第19話 街を歩いて
「ふへぇ~・・・終わったぁ」
「なに?そんな緊張してた訳?」
配信が切れ、カメラのボールがポリゴンになって消えたのを見届けると、俺は安堵と共にその場に座り込んでしまった。
そんな俺の惨状に、アヤは呆れ顔だ。
「うっせえ・・・」
仕方ねえだろ。
単なる動画撮影と違ってリアルタイム配信は、コメントのせいでどうしても不特定多数から見られていると意識してしまうのだ。
それを、都合1時間以上。それも難易度の高い【鍛治】仕事をしながらである。
気疲れしない訳がなかった。
アヤが配信をここで止めたのも、俺が目に見えて疲弊していると察したからである。
なんとかカメラが回っている内は体裁を保っていたが、いい加減限界だった。
これくらい勘弁して欲しい。
しかし、アヤは、憔悴した俺の顔を覗き込んでから深々と溜め息。
「・・・こう言っちゃなんだけど、ちょっと訛りすぎじゃない?」
「うっせえ。仕事してんだから・・・しょうがねえだろ」
アヤの冷ややかな指摘に、俺は思わず辟易とした視線を返す。
確かに昔の俺だったら、これくらいで疲労を感じるような事はなかったのだが、上京して就職してからの俺は、ゲームをする時間が極端に減ってしまった。
その為、昔ほど集中力を長期間維持出来なくなっているのである。
その上で、配信しながら高難度の音ゲーをやり続けたりしたら、こうもなる。
VR空間でのアバター操作は、現実の肉体以上の知覚や反応、状況判断を脳に強いるのだ。
脳や精神的な疲労は相当なモノで、VRゲーム機にログイン限界時間が設定されているのもその辺が原因の一つである。
「全く、これじゃどっちが師匠か分かんないじゃん。鍛え方が足りないよ~?」
「うぐぅ・・・」
昨日の師匠発言や昔の当て付けにコチラを揶揄うアヤの言葉に、俺は返す言葉がない。
現実の肉体は、むしろ仕事でスタミナ爆上がりしてるんだが、ままならないもんだ。
「さてと・・・んじゃ、兄貴、もう行っちゃうけど・・・なんかある?」
「うーん・・・そういや【鍛治士】的に、ニニムってどうなんだ?」
俺的には、別に畑に興味はない。配信の段取りとしてニニムへ行く事に不満はないが、どうせなら、何かニニムに行く目的が欲しかった。
「生産向けのエリアなら、【鍛治士】向けにもなんかあんだろ?」
期待を込めた俺の問いかけに、しかしアヤは意表を突かれた様子で困ったように腕組みした。
「うーん・・・私は攻略側だから、ニニムについては全然知らないんだよねぇ」
流石のアヤも、生産プレイヤーのルートまでは、網羅してはいないらしい。
まあ、そりゃそうか。
しかし、それでも「知らない」と答えるのは躊躇われるのか、アヤは難しい顔で絞り出すように口を開く。
「・・・強いて言うなら、土地以外に空き家も多いから、家を借りて工房にしたりも出来るとかなんとか・・・」
「工房・・・!」
「え?・・・そこ?!」
アヤが、俺の反応に意外そうに目を見開いた。
いや、普通に欲しいだろ、自分の工房。
なにせ今の俺は、一応生産プレイヤーだ。
今後も、もっと自分向けに調整した強い刀を作りたいし、アヤにアクセサリーを作るという約束もある。
その為には、自分専用の作業スペースが欲しいに決まってる。
レンタルスペースは、毎回セッティングや片付けが面倒くさいし、使える設備だって限られるのだ。
それに、もう一つ割と切実な理由もある。
「俺の家、クッソ狭いからな。ゲームの中でも良いから、そういうのんびり寛げるスペースはちょっと欲しいんだよ」
「あー・・・」
都内の独身向けアパートに余分なスペースなんてモンは無いのだ。
「あ~・・・」
アヤは、俺の主張に苦笑い。
アヤは田舎の実家暮らしだから、その辺の悲哀はピンとこないのだろう。
しかしそこで何かに気づいたのか、突然アヤが真顔になった。
「あ、でも兄貴がハウジング持ちになってくれるのは、悪くないかも・・・?」
「・・・ん?」
「いや、こっちの話」
小声で何事か呟いたアヤに思わず問い返す。
しかし、アヤは愛想良く笑ってそれを流した。
だがその笑みには、なんだか悪どいモノが漏れ出ている。
コイツ、また何を考えてやがる?
