第3話
ある日の夜だった。仕事から帰ってきたアカネさんと一緒にご飯を食べて、お風呂とかを一通り終えた後、アカネさんに話したいことがあると言われて、私とアカネさんは寝室のベッドの上に座っていた。
「.........あの、ね。」
アカネさんは、床の方を見つめながら、苦しそうな声で、その一言目を呟いた。
「うん、どうしたの?」
「もう......この生活を、終わりした方がいいと思ってて......」
「.........うん。」
「誘拐して、監禁しておいた分際で、こんなことを言うのは......きっと、とても酷いことだけど、それでも......もう......やめたいって思ってて、明日、警察に自首しに行こうって思ってるんだ。」
「.........うん。」
アカネさんは、そこでようやく、私の方へと視線を向けてくれた。
「ずっと、うやむやにしてたけど......ホントに、ホントに、酷いこといっぱいして、たくさん迷惑かけて、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。」
そう言って、頭を下げるアカネさんの声は、だんだんと涙混じりの声になっていって、嗚咽もこぼれていた。
私は、アカネさんの頭を抱き抱えるような形で、ぎゅっと抱きしめた。
「ね、アカネさん。アカネさんはさ、私がアカネさんのことどう思ってるか知ってる?」
急に抱きしめられてアカネさんは戸惑っていた。しかも、そこに加わった私の急な質問で、よりいっそう戸惑っているようだった。
「え、えっと......その、多分嫌われては、いない感じ......?」
「ふふっ、前にも言ったでしょ? 私は、アカネさんのこと、好きだよって。」
「えと、その、それって......どういう意味での?」
「恋愛的にだよ?」
「.........」
アカネさんは、反応に困っているようだった。それはそうだ、だってさっきまで自首するとかの話をしていたのに、いきなりこんな恋愛の話になったのだから。
「だからね、アカネさん。自首しちゃだーめ。」「......え、え...?」
「......アカネさん。私はアカネさんに酷いことされたとは思ってないよ。それに、警察に行ったとして、たとえ数年間だったとしても、会えないのは嫌だし、アカネさんが非難の対象になるなんてもっと嫌だよ。」
私は、アカネさんの頭をゆっくりとポンポンしながら言った。
「......でも、でも......たとえユキちゃんがそうだったとしても、私のしたことは犯罪行為だから......悪いことだから......!いけないことだから......!」
「じゃあさ、アカネさん。アカネさんは私のこと、好き?」
「そ......それは......」
「一目惚れしたんだよね、?」
そう、それは、この部屋で初めてアカネさんと話した時のことだった。私の体が、まだロープで縛られていた時のことだ。アカネさんは、その時、今の状況を説明してくれた。
監禁される少し前に、私とアカネさんはある道路で出会っていたそうだ。その時の私は塾の帰りで、アカネさんは仕事の帰りだったらしい。その時のアカネさんは心も体もヘトヘトで、生きていることに耐えられなくなっていたそうだ。そんな中、疲れてその場に倒れるように寝てしまいそうになったアカネさんを助けたのが私だったらしい。
私は、その時のことはうっすらとしか覚えていなかった。だけど、確かに塾の帰り道で、つらそうに歩いている女の人が前から歩いてきていて、そしたら急に倒れてしまったところを助けに行った記憶が、確かにあった。
どうやらアカネさんは、その時に、私に一目惚れしてしまったらしい。
「ねえ、アカネさん。私はアカネさんのことが好き。これからも一緒にいたい。私のことを大切にしてくれるアカネさんのことが、大好きなの。」
私は、アカネさんの顔に両手を添えて、顔を上に持ち上げ、目と目を合わせた。
「アカネさん。アカネさんの気持ちを、教えてほしい。」
私がそう言うと、アカネさんは一度私から目を逸らした。そして、どこか怯えるように。だけど、どこか決心を固めたかのように。真っ直ぐで綺麗な瞳で私のことを見つめて。
「私も......私も、!ユキちゃんのことが好き......!初めて会った時もそうだし、今、こうやって生活してく中でもどんどんユキちゃんの優しさに触れて、好きになってっちゃうし、こんな私のことを一人の人間として扱ってくれて、それがホントに嬉しくて......それにね、弱くてダメダメなところも肯定してくれる、大丈夫だよって言ってくれる、そんなユキちゃんと、私は、これからも一緒に居たい。」
