第10話 共同戦線

 俺は宣言と同時に敵集団の隙間に体を滑り込ませた。

 奥の連中から色々声が上がっているが、全て無視。俺はモンスターの前に姿を晒しながら、即座に走り抜ける。

 共闘ペナルティは、別パーティの戦っている敵への攻撃で発動するので、攻撃しなければ、当然発生しない。

 つまり、連中の目の前を走り抜けて、引きつけるだけならノーカンなのだ。

 しかし、流石に反撃不能はちとキツい!そもそも俺は、スピードタイプのカードなんて持ってないのだ。

「おいおい、なんだアイツ?!」

「・・・馬鹿?」

「うっせえ!さっさとしろぉ!!」

「あーもう!何やってんのよ、アイツ?!」

「はいはい、OK!受理しま~す!!」

 俺の問答無用の特攻に、彼女達は驚き呆れながらも、慌てて申請を受理した。

 なにせこのままじゃ、共倒れは確実だ。しかも、ピンチなのは元々彼女達の方。受理しない理由がない。

 そして、攻撃解禁の表示が出た瞬間、俺は刀を翻した。

「【烈剣】!」

 敵陣のど真ん中で急停止しつつ、半円の軌道で横薙ぎ一閃。ゴブリン3匹をまとめて薙ぎ払う。さらにそこから左に切り返して、下段から足元のデカいネズミの頭を跳ね飛ばし、さらに引き戻して突きへ繋げる。そしてさらに振り返って背後に近づいてきたスケルトンへ袈裟懸けに一太刀。

 そうやって連続で斬りかかり【烈剣】の効果が切れる前に手近にいる敵をまとめて押し返した。

 流石に全部の急所を狙う余裕はないので、喉を突いたゴブリン以外は倒せなかったが、それでとりあえず、ある程度のモンスター達の注意をこちらに引きつけた。

 俺はそれを確認して、今度は一度パーティから離れるように再び駆け出した。

「【烈剣・塁】!」

 大柄なロックリザードを新アーツで殴り飛ばす。

 この【烈剣・塁】は、攻撃力がない代わりに、ダメージ遮断効果と高いノックバック性能を持つ弾き専用の防御アーツだ。

 これで強引に壁役のロックリザードを集団ごと押し返す。さらに

「【蛟】!・・・【穿】!」

 立て続けに新アーツを連打。

 斬りつけた相手に行動阻害のデバフをかける【蛟】でロックリザードを壁にして、刺突強化の【穿】で強引に行手を阻むゴブリンを突き飛ばす。

「がッ・・・くッ・・・!【烈剣】!・・・オラアァッ!」

 さらに【烈剣】を再発動して辻斬りよろしく、無茶苦茶に斬りまくって強引に走り抜けた。

 無論、多少のダメージは喰らってしまうが、今は無視だ。ただただモンスター達の隙間に、体を捩じ込んでいく。

 そうやって集団の包囲を突破すると、集団のヘイトがパーティから俺へ一気に向く。

「・・・今!押し返す!」

「お、おう!おい、ミーティ!」

「ッ・・・分かってる!【ストーンフォース】!」

 敵の圧力が減った瞬間を見逃さず、盾役の金髪の女性プレイヤーが強引に敵を押し返す。そしてその隙をついて、別の女性プレイヤーが飛び出した。

「・・・フンッ!!」

 短い気合いの声と共に数匹のゴブリンとネズミが宙を舞った。

 飛び出してきたのは、鉄塊のような戦槌を振り回す小柄な女性プレイヤーだった。

 褐色の肌と黒い髪の軽装プレイヤーで、力任せにモンスターへ襲いかかる。

 そしてその隙に、他のメンバーも立て直しに忙しなく動いた。

「ルル!アランを回復だ!」

「うん!アラン君~MPポ~ション、はい!」

「やった、ありがとう!・・・バック、範囲で合わせて!ミーティ、火乃香、しばらく頼むよ!」

「まかせろ!」

「・・・分かった」

「カウント!10、9、8・・・!」

「いいわ!・・・アナタ!まとめて倒すから、巻き込まれないでよ!」

 どうやら、魔法でまとめて吹き飛ばすつもりらしい。パーティの男性二人が、魔法発動前の待機状態に移行した。

 それに合わせて、黒髪のハンマー使いと盾の金髪女性プレイヤーが、集団を押し固めにかかる。

「【ヘイトコール】!」

「【フルスイング】!」

 盾が発した甲高い音がモンスター達の注意を惹きつけ、突出してきた敵をハンマーで押し返す。

「【アースクェイク】!」

「【ハリケーン】!」

 そして一拍遅れて男性2人の声が響くと、敵の足元が光って揺れ、そのエリアを竜巻がそのまま飲み込んだ。

 地属性と風属性の範囲魔法だろう。

 敵集団はその同時攻撃で一気に数を減らした。

「よし、これなら!」

 一気に数を減らした集団は、配置が散り散りになっていて、統率も失われている。

 これなら急所狙いの通常攻撃で十分、各個撃破可能だ。

 俺は、ここぞとばかりに反転して集団の中へ再び飛び込んだ。

 連中が混乱から立ち直る前に、ここで一気に片をつける!

