第29話 VSコマンダードック① 群獣の長

「AWOOOOOO!!」

「「「wow!!」」」

 コマンダーウルフの遠吠えに、ワイルドドック達は一斉に駆け出した。

 6匹のワイルドドック達が左右に分かれ、こちらを取り囲むように走り回る。

「うっ・・・くそぉ、来るなら来い!!」

 震える声で叫びながら、剣を構えるムルジア。

 しかし、威勢よく身構えたものの、ムルジアは走り回るワイルドドック達に釣られて、視線を左右に彷徨わせていた。

 明らかに連中の動きに惑わされている。

「ったく、しょうがねぇなぁ。・・・おい、ムルジア!」

「な、なんだよ?」

「右向け」

 そう言って、俺は強引にムルジアの左側に身を寄せた。

 ちょうど、ムルジアの左肩に右肩を当てるように立ち、肩でムルジアに右側を向かせる。

 すると、俺の左脇に別の背中が押し当てられた。

「後ろは任せて!」

「任せた!俺は左をやる!」

 何も言わずとも、分かってますよ、とばかりに背中合わせに立ったリコリオさん。

 その頼もしい声に、俺も力強く答える。

 何も1人で6匹を、360度警戒する必要なんてないのだ。

 俺とリコリオさんは、それをムルジアに背中で語る。

 そんな俺達の行動に、ムルジアは戸惑い気味に俺とリコリオさんを交互に見やった。

「え、えっと・・・」

「前見ろ!いつ襲ってくるか、分かんねえんだぞ!」

「わ、分かってるよ!」

 毎度お馴染みの分かってなかった返事を返すムルジア。

 その声には、少しだけ張りが戻っていた。

 そんなムルジアに、俺は即座に檄を飛ばす。

「右は任せるからな!」

「よろしく!」

「え?あ・・・わ、分かった!」

 よし。

 上手い事、落ち着いたみたいだな。

 咄嗟の対応だったが、リコリオさんが良い感じにフォローしてくれて助かった。

 何も言ってないのに、こっちの考えや、やって欲しい事がよく見えてる。

 頼もしさを感じながら、俺はリコリオさんに声をかけた。

「リコリオさん、コイツらと戦った事は?」

「ゴメン!ない!」

「ムルジアは?」

「ある訳ないだろ!」

「・・・まあ、そりゃそうか」

 相手は、徘徊ボス。

 要するに高難易度クエストというか、地雷ボスの類だ。

 普通は、避けられて当たり前である。偶然揃ったメンバーが、攻略情報なんて都合よく持っている訳がなかった。

 だがそうなると、マジで1から手探りで攻略するしかねえのか。

「とりあえず、手持ちの確認か。ポーションはまだある。ウイリーは・・・MPが残り半分か」

「~~」

 こんな事なら、MPポーションも買っとけば良かったな。もう後の祭りだが。

「・・・とりあえずお前は待機だな。しばらく大人しくしてMPを回復しとけ。ムルジア、そっちはどうだ?」

「・・・MP、というか魔法カードの在庫はまだ大丈夫だけど・・・回復薬がもうあんまり」

「ボクの方は、矢がちょっと心許ない・・・かな。ポーションはまだあるけど」

「むぅ・・・」

 まあ、突発のボス戦なんだし、準備不足は当たり前だ。

 でも、俺もそろそろ集中力が落ちて来る頃だし、参ったな。

「・・・とりあえず、このまま進めるとして・・・まずはコイツらを倒してく感じなんかね?」

「そうなんじゃない?」

 俺達を包囲してるワイルドドックと違って、コマンダードックは、未だに出現場所から動いていない。

 明らかに戦いに参加する気配がないのだ。

 俺らなんて、コイツらだけで十分だってか?