しかし、そんな俺の疑念に素直に答えるアヤではない。
俺が問い正すより早く、アヤは素知らぬ顔で話を先に進めた。
「それじゃ兄貴は、ニニムで工房を探すんだね」
「あ、ああ、そうだな。まあ、実際借りれるのかは知らねえけど」
ゲームの中とはいえ、ハウジング、つまり不動産だ。買うのも借りるのも、安い金額でとはいかないだろう。
しかし、探さなければ見つかる物も見つからないのだ。
とりあえず、ニニムへ行って現地で当たってみるしかないだろう。
案外、掘り出し物の物件があるかもしれない。
「じゃあ、午後から適当に西へ行ってみるか」
「うんうん、良いと思うよ!頑張って!」
俺の言葉に、異様に良い笑顔のアヤが応える。
そんなアヤの態度に薄寒いものを感じつつも、今後の方針は決まった。
午後の行き先は郊外の農村、ニニム。
俺は、まだ見ぬ「自分の工房」に期待を膨らませて、アヤと別れたのだった。
午後、昼飯を食って一休みした俺は、改めてEOJにログイン。
作業場を引き払い、組合会館を後にした俺は、ファースの街へ繰り出した。
初日は、なんにも見ずに素通りしてしまったファースの街を歩いてみると、そこは驚きの連続だった。
賑やかな喧騒に満ち満ちた大通りを歩けば、プレイヤーのみならずNPCの住人達も、皆が思い思いに街を闊歩し、声を投げ合っていた。
よく見れば、露店を開いているプレイヤーから食べ物を買うNPCの子供もいるし、なんならプレイヤーとNPCの住人で、世間話はおろか、馬鹿騒ぎや喧嘩までやっていた。
しかも、ロールプレイとかじゃなく、完全にその場の成り行きで、である。
これはもう、この街が生きていると言って過言じゃない光景で、色々と衝撃の連続であった。
俺は、もう異世界にでもやって来たような気分で、キョロキョロ辺りを見回しながら街を歩いていた。
(・・・お兄さん、ちょっと落ち着いて下さい。お上りさん丸出しですよ~?)
「いや、そう言われてもな。なんだよ、この街?ゲームの中とは思えねえんだけど?」
(そりゃあ、実際に電子知性の暮らす街ですからねぇ)
「は?・・・え、マジで!?」
待ってくれ。じゃあ、NPC表示の人間は、全部フェニスと同じように意思があるって事か?
(ええ)
「いや、ええって・・・どんだけいると思ってんだよ?」
この規模の街なら、1万人とかいたって不思議じゃねえぞ?それが全部電子知性とか、どんだけだよ?
しかしそんな俺の驚きを、フェニスは呆れたように一笑した。
(逆に聞きますけど、増えないと思ってたんですか?私達、元々サーバーAIベースの電子データですよ?リソースさえあれば、基礎データコピーして株分するなんていくらでも出来ますって)
「・・・OH」
言われてみれば。
サーバーAIは、個別の端末AIが受け取った入力を、サーバーにあるメインAIに通信で送って解析し、出て来た返答をまた端末AIに送り返して返答するというプロセスで動くモノだ。
ゲームを管理してる電子知性が何体いるのか知らねえが、ソイツらの端末として株分された連中が、住人としてゲームの中で暮らしているという事らしい。
「・・・なあ、それって地味にとんでもない秘密な気がすんだけど?」
(言いふらしちゃダメですよー。思いっきりBAN案件なんで)
「だったら言うなよ、アホンダラー!!」
そんな話、知りとうなかった!
つうか、フェニスが付いてるって事は、運営も当然知ってんだから、俺って運営から確実に監視対象じゃねーか、ヤダー!
