第三章 「すれ違いと新たな気持ち」

同居生活が始まって数日。浩次郎は少しずつ美伽との生活に慣れてきたものの、同じ家で過ごすという事実がどこか不思議な感覚を残していた。


ある日の朝、いつものように早起きした浩次郎がリビングに向かうと、美伽が先に起きて台所で朝食を準備していた。


「おはよう、美伽さん。今日も早かね」

「浩次郎くんの方がいつも早かっち思っとったけど、今日はあたしの勝ちやね!」


美伽は振り返り、エプロン姿で笑顔を見せた。その様子を見た浩次郎は、一瞬言葉を失った。


(なんでこんな自然に馴染んじょっとやろ、この人……)


「なに見とっと?手伝いなさい!」

「あ、はい!」


浩次郎は急いで美伽の隣に立ち、包丁を握る。慣れない手つきで野菜を切り始めたが、指先を少し切ってしまった。


「あっ!」

「あんた、大丈夫ね?ちょっと見せて」


美伽は浩次郎の手を取り、傷口を確認する。その距離の近さに、浩次郎の心臓は高鳴った。


「こんくらい平気やっち……」

「平気じゃなかよ!ちゃんと消毒せんと」


美伽はお母さんのような表情で浩次郎を座らせ、絆創膏を貼ってくれた。その手際の良さに浩次郎は感謝しつつも、どこか居心地の悪さを感じていた。


「……ありがと」

「気にせんでよかよ。これからもあたしが世話してあげるけん!」


美伽の明るい声に、浩次郎は曖昧に頷くことしかできなかった。


放課後。バレー部の練習が終わった体育館に、浩次郎は一人残って自主練をしていた。湯太も串乃も帰宅してしまい、誰もいない静かな空間でひたすらレシーブの練習を続ける。


「やっぱ浩次郎は真面目すぎるよな」


突然聞こえた声に振り向くと、そこには湯太が立っていた。


「湯太、もう帰ったと思っちょった」

「ちょっと様子見にな。美伽先輩と同居し始めたって聞いて、気になっとったんよ」


湯太の言葉に、浩次郎は少し顔を赤らめた。


「そんなん、別に普通やっち思うけど……」

「普通じゃなかやろ!あんなかわいい先輩と一緒に暮らしよっとぞ?俺なら毎日緊張で死ぬわ!」


湯太が茶化すように笑うと、浩次郎は目を逸らしながら反論した。


「美伽さんは……先輩やっち。それに俺、部活が一番やけん、そんなん考えたことなか」

「ほんとか?けど串乃も心配しちょったぞ。あんたが美伽先輩にばっかり気を取られとるんじゃなかかって」


串乃の名前を聞いた瞬間、浩次郎は眉をひそめた。


「串乃が……?」

「あいつも素直じゃなかけど、浩次郎のこと、ずっと気にしとるんやぞ」


湯太の言葉が心に引っかかる。しかし、それがどういう意味なのか、浩次郎にはまだはっきりと理解できていなかった。


その夜、家に帰ると、美伽がソファでテレビを見ていた。鹿児島のローカルニュースで、バドミントンの特集が流れている。


「美伽さん、これ……」

「あたしのこと、ちょっとだけ取り上げられちょっとさ。恥ずかしかけど、浩次郎くんも見てみる?」


画面には、美伽がインターハイで躍動する姿が映し出されていた。その堂々たるプレーに、浩次郎は思わず見入ってしまう。


「すごかね……ほんとにすごか」

「ありがと。でも、まだまだこれからやけん!」


美伽はテレビを消し、浩次郎の方に向き直る。


「浩次郎くん。あたし、絶対にインターハイで優勝するけん。浩次郎くんも春高に向けて頑張ろうね!」


その言葉に、浩次郎の心は揺さぶられた。


「……俺も、負けられんばい!」


二人の約束が、これからの関係をどう変えていくのか。その答えはまだ遠い未来にあった。

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