦み上がった。

 もちろん、咄嗟に逃げる事など出来ず、ムルジアは迫るコマンダードックを前に、なす術もない。

「させるか!」

 しかし、ムルジアに飛び掛かる寸前、俺は横手から身体ごと叩きつけるようにして、飛び上がったコマンダードックをイカヅチで叩き落とした。

 ダメージは相変わらず遠らなかったが、それでも流石に空中では踏ん張れないからな。

 俺は、コマンダードックとムルジアの間に入りながら、モタモタしているムルジアを一喝する。

「ほら、走れ!」

「ッ!・・・ムルジア君、こっち!」

「え?ええ!?」

 訳も分からぬまま、リコリオさんに引っ張られて逃げるムルジア。

「WOW!」

 そして、その背中を迷わず目で追うコマンダードック。

 俺は、そのコマンダードックの視線を刀で払って、牽制した。

「こっちだ!」

 しかし、コマンダードックは俺に目もくれない。

 邪魔くさい障害物だと言わんばかりに、迂回して走り去ろうとする。

 それに対して俺は、強引に進路を塞いだ。

「くっ・・・!」

 しかし、なんとか押し止めようとしたものの、あっさり弾き飛ばされてしまう。

 そしてコマンダードックは、脇目も振らずにムルジア目掛けて俺の前から走り去った。

「くそ!やっぱり無理か・・・!」

 攻撃を逸らす事は出来ても、コマンダードックの突進を正面から弾き返すのは、流石に無理だ。

 そもそも【侍】は、パリィ系の軽タンク。正面から攻撃を受け止められる仕様じゃない。

 とはいえ、それでも多少の時間稼ぎにはなった。

「来るよ、ムルジア君!」

「うっ・・・こ、こい!」

 2人は一度距離を取って、コマンダードックを迎え撃つ体制を整えていた。

 しかし、肝心の前衛であるムルジアの顔が明らかに引き攣っている。

 ダメだ。完全に腰が引けてて、あれではアイツは止められない。

 しかし、かと言って俺も追いつくのは無理だ。

「チッ・・・Bボタン!」

「!・・・ッ」

 俺は、咄嗟にムルジアに叫んだ。

 瞬間、ムルジアが素早く動く。

「GAW!?」

 コマンダードックが面食らった様子で声を上げた。

 ムルジアが、左腕の籠手を飛びかかって来たコマンダードックの口に押し込んで防御したのだ。

 籠手は盾ではないので、それなりにダメージは貰ったようだが、それでも咄嗟に踏ん張っていたので、ダウンするのは免れた。

 ナイスガード!

「【ブレイクショット】!」

 そしてその隙を見逃さず、リコリオさんがコマンダードックの側面に回り込んでノックバック攻撃を叩き込んだ。

 強烈な衝撃に横殴りにされ、コマンダードックの体が傾ぐ。

 瞬間、俺は叫んだ。

「いけぇ、Aボタンー!!」

「う、わああああ!!」

 その声に、ムルジアは横薙ぎの一閃でコマンダードックを払い除ける。

「いいぞ!畳みかけろ!」

「【~~】!」

「【チャージアップ】!【ペネトレイトアロー】!」

「ぱ、【パワースラッシュ】!!」

 そして絶叫するコマンダードックに、ムルジアは無我夢中で横薙ぎのアーツを叩き込む。

 さらに、ウイリーの【ファイヤーアロー】とリコリオさんの【ペネトレイトアロー】がそれに続いた。

 そして、俺もそこへ走り込む。

「【累】!」

「GYAN!?」

 勢いの乗ったフヅキに【烈剣・累】を組み合わせて、体勢の崩れたコマンダードックを後ろから突き崩す。

 結果、コマンダードックは、鋒から迸った衝撃になす術もなく弾き飛ばされた。

 そしてそのまま地面を転がり、ダウンする。

 俺は、思わずほくそ笑んだ。

「よし!」

「な、何が良し、だぁ!?」

 しかし、ダウンを取ったにも関わらず、ムルジアが不満の声を爆発させた。

 せっかくの追撃チャンスだが、無視する訳にもいかずに、俺は振り返る。

「なんだよ。うるせえな」

「うるさくない!どういう事だよ!?なんで俺にアイツが突っ込んで来るんだよ?!」

「いや、そりゃお前が1番ダメージ稼いでるからに決まってんだろ」

 基本的に与ダメージが大きければ大きい程、モンスターのヘイトは、そのプレイヤーに向くのだ。ムルジアが狙われるのは、当然だ。なにせ・・・

「お前はレベルが高いし、アーツも魔法も使えるんだから、そりゃそうなるって」

 俺はLV14。リコリオさんは、確かLV18だったか?