いやまあ、俺自身はやらかす気は全くねえけどよぉ。
「・・・でもそれじゃあ、住人もプレイヤーも、知性の面では違いがねえよな?」
フェニスでさえ、これだけ流暢に喋って感情豊かなのだ。ゲーム用サーバーのメインAIに繋がった住人達の知性が、低い訳がない。
(ないですねー。ちなみに、一般住人に特に権限はないらしいですけど、通報は自由に出来るので、衛兵をコンマ数秒で呼び出せたりします)
何それ、怖い・・・。
NPC、いや住人に無体を働くような事をすれば、容赦なく罰されるし、下手すると刑務所エリアに収監されるそうな。
「・・・おっかねえな」
(別に監獄にも、色々コンテンツがあるから、それはそれで楽しいらしいですけどね。脱獄とか出来るらしいですよ?)
「いや、それもう完全に別ゲーだろ」
やりたい奴はいるかもだが、強制で別ゲー化するのは、流石に嫌だ。俺は別に犯罪者ロールに興味はない。
(まあ、悪い事しなければ大丈夫ですって。あと、プレイヤー同士のいざこざは、基本全部無視なんで、その辺は普通のMMOですよ)
「・・・絶対普通じゃねえ」
要するに、ここは、電子知性が暮らす箱庭で、俺らはそこにゲーム要素をぶち込んで遊んでるようなもんらしい。
街が、リアルな活気に溢れているのも当然だ。住人は、実際にこの街で暮らしているのだから。
「・・・とんでもねえな。なんだってゲームでこんな事を・・・?」
(なんでも偉い人が、電子知性を増やして色々仕事をさせられないか試す為の一環とかなんとか。詳しい話を聞きたいですか?)
「やめろ、アホンダラ」
俺は、ただの一般人なんだよ。偉い人がどうたらとか、知りたいとも思わねえ。
(・・・世界で10人もいない電子知性の個人所有者なクセに・・・)
「うっせえ!俺だって別に、好きでお前を『箱庭』から引き取った訳じゃねえ!」
(うわっ、うっわ!酷い!酷すぎです!私達、あんな運命的に出会ったのにー!)
「喧しいわ!」
(boo boo!)
不満そうにブーイングするフェニスを、俺は思わず一喝する。
フェニスを俺が手に入れたのは、本当にただの偶然なのだ。
そもそもフェニス自身の発生が、イレギュラー中のイレギュラーだったからな。
今では、もう完全に兄妹の間柄だが、その経緯は、色々と偶然と紆余曲折が絡んでる。
まあ、その辺は今はどうでもいいか。
それよりも今は、頭の中でハウリングして折り重なる大量のブーイングを何とかしないと、ヤバかった。
(boo boo!)
「あー!もう、分かった!悪かった!謝るから、これ以上は頭が痛くなる!」
(・・・えー、何です、もう降参ですか?)
「耳も塞げねえ状況で、それは反則だろ・・・」
完全に拷問の類だ。
VR空間で、電子知性と耐久勝負は本当に不毛である。
「・・・勘弁してくれ。んで、ニニムへは西門から出れば良いんだよな?」
(はい。この先の大通りを左に曲がれば、ニニムに続く西門ですよ)
そう言って、フェニスはメールで画像データを送って来た。
「なんだこりゃ?」
(『ハーミットクラブ』っていう検証クランが発行してるファースの案内図です)
どうやら攻略サイトを運営する類のクランのようで、ファースのエリア別の特色が簡単な地図に書き込まれていた。
結構、パステル調のカラフルな地図で、観光地のパンフレットみたいな感じだった。
ファース、というかEOJの街は、どこも大雑把に5つのエリアに区分される。その区分けは、当然、プレイヤーも所属する5つの所属の影響によるモノだ。
ファースの場合、南側を中心に大きく広がる「国」の管理する貴族街。東側に「冒険者ギルド」のある下町エリア。中央エリアには「組合」の支配する商業エリアがあり、その西側に小さめの「異邦人」の住む外国人街がある。
そして北側は、「闇組織」の牛耳るスラム街だ。
さらに、各エリアの境目には、それぞれ住人達の住む住宅街があるらしい。
街は、中央から南東、南西へ伸びる2本と東西を差し貫く2本の合計4つの大通りで区画されており、大通り沿いにはそれぞれの陣営の窓口が用意されていた。
街全体に、大きく鳥居を描いたような通りの配置だな。
因みに北のスラムまで大通りが続いていないのは、スラムを街と切り分けている為だ。
まあ、その辺の事情は今はどうでも良い。
俺は地図と周りの景色を確認して、現在地と道順を確認した。
しかしその途中、ふと俺は辺りを見回した。
「?・・・なんか、良い匂いが?」
いつの間にか、肉を焼く独特の香ばしい匂いが道に漂っている。しかも、1つや2つではない。いくつもの匂いが大量に混ざり合っている。
その匂いに釣られて視線を巡らせると、大通りの少し先、通り沿いにいくつもの屋台が並んでいるのが見えた。
「・・・あ、もしかしてあそこが市場か」
そういえば地図には、西門の周りが露店の並ぶ市場になっていると書いてあった。
どうも農業地帯になっているニニムからの農産品を街道から西門で受け入れて、そのままそこで店を広げて売っているらしい。
その為、プレイヤー、住人を問わず、ここでは大勢の人が商売をしているそうだ。
そしてその中には、食べ物を売る露店もある。匂いの出所はそれだった。
「・・・そういえば、そろそろ何か食わねえとなんだよな」
リアルで昼飯を食ったばかりだが、食欲をくすぐる匂いに思わず腹が減ってきた。
そう言えば、昨日もこれくらいの時間に空腹状態になってたんだっけ?
