第四章 「届かない想い」

串乃は、部活の練習を終えて女子バレー部の部室で汗を拭きながら、一人ため息をついていた。


(浩次郎、最近なんか雰囲気変わったっちゃな……)


浩次郎が美伽と同居していることを知った日、串乃は笑顔を装って「よかったね」と言ったものの、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。


「串乃、そろそろ帰るよー?」


チームメイトに声をかけられ、串乃は慌てて立ち上がる。


「うん、今行く!」


帰り道、いつも一緒に帰るはずの湯太の姿がないことに気づき、串乃は少し足を止めた。湯太は最近、浩次郎の相談相手になることが多く、串乃から見てもその距離感に嫉妬を覚えていた。


(浩次郎のことで、湯太に相談するしかない自分も情けないけど……)


そんな思いを抱えながら一人で歩いていると、背後から湯太の声が聞こえてきた。


「おい串乃、待っとけ!今日は先帰ると思っとったぞ」

「湯太……あんた、部活終わるの遅かったんやね」


湯太が横に並ぶと、串乃は少しだけ安心したような表情を見せた。


「浩次郎のこと、気になっとるんやろ?」


不意に湯太が核心を突くようなことを言う。串乃は驚きのあまり立ち止まり、湯太を見つめた。


「そ、そげんことなか!」

「嘘やろ。あんたの分かりやすさ、浩次郎以外には全員バレバレやけん」


湯太の言葉に、串乃は言葉を失った。


「……けど、浩次郎は美伽先輩と同居しとるやろ?あたしが何か言うたところで……」


串乃の声はどこか力なく響いた。湯太はその姿に、どう声をかけるべきか迷いながらも優しく続けた。


「串乃、あんたは浩次郎の幼馴染やっち。それに、浩次郎は鈍感すぎて、自分の気持ちすら分かっちょらんばい」

「そんなん分かっちょるよ!でも……怖いと。浩次郎が美伽先輩に惹かれていくんじゃなかかって思うと……」


その言葉に、湯太は一瞬黙った後、ふっと笑った。


「そげん心配せんでもよかよ。浩次郎は一途っち言うより、まだ恋愛には気付けん子やけん。焦らんで、あんたらしくしとけばええ」


湯太のその言葉に、串乃は少しだけ元気を取り戻した。


次の日、放課後のバレー部の練習中、浩次郎の動きを見ていた串乃は、思わず声をかけてしまった。


「浩次郎!あんた、レシーブもっと前に踏み込んだ方がええよ!」


浩次郎はその声に振り返り、少し照れくさそうに笑った。


「串乃、そんなに見られると緊張するっち」

「緊張しとる暇なかよ!ほら、もう一回!」


串乃の熱心な指摘に、浩次郎は改めてポジションを取り直す。その真剣な横顔を見ながら、串乃は小さくつぶやいた。


「あんたのこと、ずっと応援しちょっとよ……」


その声は浩次郎に届かなかったが、湯太はその場面を遠くから見つめ、苦笑いを浮かべていた。


(ほんとに不器用すぎるっちゃな、串乃も浩次郎も……)

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