 対してムルジアは、LV21だ。

 それに加えてムルジアは、よく分からない方法で【ウォーターボール】を複数発射したりしてるので、俺達よりも手数も多い。

 結果、ムルジアはコマンダードックへ大ダメージを叩き出し、アイツのヘイトをモロに稼いでいるのだ。

「いや、それにしたって・・・!そ、それにそういう時は、壁役のお前が、最初みたいにアイツのヘイトを取って食い止めるモンだろ?!それなのになんで・・・?」

「あー、悪いけどそれは無理なんだよ」

「あ?」

「俺、まだヘイト管理系のカード、何も持ってねえんだ。だから、ダメージの通らないアイツのヘイトをぶん取るのは、ちょっと無理」

「はぁ!?」

「あ~、なるほど、そういう事かぁ」

 俺の説明に、2人がそれぞれ声を上げた。

 そう、これこそが、今回の攻略において1番の問題だった。

 確かに【侍】は、パリィ主体の軽量タンクだ。

 その基本スタイルは、最前線でパリィを駆使し、敵の侵攻を食い止める事。

 そうやって後衛やダメージディーラーを守りつつ、チャンスメイクしていくのが、【侍】に限らず壁役の基本だ。

 しかし現状、俺は、その壁役に必要不可欠な敵の攻撃を引き付けるヘイト集中系のアビリティカードを何も持っていないのである。

 つまり、ダメージを入れられない敵に対して俺は、基本的に「引き付け」自体が出来ないのだ。

 そんな俺の説明に、ムルジアは声を荒げた。

「ちょっと待て、お前!【侍】ってタンクだろ?!なんで、そんな基本スキルを持ってないんだよ!?」

「そう言われても、普通に必要なかったからな」

 ここまでの俺は、ずっとソロ。しかも【鍛治士】と兼業の半生産プレイヤーである。

 もちろんタンク職にその手のスキルが必須なのは分かるが、使う当てのないパーティープレイ用のスキルなんて、普通に後回しだ。

「そういう訳だから、諦めろ」

「そんな・・・無茶苦茶だろ!」

「あーもう、落ち着け!」

 思いっきり取り乱したムルジアを、一喝する。

 気持ちは分かるが、別に致命的な話という事でもないのだ。なぜなら

「今のお前なら、なんとかなんだろーが」

「え?」

「いや、さっき上手くやれたじゃねえか。アレで良いんだよ。だよな?」

「あー・・・まあ、そうだね?」

「!?!?!?」

 俺が同意を求めると、苦笑しながらもリコリオさんも頷く。

 そんな俺達の会話が余程意外だったのか、ムルジアは驚いて言葉を失ってしまった。

 俺は、思わず苦笑する。

「おいおい、しっかりしろよ。さっき、自分でアイツに反撃を決めたの、忘れたのか?」

 俺の補助があったとはいえ、ムルジアは自分でコマンダードックの攻撃を受け止め、反撃まで決めたのだ。

 つまり、今のムルジアなら、コマンダードック相手でも、ある程度は凌げる。

 そして一撃凌げるなら、あとはこっちのもんだ。

 ムルジアが凌いで作った隙に、俺とリコリオさんが攻めればいい。

 それでムルジアがさらに追い打ちをかければ、安定してダメージを与えられるはずだ。

「要するに、お前がコマンダードック攻略の鍵って訳だな」

「いや、そんな無茶な!?」

「いや、イケる、イケる」

 実際、俺と違ってムルジアは受け止められたし、反撃でダメージも入った。

 つまり、俺と違ってステータスは足りてる。

「落ち着いて合わせれば、どうにかなるって」

「そんな適当な」

「大丈夫だって。それにお前、例の「影の剣士」を攻略するんだろ?あんな犬っころにビビってる場合か?」

「ッ・・・!」

 俺の指摘にムルジアは、ハッとする。

 推定、第3エリアの徘徊ボス「影の剣士(仮称)」と戦うのだ。初期エリアの徘徊ボスにビビっている場合じゃない。

「WOW!」

 しかし、そんなやり取りの最中、ダウンしていたコマンダードックが声を上げた。

 振り返ると、コマンダードックはすでに立ち上がってこっちを睨んでいる。

「チッ、もう起きてきやがったか!リコリオさん、あとを頼む!」

「え?」

「出来るだけ時間を稼ぐ。あとはソイツを使って上手くやってくれ!」