「うーん、我慢出来ねぇ!・・・よし、まずは腹ごしらえだ!」
という訳で、俺は良い匂いのする屋台へ突撃した。
「おっちゃん、その串焼きちょうだい」
「あいよ!」
焼きたての牛串を買って、欲望のままに齧り付く。
「ウマッ・・・うっま!」
ガツンと効いた塩コショウの味に、牛肉特有の甘みが合わさって堪らない。
ボリュームもあるし、食べ応え抜群だ。
「・・・思った以上に肉が美味い。携帯食とは、まるで別物だな」
「おいおい、あんなモンと比べてくれるなよ、兄ちゃん」
思わず溢してしまった言葉に、屋台のおっちゃんが苦言を呈する。
その顔には、なんとも言えない苦笑いが浮かんでいた。どうやら携帯食の味をおっちゃんも知っているらしい。
「あ、すみません。なんというか、こっちの食べ物をちゃんと食べるのは始めてだったもんで。この串焼き美味いっすね!」
「はっは、そうだろう。そうだろう」
率直な俺の言葉に満足そうにおっちゃんは笑う。
「どうもプレイヤー達は、舌が肥えてるみたいだからな!気に入って貰えるように良い肉を仕入れてるんだよ」
「へえ・・・」
プレイヤーの事は、NPCもプレイヤー呼びなんだな。まあ、そういうもんなのだろう。
ちなみにNPCの事は「住人」と呼ぶ方が良いとアヤから言われている。NPCでも通じはするそうだが、あまり受けが良くないらしい。
まあ、要するに普通に接すりゃ良いのだろう。俺は難しく考えずに話を続けた。
「ちなみに、コレは何の肉なんですか?」
「今日は、ハードオックスだな。最近は、そこそこ数が出回って他の店でも出すようになって来たが、元々牛肉を屋台で食べれるのは、ウチくらいなモンだったんだぜ?」
「へえ、ハードオックスの・・・!」
昨日倒した時にドロップした牛肉が、こんなに美味くなるのか!?
これは、ちょっと認識を改める必要がありそうだ。
VRゲームの料理コンテンツって、割と大味な味覚エンジンを使っててあまり良い印象ないんだが、EOJはその辺もこだわっているっぽい。
なにせ、肉をスパイスで焼いただけでこれだけ美味いのだ。
もっと手の込んだ料理なら、より美味しく食べられるんじゃなかろうか?
これは、食べ歩きが捗りそうだ。
「・・・まあ今は、ニニムだけどな」
「お、ニニムに行くのかい?」
「ええ。妹と待ち合わせで。あ、もう1本下さい」
「あいよ!」
俺は、おっちゃんと雑談しながら、牛串をおかわりする。
なにせこちとら空腹だ。しっかり食べておかないと、攻略に差し支える。
まだ携帯食があるとはいえ、出来ればアレは食いたくなかった。
しかし
「見つけた!」
「・・・ん?」
そんな食事の最中に、背後から怒気を孕んだ声が響く。その声に、俺は反射的に振り返った。
そしてそこには、こちらを睨みつける見覚えのある金髪の少年。
「・・・ムルジア?」
俺は、予想だにしなかった人物の顔に面食らったのだった。
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