「あ・・・!伏せて!」

「ッ・・・うおッ?!」

 しかし、ゴブリンに斬りかかる寸前、ハンマー使いの女性プレイヤーが、慌てて叫んだ。

 同時に、俺は目の端に体に突き立つ何かを幻視する。

 俺は、咄嗟に急ブレーキをかけて強引にしゃがみ込んだ。

 するとその頭上を、一本の矢が突き抜けていく。

 危っねえ!声がかかるのが、もう一瞬遅かったら、頭を串刺しにされていた。でも、安堵してる暇はない。

 足が止まった俺へ、斬りかかろうとしていたゴブリンと上空のキバコウモリが殺到してきた。

「「GYA GYA GYA!!」」

「くッ!」

 この態勢では、反撃する余裕はない。俺は強引に後ろへ身を投げ出して、その攻撃から身を躱した。

 しかし、それが流石に限界だ。態勢を立て直せるはずもなく、俺は無様に地面に転がる。

 そこへ、さらに矢が飛んできた。

 マズイ!やられる!

「【カバー】!」

 しかしその矢の前へ、白い壁が立ち塞がった。

 金髪の女性が、大柄なカイトシールドで矢を払い除ける。

「【フルスイング】!」

 そしてさらに、ハンマーを振り回して、黒髪の女性プレイヤーが追撃してきたゴブリンを弾き飛ばした。

 まさに鉄壁。2人は、俺が立ち上がるまでの時間を、危なげなく稼ぎ出してくれた。

 俺は彼女達と背中合わせに立つ。

「・・・無事?」

「ああ!悪ぃ、助かった!」

「そんなのいいから!それより周りに気をつけて!PKがいるのよ!」

「ああ・・・!やっぱそういう事か!」

 そんなこったろうと思ったぜ!