「あ~・・・了解。ほら、行くよ~」

「え?あ、ちょっと!?」

 ムルジアを引っ張ってリコリオさんが後ろへ下がる。

 そして俺は、2人が少しでも迎撃体制を整えられるように、コマンダードックの前に立ち塞がった。

「こっちを見やがれ!【累】!」

 最初からダメージは考えず、足止めに徹する。

 相変わらずヘイトが取れないので、それほど時間は稼げないが、それでも2人が距離を取るには十分だ。

 そして、程なくリコリオさんの声が上がる。

「いいよ、ユーフラット君!」

「よし!・・・ムルジア、行くぞ!」

「うぅ・・・こ、来い!」

「WOW!!」

「そこだ、Bボタン!」

「ッ・・・!」

 タイミングを見計らってコマンダードックをムルジアに向かわせ、それをムルジアに受け止めさせる。

「行け、ウイリー!」

「【~~】!【~】!」

「【チャージアップ】!【ツインショット】!【ペネトレイトアロー】!!」

「GYAN!?」

「よっしゃ!行け、ムルジア!」

「あ・・・ぱ、【パワースラッシュ】!!」

 そしてその隙にウイリー、リコリオさんが集中砲火。さらに怯んだ所をムルジアに追い打ちさせた。

「【蛟】!」

 そしてある程度、ダメージが入った所で、俺は【烈剣・蛟】でコマンダードックを拘束。

「よっしゃ、ずらかれ!」

「了解!いくよ、ムルジア君」

「は、はい!」

 動きが止まった瞬間、俺は2人に離脱を指示する。リコリオさんも、心得たように深追いしようとするムルジアの首根っこを捕まえて離れていった。

 対して俺は、その場に残る。

 2人が準備を整えるまで、コマンダードックを足止めする為だ。

 鬱陶しそうに【蛟】のエフェクトを引き千切るコマンダードックに俺は突貫する。

 もちろん、俺がコマンダードック相手に稼げる時間はほんの僅かだ。

 しかし、それでも数秒稼げれば、リコリオさんが準備を整えてくれる。

「行ったぞ!」

「ほら、もう来るってよ!前見て、前!」

「ひぃッ、もうかよ!?」

「今だ、B!」

「うぐっ・・・!」

 半泣きになりながらも、ムルジアがコマンダードックを受け止めた。

 そしてそれを起点に、俺達は一斉に攻撃を叩き込む。

 あとは、もう繰り返しだ。

 最初はぎこちなかったムルジアも、何回かパターンを繰り返せば、ある程度慣れてくる。

 流石に、俺の補助が不要とまではいかなかったが、それでも防御とその後の反撃が目に見えて安定してきた。

 こうなれば、しめたもの。

 この基本パターンを繰り返して、俺達はジリジリとコマンダードックのHPを削っていった。

「GYAN!?」

「よし、ようやく毒った!」

「チャンス!ムルジア、合わせろ!【バンプアップ】!【烈剣】!」

「【パワースラッシュ】!【ストロングセイバー】!!」

 リコリオさんの毒矢の効果で、コマンダードックが毒状態になった。

 不意のスリップダメージで一瞬怯んだコマンダードックを、俺とムルジアで挟撃する。

 これが効いたのか、コマンダードックの身体が傾いだ。

 ダウンだ。大チャンスである。しかし

「GUWOWuuuuu!」

「うおっ!?」

「きゃあ!?」

「~~!?」

「うわああっ!?」

 追い打ちをかけようとしたその瞬間、コマンダードックから謎の衝撃が迸った。

 今までになかった反撃に、俺達は全員吹き飛ばされる。

 なんだ、今の!?ダメージこそなかったが、明らかに今までとは異質な攻撃?だ。

 ダメージはないとはいえ、あまりに今までのコマンダードックの挙動と違いすぎる。

 俺は、何か嫌な予感を覚えて慌てて身を起こした。

 そして、その光景を前に俺は息を呑む。

「GURURURURURU・・・」

「・・・おいおい、なんだよコレ?」

 いきなり現れたモノを前に、思わず上擦った声を漏らす。

 さっきまで戦っていた赤毛の獣が、赤黒い魔獣へと姿を変えていたのだ。

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