「舐めやがって・・・」

「WOW!」

「!・・・くるよ!」

「うっ・・・」

「ッ・・・チィ!」

 リコリオさんの警告と同時に、ワイルドドック達がこちらに駆け寄ってきた。

 俺は、即座に前へ出てワイルドドックを迎撃する。

 フヅキで前進と同時にワイルドドックの眉間を突き、さらに刀を返して掬い上げるように横薙ぎ。もう1匹を斬り捨てる。

 どちらのワイルドドックも、一撃で光の粒子に砕けて消えた。

「よし!」

 ボス戦だが、このワイルドドック達は強くなったりしていない。

 少なくとも、耐久力はそのままだ。

 俺の刀でも、まだまだ十分ワンパン出来る。

 実際、ムルジアは1匹、リコリオさんも2匹、危なげなく倒していた。

 これでワイルドドックは残り1匹・・・。

「【AWOOOOOO】!!」

 しかし、安心したのも束の間、再びコマンダードックが遠吠えすると、どこからともなくワイルドドックが再出現した。さらに

「WOW!WOW WOW!」

「なにっ!?」

 コマンダードックの声に、新しく現れた5匹のワイルドドック達が、一斉に俺へと突っ込んできた。

「くっ、この!?」

 慌てて迎撃するが、次々に飛びかかられて、俺は2人から離れた位置へと追いやられる。

「WOW!」

「アイツ、コイツらを操ってんのか!?」

 明らかにさっきまでとは動きが違う。

 襲いかかるタイミングを微妙にズラし、死角に回り込むように動いて来るのだ。

 くそ、2~3匹くらいまでならともかく、6匹に連携して包囲されると、流石にキツイ・・・!

 それでも3匹、4匹と斬り捨てるが、その隙に背後に回った5匹目への反応が遅れた。

「やべっ・・・!」

「危ない!」

 しかし押し倒される寸前、リコリオさんの矢が5匹目を射抜いた。

 俺は、なんとか続いて飛び掛かろうとする6匹目を追払い、急いで2人と合流する。

「大丈夫?」

「あぶねえ、助かった!」

「【AWOOOOOO】!」

「ま、また来るぞ!」

「チッ!」

 再びワイルドドックが5匹現れて、俺達の周りを駆け回った。

 それをまた3人で迎撃する。

 しかし、それをさらに倒してみても、やはり追加がやって来て振り出しに戻る、だ。

 いくらワイルドドックを倒しても、状況は全く変わらない。

「うーん・・・ねえ、コレってこのまま倒してるだけじゃダメっぽいね?」

「まあ、アイツはノーダメだしな」

 チラリとコマンダードックの方を見やってリコリオさんに同意を返す。

 奴は相変わらず、初期位置から一歩も動かないままだ。

「いっそ、コイツら無視して突っ込むか?」

「ダメダメ。ボク、さっき上から狙ってみたけど、届かなかったから」

「届かなかった?」

「うん」

 詳しく話を聞いてみると、なんとリコリオさん、どさくさに紛れて曲射で上からコマンダードックを攻撃しようとしていたらしい。

 しかし、矢の飛ぶ場所を示すガイドは、途中で見えない壁に阻まれてしまったそうだ。

「アイツさ、多分フィールドの外にいるっぽいんだよね」

「はぁ?・・・なんだよ、それ?!」

「戦闘不可って事か?・・・って事は、アイツ、ギミックボスか」

 めんどくせぇ!

 よく分からないが、このワイルドドック達をどうにかしてからじゃないと、アイツと戦う事さえ出来ないらしい。

「一番あり得そうなのは、一定数の撃破、か」

「そうだね。でも、もう17匹・・・」

「ハッ!これで18」

「ッ・・・じゅ、19!」

「20!・・・さて、どうなる?」

「【AWOOOOOO】!」

 しかし、期待も虚しく再度ワイルドドック達が召喚され、さらにコマンダードックも動かない。

「ダメか。20でダメなら、次は30?」

「流石に多過ぎじゃない?」

「だよなー」

 いくらなんでも、30匹討伐はちょっとやり過ぎだ。

 ゲームとして、普通に面白くない。

 しかし、そうなると何か見落としている事になる。一体、なんだ?

 俺とリコリオさんが頭を悩ましていると、再びこちらを取り囲んだワイルドドック達を見て、ムルジアが叫んだ。

「そんな、おかしいだろ!アヤノンさんの時は、2~3回くらいでアイツと戦えたはずなのに!」

「「・・・ん?」」

 ムルジアの言葉に、俺とリコリオさんは思わず振り返る。

 コイツ、今なんて言った?