そう言って、アカネさんは私のことを抱きしめてくれた。それは、今までとはどこか違うハグだった。優しさの中に愛が存在しているかのような、そんなハグに思えた。
「でも、でもね、だからこそね......私は、自分のしたことに向き合わなくちゃいけなくて、怖いけど、それでもやっぱり、悪いことをしたんだから、ちゃんと裁かれないといけないから......だから......だから......」
アカネさんは震えていた。それは、きっとこの後に続くであろう言葉を言う勇気がないからだ。
私は、そんなアカネさんへ向けて、言葉を紡いだ。
「アカネさん......つまりはさ、アカネさんは、自分のした悪いことの償いをしようとしてるってことだよね?」
「う、うん。」
「じゃあさ、周りの人とかは、一旦全部抜きにして、私に直接償ってくれるっていうのじゃ、だめ?」
私がそう言うと、アカネさんはゆっくりと体を動かして、私と顔を合わせた状態になってから、言った。
「......確かに......出来ればそうしたいし、逮捕されちゃって、刑務所から出てきた後に、ユキちゃんが許してくれるのなら、直接的に、何らかの形で償わせてほしい。......だけど、もう、一か月以上もユキちゃんを行方不明にさせちゃってるわけだから、その説明をユキちゃんの家族の人とかに言わなきゃいけないわけで......」
「じゃあさ、その説明が何とかなるとしたらどうしたい?」
「え、?」
私の質問にアカネさんはびっくりした様子だった。
「えっと、それだったら、この命が尽きるまで、ユキちゃんのために何かをさせてもらいたいです。」
私は、そう言ったアカネさんの手を取って、
「答えてくれてありがとう、アカネさん。あのね、提案があるの。これなら何とかしてこの状況を打開できそうだから、だからね、もし納得してくれたらさ......自首とかしないで、私とこれからもいてほしいの。お願い......!」
と言った。
「......その、提案っていうのは、?」
「うん、あのね......」
そうして、私はその考えを伝えた。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「なるほど......ね。」
私は、アカネさんに私の考えた案を説明した。簡単に言えば、私は誘拐・監禁されていたのではなくて、家が嫌で家出したということにするのはどうかというものだ。実際、私自身、家出をしたかったかといえば、したい気持ちも本当にあったから、この説明にはリアリティがある。そしてそこでは、アカネさんは途方にくれていた私を、理由を聞かずに助けてくれた優しい人になっている。
「確かに、何とかなりそう......だけど......本当に、いいのかな......こんな......」
アカネさんは迷っていた。とても、つらそうに。ああ、そうだ。私の提案だってきっと、アカネさんを苦しませてしまうはずだ。だけど、それでもきっと、こっちの方が最善だと思うから、!
「アカネさん......ごめんね。確かにつらい選択かもしれない。だけど、だけどね、それでも私は、こっちを選んでほしいの。」
そこに私は、それにね、と一言付け加えて、
「アカネさんが、私を監禁しちゃったのだって、私は、仕方のないことだったんじゃないかって思っちゃうの。」
「え?どうして、?」
「その......もし、嫌な気持ちにさせちゃったら、申し訳ないんだけど。前にお風呂上がりのアカネさんのお腹に、傷痕みたいなのがあるのが見えちゃったの。あと、アカネさん、夜にいつも動画とか見てる時に、暴力的なシーンがあると、少しビクッてしてるし、それに......アカネさん、今21歳だって言ってたけど、今まで一回も、誰とも連絡とってるとこ見たことなくて、それこそ、ご両親と連絡してるのを、見たことないから......もしかしたらって、思ったの。」
アカネさんは、下に俯いていた。
鼓動が早まる。傷つけてしまったかもしれない。ここまで深く詮索するようなことは、言わなければよかったかもしれない。後悔が私に押し寄せる。だけど、それでも、言わなければいけない。
「もしかしたらさ、全然違うかもしれないけど、それでも、ここまでのアカネさんを見てたらさ、とっても繊細で優しくて、傷つきやすくて、生きていくのが苦手そうな人だなって思ったから、だからね、確かに犯罪行為だったかもしれないし、きっとそういうのは裁かれないといけないと思うの。でもね、私は苦しくも悲しくもないし、むしろ、アカネさんにここに連れてきてもらえて、この幸せな空間に、世界に一緒にいれて、幸せなんだよ?」
アカネさんのほっぺの辺りに、小さな水滴がこぼれていた。それが涙だと認識するまでに要する時間かは、ほんとうに僅かだった。