 じゃなかったら、この部屋にこれだけのモンスターが集まってる訳ねえからな。

 おそらく洞窟内を走り回って、この階層モンスターをまとめてここまで誘導してきたのだろう。

 モンスタートレインと呼ばれるプレイヤーキラーの常套手段である。

 そして、さっき飛んできた矢は、モンスターの攻撃などではなく、そのPKの物って訳だ。

 宙に浮いている光の玉、おそらく彼女達の照明用のアイテムか、魔法なのだろう。その光の範囲外の闇に隠れながら、弓矢で攻撃してきているのだ。

 大量のモンスターをけしかけて、自分は安全な所から獲物がモンスターに負けるのを眺めている訳だ。

 しかも要所要所で弓矢を使った妨害まで仕掛けてくる。

「・・・クソ!」

 せっかく敵の陣形が崩れているってのに、下手に切り込めねえ。

「おい、無事か!?」

「大丈夫よ!・・・ちょっと、アラン!まだ見つけられないの?!」

「無茶言わないで!こんだけモンスターがいるんじゃ、僕の【索敵】は役に立たないよ!」

「・・・アタシの【危機感知】も、手を出してくれなきゃムリ」

 風魔法を使っていたローブを着た魔法使いの男性は、泣きそうな顔で声を上げた。

 さらにハンマーを構える黒髪の女性プレイヤーも、感情の消えた声で謝る。

「【発見】は?生産なら、誰か持ってるでしょ?」

「そっちは採取用だから、今は無理〜!」

「・・・今デッキ変えたら死ぬ」

 どうやら、現状のメンバーの索敵スキルでは、PKの場所を特定し切れないらしい。

 まあ、敵側もおそらく隠蔽系のスキルを使って隠れてるんだろうしな。簡単に見つけられるようでは、プレイヤーキラーなんてやってない。

「クソが!おい、ルル、MPポーションだ!早く回復してもう一回・・・!」

「えっと、もうない、かな~」

「何ぃ?!お前、なんで、この肝心な時に!!」

「いやだって、しょうがないでしょ~!!あれだけボスを周回したんだよ~?!さっきアランに投げた奴で、Mポは品切れ!あとはハイポが2本だけだよ~」

 青いワンピースを着た帽子の女性プレイヤーが、間延びした声で、リーダーっぽいマントの男性に言い返した。

 なるほど。この人ら、あれからこの洞窟のボスを周回してたのか。そんでその帰り道を、PKに待ち伏せされていた、と。

 そりゃ、ピンチにもなるか。いくら実力があったって、連戦続きで、スタミナも集中力も備蓄も吐き出し切った直後なのだ。

 しかし、そうなると、マジで大ピンチだな。

 俺もさっきの【烈剣】の乱発で、SPが底をついているし、そっちのメンバーももう限界だ。

 こうなるともう、周囲を取り囲むモンスター達を牽制しながら、ジリジリと出口へ向かうしかない。

 だが、それをPKが許す訳がなかった。

 とにかく、問題は場をコントロールしているPKだ。まずは元凶をなんとかしないと・・・。

 そこまで考えて、俺はふと気づく。

「・・・なあ、さっきの矢は、どの辺から飛んできた?」

「私の正面右側よ。まあ、もうそこには居ないかもだけど」

「・・・ふむ」

 飛んできたキバコウモリの羽根を切り落としながら、俺はチラリとそちらの闇の中を伺った。

 うーん、暗いせいで今一つ判然としないな。

 それでも、注意深く闇の中に視線を這わせていくと、その中にふと、ある物が見えた。

 俺は、それが何なのかに気づいて、声を上げそうになる。

 しかしそれを、俺は慌てて飲み込んだ。

 ここで中途半端に動くと、俺が死ぬし、彼らも混乱する。

 やるなら、必殺の布陣で反撃しなければ意味がないのだ。

 そして少し考えて、自分の腰にある物に手を伸ばした。

 もしかして、コイツを使えば?

「・・・なあ、さっきの【カバー】って奴、もう一回、出来るか?」

「?・・・それはもちろん出来るけど・・・?」

「よし。だったら・・・」

 俺は出来るだけ声を潜めて作戦を告げる。

「は?・・・ちょっと、そんな無茶な・・・!」

「いや、だが、それが上手くいけば、一気に逆転出来る」

「・・・良いの?」

「やらなきゃ、死ぬだけだしな。それにそもそも、俺、まだデスペナ無効だし」

 【ルーキー】の効果で、今の俺は3回までデスペナルティが無効状態だ。その中には、カード喪失も含まれる。つまり、もし失敗して殺られたとしても気分が悪いだけだ。 

 それに多分だが、きっとなんとかなる。だからここは、初心者の俺だからこそ、やるべきだ。

「・・・分かった。すまんが、頼む」

「オーケー。つう訳で、アンタも頼むぜ?」

「・・・分かったわよ。大船に乗った気でいなさい」

 よし、話は決まった。

 俺は、目の前のゴブリンを切り倒しながら、そのタイミングを見計らう。

 チャンスは、この1回だけだ。今なら多分、アイツの意表を突く事が出来るはず。

 俺は後衛のメンバーを守りながら、その瞬間を待った。そして、

「・・・ここだ!あと、よろしく!」

 そう言い残して、俺は彼女の盾の陰から全速力で飛び出した。

「ちょ?!・・・もう、合図もなく!!」

 思い切りよく飛び出して、相手の元へひた走る。どこへって?当然、闇に潜んだプレイヤーキラーの元にである。

「そこだ!」

「?!」

 俺は、腰にぶら下げていたカンテラを腰から外して、闇の中に放り込んだ。

 岩肌にぶつかって転がったカンテラは、ゲームアイテムらしく壊れもせずに落ちた周辺をぽっかり照らし出す。

 するとそこには、黒い外套に身を包んだ短弓装備のプレイヤーの姿が。

 実は、俺にだけは奴の居場所が見えていたのだ。正確には【発見】によって表示されたアイコンだが。だから俺は、奴が闇を伝って近くにやって来るのをずっと待っていたのである。

 まさか、俺に居場所が見つかっているとは思っていなかっただろう。

 まあ、俺は初心者装備の【ルーキー】だからな。

 しかも奴は、彼女達の持ち込んだ照明の範囲に気を取られ、俺の持つカンテラにまで注意が向いていなかった。

 思わぬタイミングで光に照らされて、黒衣のPKは、驚愕に固まる。

 しかし、それでも流石に距離があったので、俺の刀はどうやっても届かない。

「ッ・・・【ツイン・ショット】!」

 我に帰ったPKは、即座に俺に向かって矢を放った。しかもご丁寧に、避け辛い矢を2連射するアーツだ。流石の俺も、猛スピードで飛んでくる矢を2本も躱すのは無理だ。しかし、

「【カバー】!」

 その矢の連撃を、再び白い盾が飛び込んで弾いた。

 タイミング、完璧!そして、その反撃こそが、俺が狙っていた隙だった。

 その隙を逃すほど、彼らは甘くない。

「【エアロスラッシュ】!」

「【ロックスピア】!!」

「ッ・・・え~い!」

 打ち合わせ通り男性プレイヤー2人が魔法を放ち、間延びした声の女性プレイヤーが何かを投げつける。

 技後硬直のあるアーツを放っていたプレイヤーキラーに、それらを躱す術はなかった。

「?!?!?!・・・・きゃああぁ!!」

 風に裂かれ、石筍に跳ね上げられ、さらに瓶から吹き上がった炎が、その体を焼いた。

 元々、コソコソ隠れていただけに、防御力はなかったのだろう。

 3人の連続攻撃に、PKは一瞬で光の粒子へと砕け散った。

 これでもう邪魔者はいない。

 そしてその後は、モンスター達を倒すのにそれほど時間はかからなかった。

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