「ムルジア、もしかしてアヤは、アイツと戦った事あるのか?」

「え?・・・ああ、先週の動画で、ソロで倒してたけど?」

「え?・・・ちょっと待って。ムルジア君、それ見てたって事は・・・」

「お前なぁ!そういう大事な事はもっと早く言えよ!」

「・・・へ?」

 ムルジアの返答に、俺は思わず声を荒げてしまった。

「お前、アイツの攻略法知ってんじゃねえか!何で黙ってんだよ!?」

「・・・あ」

 アヤが配信でアイツと戦っているのを観たという事は、アイツの攻略手順を一通り観ていると同義である。

「い、いや、観てたって言っても、俺もそこまで詳しくは・・・!」

「いやそれでも、ザックリ流れは覚えてるでしょ?」

「思い出せ!今すぐ!アヤは、どうやって、どんな流れで戦ってた?!」

 アイツは、わざわざ初見の負け動画なんてアップするタマじゃねえ。

 絶対、何度も戦って攻略法を割り出して最適化してから動画を撮ったはずだ。

「断片的にでも、アヤがどう戦ったか分かれば、コイツらを倒すヒントになんだよ!なんでも良いから、思い出せ!」

「ええぇ?!ええええっと・・・!」

 俺の剣幕に面食らって、目を白黒させるムルジア。

「WOW!」

 すると、そんな俺達のやり取りを隙と思ったのか、コマンダードックが号令をかけた。

 また5匹のワイルドドックが攻め込んでくる。

「チッ・・・!」

 対して俺は、咄嗟にワイルドドック達に向かって飛び出した。

 流石にムルジアでは、考え事しながら連中の攻撃には対処出来ない。

 また俺だけ囲まれてしまうが、ここはムルジアに考える時間をやる為に、俺が連中を引きつけるしかなかった。

「え?・・・あ・・・!」

「大丈夫!」

 俺が飛び出したのを見てムルジアが動揺するが、それをリコリオさんが素早くカバー。

 俺の背後を狙うワイルドドックを射抜きながら、ムルジアを諭す。

「ユーフラット君は、ボクが援護するから!それより思い出して!その動画、どうだったの?」

「え、えっと・・・」

 ムルジアは数秒考え込み、それから震える声で話し出す。

「そう言われても・・・特別変わった事はしてなかったんだよ。普通にワイルドドック達を魔法で蹴散らして・・・確か3回目、それで敵を全滅させたらアイツが出て来たんだったと思う」

「じゃあ、2回アイツの遠吠えを聞いたって事?」

「そ、そうだ。確か2回、だったはず・・・!」

 2回。つまり、最初に居た6匹と合わせて16匹で、コマンダードックが出て来たって事か?

 俺達はもう、24匹も倒してるってのに・・・どうなってんだ?

 内心、首を傾げながら、25匹目を斬り伏せ、光に返す。

 しかしやはり、コマンダードックは動かない。

 また遠吠えで仲間を呼び出すだけだ。

 くそ!アーツは必要ないから、SPの心配がないとはいえ、このままじゃジリ貧だ。

 俺自身のスタミナが切れる前に、なんとか・・・

「・・・ん?」

 そこでふと、脳裏に違和感が過った。

 俺は2人に合流しつつ、もう一度、ムルジアの話を反芻し、そして気づく。

 ムルジアの話で、アヤは明らかに「らしくない事」をしているのだ。

「おい、ムルジア!」

「な、なんだよ?」

「アヤは、コイツらに魔法を使ってたのか?」

「え?・・・そうだけど・・・?」

「それだ!」

「は?」

「・・・えっと、何か分かったの?」

「ああ、絶対おかしい。あの効率厨が、ボス戦前の雑魚にMPなんか使う訳ねえ。何かあるぞ!」

 俺でも通常攻撃でワンパン出来るのだ。

 アイツのレベルなら、極論、杖で殴ってるだけでも済む。

 それなのに、なんでアヤは、ワイルドドック相手に魔法を使った?

「何かあるって・・・なんだよそれ?」

「それを今から考えんだよ!」

「えー?」

「あのなぁ、お前も少しは考えろよ。ギミックを解くのもゲームの醍醐味の1つだぞ?」

 確かに俺もあんま得意な方じゃねえけど、何から何まで周りに教えて貰ってちゃ、つまんねえだろうが。

 そんな俺達のやり取りを他所に、リコリオさんは考え込んだ。

「・・・要するに、魔法を使わなきゃダメな理由があった・・・?確かに、この相手に魔法なんて必要ないよね。だったら、威力は関係ない。何か別の理由・・・?うーん・・・あ、もしかして!」

 少し悩んで、それからリコリオさんは何かに気づいたのかグルッと周囲を見回した。

 そして、瞬間、リコリオさんが動く。

「見つけた!【クイックショット】!」

 瞬間、リコリオさんの手が閃いて弓から矢が飛び出した。

「GYAN?!」

 リコリオさんの矢が、1匹のワイルドドックに突き刺さる。

 しかし、そのワイルドドックは、今までと違って光に溶けて消えたりしなかった。

 アイツ、他のワイルドドック達と違う?!