「だから、だからね。罪悪感はきっと感じてしまうと思うけれど、それでも、それでもね、私はアカネさんのお陰で、今とっても幸せだから、!」
私がそう言うと、アカネさんは顔を上げた。
そうして、ぐちゃぐちゃになった顔のまま、私のことを見つめて言った。
「いい......のかなぁ......私なんかが、幸せになろうとして......悪いことしたのに......」
私はアカネさんを抱きしめた。
それは、今までに何回もしてきた、いつも通りのハグだった。
「きっと、きっとね、それはアカネさんが決めなきゃいけないことだから、私がどうこう言えるものではないと思うの。だけどね、それでもね、いいんだよ、アカネさんは幸せになって。たとえ、世界がアカネさんのことを悪いって言っても、私はそんなことないって言い続けるから......!」
「......ユキ...ちゃん......」
アカネさんのその声音は、どこか嬉しそうで、それでもどこか迷っていたけれど、やっぱり幸せそうな声に聞こえた。
そうして、アカネさんは泣きながら、これまでのことを話してくれた。アカネさんの幼少期から、今に至るまでの話だ。
アカネさんは、肉体的な暴力を受けて育った。私みたいな精神的なものだけでなく、純粋な暴力によって行われた虐待だった。そうして、そんな親から逃げるために、高校を卒業して何とか受かった仕事に就いて、必死になって毎日を生活していたそうだ。ただ、その仕事先での人間関係が上手くいかず、それがつらくて、しかもずっと何の娯楽にも触れてこなかったために、ストレスは貯まる一方で、どうしたらいいのか分からずに、死にたいという欲求が出てき始めた頃に、私と出会ったそうなのだ。
そうして、改めて謝罪をされてから、今後のことを少し話し合あって、その日も、一緒のベッドで眠った。私たちは、お互いに泣き疲れていたから、あっという間に寝てしまったのだった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
―二か月後―
私はアカネさんの家に遊びに来ていた。
「ねえねえ、ユキちゃんユキちゃん、!クリアできたよー!」
家から持ってきたゲーム機を、私はアカネさんに、やっていいよと言って渡した。
アカネさんは今まで一度もゲームをしたことがなかったらしく、最初は操作もうまくいってなかったが、それでも楽しいようで、夢中になってゲームをしていた。
上手くいって嬉しそうにしてたり、失敗して悲しそうにしてたりと、ころころと変わるアカネさんの表情が可愛くて、見ているこっちも楽しい。
「お、最後まで行ってる!すごいねアカネさん。」
私はアカネさんの頭をナデナデしながら、そう言った。
「えへへ、ありがとう。」
あの日、アカネさんが一歩を踏み出してくれたあの日から、もう二か月。両親と警察の人たちには、何とか私が家出をしたということを信じ込ませて、途中で危なさそうなところもあったものの、結果としては上手くいった。
両親は泣きながら私に謝罪をしてくれたし、人生で初めて、ちゃんと私の話を聞いてくれた。
......流石に、申し訳ないという気持ちもあった。でも、それでも、頭に浮かぶのは私に罵声を浴びせていたときの両親だから。分かり合うことはできなかったけれど、少しはマシになったと思う。
アカネさんの綺麗な髪を撫でながら、ふと、幸せだなぁと、思った。
「ねえ、アカネさん。」
「ん、?」
「大好きだよ。」
私はただ純粋に、その気持ちを伝えた。
アカネさんは、顔を赤く染めてから、気恥ずかしそうに、だけど、いつかの時のような悲しさ混じりの微笑ではなくて、心底、幸せそうな笑顔で、
「私も!だいすき!」
と言ってくれた。
その姿が、あまりにも、愛おしかったから。
―チュッ―
「ふぇ?」
「あはは、アカネさん、顔真っ赤。」
「あ、えと、え、キ、キス......」
アカネさんはアワアワしていた。その様子が、かわいくてかわいくてしょうがなかった。
ああ、本当に、大好きだなぁ。
きっと、私たちの関係性は、端から見れば普通かもしれない。だけど、その表面の奥底には、世界からの呪いに苦しむが故の欲求によって結ばれた関係がある。
ああ、そうだ。私も、アカネさんも。人間としては、もう、破綻しているのだ。
だけど、私は素敵だと思うのだ。
呪詛によって作られた愛は、その強さ故に、決して壊れない。
(だからね.........)
ずっと、ずっと、ずっと。
もう、一生離れないからね、アカネさん。
永遠に縛られ続けるのだ。
私も、アカネさんも。
それが、私たちの愛の形だから。
―本編完―
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