第3話 爆炎の街角
夜の街に、鋭い叫び声が響く。
火花が飛び散り、道路に止まったバイクが破裂音と共に横転した。
神谷悠真は、廃ビルの屋上に身を潜めながら、その光景を見下ろしていた。
路地の奥で、黒いジャケットを羽織った数人の男たちが、鉄パイプやチェーンを手に暴れている。
その中心で、ひときわ異彩を放っているのが――金髪の青年。
(やはり、あいつか……)
涼――前夜に交戦した、あの男が、今度は堂々と街中で戦っていた。
だが前回と違うのは、その戦いぶりだった。
その身を揺らすことなく、ふっと“消える”。
次の瞬間、相手の背後から現れ、蹴りを放つ。
――瞬間移動。
ただ速いだけではない。空間そのものを跳び越える動きだった。
悠真の目にも、わずかに軌跡が捉えられる程度。その一撃一撃が正確で、迷いがなかった。
「チッ……また消えやがった!」
「後ろだ、バカ!」
叫ぶ間もなく、一人、また一人と倒れていく。
だが――涼の表情に笑みはなかった。
むしろ、追いつめられたように冷や汗を浮かべている。
(使い慣れてない……いや、長くは使えないのか)
悠真の中で、ひとつの仮説が立つ。
(涼の異能は確かに強力だが、負担が大きい。連続使用には限界がある……)
そのとき。
戦場の奥、店のシャッターを焼き切るようにして現れた男がいた。
長身、黒いロングコート。指先から、赤い火がゆらりと揺れる。
その姿が現れた瞬間、涼の周囲の空気が変わった。
「……やっと出てきたか」
涼が呟く。だが、その口調はやや重たい。
「おいおい……せっかく“始末屋”に頼んだのによ」
火の男は、煙草を咥えたまま言った。
「どうせあんたは逃げるか、倒れるかだと思ってたよ。だって、お前――昔よりずっと甘くなってるじゃねぇか、涼。」
悠真の目が鋭く細められる。
(あいつ……依頼人か)
つまり、涼を始末するよう依頼したのは、この火の異能者――抗争相手のリーダーだったということか。
「始末屋……って、まさか……」
そのとき、涼が右足をわずかに踏み込み、再び空間を裂いた。
空気が歪み、姿が掻き消える。
「遅ぇんだよ」
炎の男が掌を振る。
風のように放たれた炎が、空間を追って炸裂する。
涼の身体が空中で現れた瞬間、その背に爆発が襲った。
吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、砂煙が舞う。
「ぐっ……!」
涼が立ち上がる。だが、左肩が焦げ、服が焼け落ちていた。
「やっぱり無理すんじゃねぇよ、お坊ちゃん。
お前が瞬間移動を使えるのは数回だけ。そろそろ足が止まるはずだ。」
「……よく調べてるな」
「当然だ。お前を殺すのは、俺だからな」
再び炎が巻き起こる。空が赤く染まり、地面が波打つ。
火柱が迸り、涼の退路を断つように道を封じていく。
悠真はその様子を見ながら、拳を握った。
(まずい……このままだと――)
彼の脳裏に、あの夜の倉庫でのやり取りがよぎる。
名乗らなかったが、あの目、あの声――やはり、涼に違いない。
「けど……まだ確信がない」
それでも、目の前で燃え盛る業火に立ち向かう姿は、
誰かを守るために戦っていた、かつての仲間の影と、重なって見えた。
火が街を呑みこもうとする中、戦いは続く。
火柱が路地を呑みこもうとし、逃げ道はない。涼の脚はもう限界を迎え、瞬間移動の予備動作すら取れない。
「終わりだ……灰になれよ、リーダーさんよ!」
火の異能者が高らかに笑いながら、両手から暴風のような炎を放つ。
炎は猛然と涼を包もうとし――
だが次の瞬間、炎の軌道が、ありえない角度で逸れた。
――左へ、大きく反れて壁を焼く。
涼の前を通った炎は、まるで風に流されたように曲がっていた。
「……は?」
火の男が目を見開いた。
「なんで……?こっちは全開で……」
その答えはすぐに現れた。
悠真が、路地の入り口に立っていた。
コートの裾が炎の熱で揺れ、その瞳はまっすぐに敵を見据えていた。
「……あんたの火、曲がりすぎてんだよ。制御、甘いんじゃないか?」
彼の足元に集まっていた微細な電力と重力の流れが、空間の“力”を捻じ曲げていた。
調律――火のベクトルを、ほんのわずかに変えるだけで、その進路は決定的に逸れる。
「てめぇ……!誰だ!」
「通りすがりの始末屋だよ」
その言葉を聞いた瞬間、涼の顔が一変した。
「……なんでお前が来るんだ……!」
汗と煤に濡れた顔に、信じられないという感情が滲む。
だが悠真は、涼を見つめながら、一言だけ問いかけた。
「……マリアを、知ってるか?」
涼の表情が止まった。
息を呑み、拳を握る。
「……今、なんて……?」
「マリア。丘の上の孤児院。火の夜、燃えた家。――あの約束」
沈黙の中で、涼は一歩、悠真の方へ歩み寄る。
「……まさか……お前……」
「よう。久しぶりだな、涼」
涼の目が見開かれ、震える声で答えた。
「……悠真、なのか……!」
その瞬間、爆風のように再び炎が襲う。
「再会とか、どうでもいいんだよ!!」
火の男が叫び、炎の嵐を巻き起こす。
だが悠真と涼は、もはや恐れなかった。
涼が一歩踏み込み、瞬間移動で敵の背後へ回る。
悠真は足元に“斥力”を放ち、地面を滑るように加速。
ふたりは炎の波をすり抜け、敵の隙を突いた。
「涼、右から!」
「任せた、悠真!」
悠真の右拳が炎の渦を裂き、調律された“圧力”で敵の膝を砕く。
同時に涼が背後から跳びかかり、肘を喉元に叩き込む。
火の男は咳き込み、抵抗するが、炎の制御は乱れていた。
悠真がとどめに、両掌で“反重力”を収束させ、周囲の火を押し流す。
炎が一斉に吸い込まれ、ただの熱風と化す。
涼が最後に拳を握り――
「……これ以上、俺の街を焼かせねぇ!」
轟音と共に、男の顔面に一撃を叩き込んだ。
その身体が崩れ、火は静かに消えていった。
戦いの終わり。
炎の匂いと共に、静寂が戻ってくる。
涼は肩で息をしながら、悠真の方を見た。
「……お前、マジで……悠真だったんだな」
「お前もな。変わったけど、やっぱり“あいつ”だったよ」
二人は、名前だけで通じ合った。
少年時代の記憶が、少しずつ戻っていく。
だが、再会の時間はまだ短い。
「話すことは……山ほどあるよな」
「……ああ。でも、今は逃げようぜ。火事が通報されてる」
「言われるまでもないっての」
二人は走り出した。
かつて交わした約束の続きを、今も胸に抱いたまま。
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