「やっぱり!ユーフラット君、アイツだ!」

「よっしゃ、任せろ!」

 よく分からねえけど、アイツを倒せって事だよな?

 色々気になるが、今はそれだけ分かれば、十分だ!

 ここまでの鬱憤を晴らすべく、俺は猛然とその半矢のワイルドドックに突撃する。

「 WOW!」

 対して、5匹のワイルドドック達が、半矢のワイルドドックを守ろうと動いた。

「邪魔だ!」

 浮舟でワイルドドック達の駆け出すスペースを潰し、下から斬り上げ、さらにイカヅチへ繋げる。

 邪魔な2匹を速攻で斬り捨てて、防衛線を食い破った。

 しかし、そのわずかな時間の間に、半矢のワイルドドックは立ち上がり、そして走り出していた。

「くそ、遠いな」

 それを見て俺も、リコリオさんが見つけたワイルドドックの異質さに気づく。

 距離が遠い。それに逃げる。

 そう、半矢のワイルドドックがいる場所は、他の5匹に比べて明らかに遠いのだ。

 しかも、俺が突っ込んでくるのを見て、即座に逃げようとする。

 他の5匹は、迷いなく突っ込んでくるのに、コイツは真逆だ。

「コイツ、最初からずっと、こそこそ隠れてやがったな!?」

 コイツはおそらく、最初にコマンダードックの取り巻きとして現れた6匹の中の生き残りだ。

 コイツは、他の5匹を隠れ蓑にしながら、ずっとこの「雑魚ラッシュ」の間、生き残っていたのである。

 要するに、コイツが生きている限り「雑魚ラッシュ」は止まらないのだろう。

 くそ、全部同じワイルドドックなのかと思ったら、すっかり騙された!

 しかし、勇んで飛び出したものの、俺のステータスは、AGIは最低限。逃げるワイルドドック相手に追いかけっこは明らかに不利だった。

 俺じゃ、アイツに追いつけない。

 ならば!

「リコリオさん、引き離すから狙ってくれ!」

「オッケー!」

「ムルジアは、リコリオさんの指示に従え!ウイリー、このままコイツらの気を引くぞ!」

「わ、分かった!」

「~~!」

 俺の近くを飛んでいたウイリーが、俺の思考を読み取って動く。

 【物理無効】を活かしてワイルドドック達に突っ掛かり、さらに【身代わり召喚】で呼び出した火の玉で幻惑する。さらに俺も

「【烈剣・累】!」

 ダメージの出ないノックバック効果のアーツで、追っ手のワイルドドックをブッ飛ばした。

 ダメージは与えない。

 今、コイツらを始末してしまうと、また遠吠えで取り巻きが5匹に増えちまう。

 今、俺達の役割は、コイツらの足止めだ。

 そうして時間を稼いでいれば、その間に・・・

「ムルジア君、アイツの前に回り込んで!」

「え?はい」

「早く!逃げられる!」

「は、はいー!」

 リコリオさんは、早速、ムルジアを使って半矢のワイルドドックを追い詰めにかかっていた。

 察しの悪いムルジアを半ば怒鳴り飛ばしながら嗾けて、向こうの足を止めて・・・。

「【ペネトレイトアロー】!」

「GYAN!?」

「今!斬る!」

「は、はい!」

 強烈な一矢で件のワイルドドックを地面に縫い付け、さらにムルジアがトドメを刺した。

 それを目の端に捉えた瞬間、俺も動く。

「はぁあ!!」

 残り3匹のワイルドドックを、即座に斬って捨てた。

 そしてその瞬間、待ちに待った変化が起きる。

「GURURURURRU・・・」

 今まで傍観を決めていたコマンダードックが、低く唸った。

 そして、ゆっくりとこちらへ向けて足を踏み出した。

「ッ・・・」

 瞬間、フィールドに苛烈な圧迫感が、雪崩れ込んでくる。

 ヒグマのようなサイズの犬が、燃えるような瞳で俺を睨んだ。

 その視線は、俺に対する明確な敵意に満ちている。

 その灼けるような敵意を前に、俺のゲーマーとしての本能が警鐘を鳴らした。

 ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる赤毛の野獣を前に、俺は言葉もなく震えた。

 間違いねぇ・・・コイツ、強い!

 瞬間、長らく忘れていた高揚感が、胸中に湧き上がってくる。

 俺は、いつの間にか獰猛な笑みを浮かべていた。

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