第5話 長篠城址迷宮 1

「少佐」


帰りのトラックの中、目の前に座っていた岡田中尉がこちらに無線を差し出す。


「豊川基地からです」

「ん。はい、代わりました島風少佐」


がりがりと言う音が響くと無線機の向こうで叫び声がする。


「長篠城址に迷宮発生!!急行!!急行!!」

「了解。長篠城址に急行」

「オーバー!」


運転席につながる小さな窓を叩く。

そこが開くと助手席の軍人に声をかけた。


「長篠城址に急行」

「ですが、捕えた中将はどうしますか」

「気絶させときん」

「はあ」

「はいはい行くにー」

「はーい」


まあ、飯田方面から豊川方面へは結局、長篠城址の前を通らねばならない。

まあ正確には長篠城址の入り口付近ではあるが。

ウィルミン・ティンヌルラゴ中将殿はこちらを見て、もの言いたげにしそれから顔をそらす。


「長野県には迷宮はあったか」

「松本城が迷宮に」

「ああ、そうか。ウィルミン・ティンヌルラゴ中将閣下はそこからおいでになられた」

「……」


迷宮が発生して10年。日本の置かれた世界からの評価は激変した。

自衛隊が解体されたのはそのせいだ。

迷宮からとれる物資は無限。

日本はこの国土に100以上の迷宮を抱える迷宮国家となった。

迷宮からとれる物資の中には伝説に語られるような物質も存在する。

かくいう俺のP90にもその物質を使ったパーツがある。


1gで10億円の値段がつけられる物質。それが、ヒヒイロカネ。


好きな形状に記憶できるという特質を持つ超軽量で超堅牢な鉱物。

これを求めて冒険者たちは迷宮に挑む。

1から9番まである冒険者ランク。

1が駆け出し。9が最強格。単純だ。

9ランクの冒険者は日本に10チームある。北海道から沖縄までそれぞれが在籍している。

ヒヒイロカネ目当てで始めた冒険に冒険者たちはいつしか依存するようになるのだ。

ドバドバと溢れるアドレナリンに脳が浸される感覚。

俺も、迷宮に潜ってそれを感じた。

魔物を討伐した瞬間の気持ちよさは半端じゃない。何の罪悪感もなく醜悪な魔物を討つだけの行動が楽しい。

まあ、それが出来るのはごく一部の実力のある冒険者たちだけだが。

1の冒険者はゴブリンと言う、緑の肌に犬歯が伸びた猫背で矮躯の魔物にすら手こずるのが普通。

だから、村中にある長篠城址の迷宮化はかなりの痛手だ。

荒い運転で反対車線を走り、やがて渋滞に巻き込まれた。


「……トラックはここまでだねー。ウィルミン・ティンヌルラゴ中将閣下、失礼」

「なんだ」

「ここで気絶していていただく」

「はあ……」


パチンという音と共に彼女は気絶し隣の軍人にもたれかかる。

二重にかかっている手錠を確認し、魔力制御装置も確認。異常がないことを確認後、俺は岡田中尉とクゼンヴァゴ大尉に声をかける。


「行くに」

「は!」

「我々は?」


残った中隊の小隊長が声を上げる。


「ここから歩いて長篠城址に向かいん。魔物を討伐しながらだに」

「は!」


トラックから外に出ると悲鳴と怒号が響きわたる。あとクラクションの音。


「はい。手えだしん」

「はい?」

「は!」


岡田は不思議そうに手を差し出し、クゼンヴァゴはさっと手を出す。

その手を二つ取り魔術強化し、ゆっくりと周囲のものを破壊しないように浮かび上がり、十分な高さからふよふよ浮いて長篠城址に向かう。

多脚を生かし人間も車をも貫くスコーピオン。火縄銃を持つオーク。短剣片手に襲い掛かってくる武装したゴブリン。


「A判定かにゃー」

「どうでしょう。スコーピオンは熊本城にも多数存在していますし、S判定かと」

「はあ……」


ちなみに熊本城は日本で最強クラスの迷宮。SS判定である。次に強いのが東京の都庁の迷宮SS判定。

さて長篠城址の入り口付近は血の海だった。

溜息が零れる。

襲い来るスコーピオンの尖った足を掴んでそのまま超音波で振動させ塩に変える。


「生き残りの収容」

「は!」

「は!」


二人が走って行くのを見ながら周囲の生命反応を探る。


多数。


ただ、これだけだと人間、まあ雑に言うと人権のある者かどうかが分からない。

そこでとる手法が、魔力走査。

魔物と人権者では魔力の構造が違う。これは脳にある魔力野が関係している。

一定の魔力を当てると魔力野がある者には特定の魔力が帰ってくるが、無いもの、小さいものは違う魔力が帰ってくるのだ。それを利用する。

音速で移動はできない。あれは周囲の環境を配慮できないのだ。音速で移動など、ソニックブームが起きてしまう。あたりが焦土と化してもいいならそれでもいいが、生憎今回はそうは行かない。

P90を構えて魔物のいる地点に走る。

ゴブリンに照準を合わせ射撃。脳漿が飛び散るのを見もせず次。

オークが火縄銃でこちらを射撃するが、そんな爆音のするものバリアで余裕……


「なんだん」


弾が、これ、ミスリル銀だ。魔力伝導率がいい素材のひとつ。じゃあ、あれは見せかけか。雨が降っても撃てるわけだ。

だが、弾を補充するタイミングで撃てばいい、あ、くそ!!


「小賢しいんだわ!!」


思わず叫ぶとオーガ魔術師を重点的に射撃する。

ハチの巣にすると銃士に照準を合わせ、射撃。


装填。


その隙にゴブリンが足元まで迫って来てそのまま蹴り飛ばし超音波で塩にする。


「かかってこりん」


挑発するとオーク銃士が火縄銃を構える。

そして引き金を引くが、タネが分かっているマジックほど面白くないものはない。

地球上に存在している以上、それは何であれ水分を保有している。

だから、ミスリル銀も簡単に塩に出来るわけだ。

撃ちながら走って行ってオークたちにとどめを刺すとあたりを見渡す。

巨大な蠍、スコーピオンがこちらを伺っている。

スコーピオンは外骨格が頑丈で銃は効かない。

なら、中身を掻き混ぜてやればいい。

周りを囲もうとしているスコーピオンたちに超音波を当てる。すると途端に苦しみだし、ダンスを踊った後でがくりと倒れる。

塩にした方がいいかなと思いつつも、貴重なサンプルになるしなあとも思う。


「そっちはどうだった」

「こちらは負傷者を収容するところです」

「おお、生き残りいたかん」

「……冷酷ですね」


岡田の冷たい目ににこりと笑って返す。


「生き物皆いつか死んだに」

「はあ、そうですか」


後続部隊が走ってくるのを見て俺は煙草をふかした。

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