第5話

 翌日。例によりキノコを携えて食堂を訪ねると、今日も勇者一行が盛り上がっていた。何でもこの街一帯の領主となるらしく、役人風の人間が彼等におもねっている。


 昨日送ったシナリオの1つが採用されたようで、ただ勇者の処遇に大きく干渉するのはここまで。後は細かい部分のみを進めていこう。


 猫耳のウェイトレスが近付いてきたところで、笑顔を浮かべて注文を依頼する。


「シチューとパン。それとサラダをお願い」


「体に気を遣ってるっすか?」


「今までは食べられれば良かったんだけどね。精神的に少し余裕が出てきたんだと思う」


「一番大事なのは健康っすからね」


 ウェイトレスはころころ笑い、勇者一行へ視線を向けた。憧憬とも羨望とも付かない眼差しで。


「向こうは今日も景気良いね」


「なんと言っても領主様っすからね。実際は代官を雇って、勇者様達は冒険を続けるらしいっす」


「俺達はその領民か。すごすぎて、理解の度合いを超えてるな」


「今まで通りの住みよい良い街にしてくれたら、それでいいっすよ」


 ウェイトレスはころころと笑い、軽快な足取りで去って行った。


 方や領主様で、方やキノコを狩る冒険者崩れ。差が付いたどころの話では無く、それでもああして話しかけてくれるのは彼女の人柄だろう。


 


 今日も勇者から食事が振る舞われ、食べきれない分を包んでもらう。


 猫耳のウェイトレスは「おまけっす」と言ってチーズを一欠片袋に入れてくれ、少し俺に顔を寄せてきた。


「お客さんって、勇者様達と同じ世界から来たっすよね」


「ああ。出身地も同じだよ」


「前も話したように僕は自分の店を持つのが夢なんすけど、これはという名物料理が欲しいっす。異世界の料理で、ここでも作れる物ってあるっすか?」


「……料理はともかく、調味料なら思いつく。彼等の力を借りれば、なんとかなると思うよ」


 紙に必要だと思う食材と道具を書き出し、彼女に渡す。足りない物もあるだろうし具体的な製法は分からないが、その辺は勇者のチート能力と俺のシナリオで補正可能だ。


「俺から聞いたって事は黙っておいて。別次元の存在過ぎて、出来れば彼等を避けたいんだ」


「でも」


「いつか作った料理を食べさせてくれれば、俺はそれでいいよ」


「お客さん、欲が無いっすね」


 猫耳のウェイトレスはにこりと笑い、俺が渡したメモ用紙を持って勇者の元へぱたぱたと駆けていった。後はもう少し様子を見守り、家に帰ってシナリオを練り直すとしよう。



 家に帰り、服を着替えて息を付く。この清潔感と広さにはまだ慣れないが、以前の部屋に戻りたい訳でも無い。あそこにあるのは思い出ではなく、苦い記憶だと思う。


 テーブルに勇者から振る舞われた焼き菓子を広げて、お茶を片手に一口つまむ。元の世界では食べた事の無い風味だが、素朴な感じでなかなか美味しい。


「いや。和んでる場合じゃない」


 勇者は地位を高め、ウェイトレスは夢へ一歩ずつ踏み出していく。お互いの関係も、少しずつ進んでいくだろう。


 もう少し内容を詰めて、同時に全体像を……。


「お邪魔してます」


 背後から不意に声が聞こえ、それに悲鳴を上げなかっただけでも褒めて欲しいくらい。振り向く前に例の女が前へ回り込んでいて、向かい側の椅子に座った。


「あなたのシナリオ、評判が良いですよ。幾つか先行して送ってもらった分は、大まかに採用。若干手直しはして頂きますが、それに沿って話は進んでいくと考えて下さい」


「ありがとう。メインは他の人に任せて、俺はサイドストーリーを書いていくつもりだ」


「シナリオには、あなた自身を登場させてもよろしいんですよ。実際大抵の人は、そうしています」


 ローブから覗く薄い口元が緩み、俺もそれに合わせて笑顔を浮かべる。多少ぎこちないのは、自分でも承知の上だ。


「結構。分はわきまえているし、今の立場で十分満足している。過ぎたるは及ばざるがごとしさ」


「分かりました。気が変わりましたら、その際はお願いします。それと今後の採用予定分も含め、現時点での報酬をお渡しします。また金銭以外にご希望の物がありましたら、ご用意出来ますが」


「あの食堂以外での、勇者一行の行動履歴全般を知りたい。本筋と俺のシナリオがあまりにもずれていたら、話として面白くない」


「すぐに映像を閲覧出来るよう手配します。プライバシーに関する部分を除いて」


 俺などでは及びも付かぬ力で、とにかくこの女の前では頭を低くしてやり過ごすしかない。


「他にはなにかございますか?」


「最近は良いキノコが手に入るようになった。出来ればそれを、良い保存状態で持って帰りたい。ゲームとかであるような、便利なアイテムボックスがあると助かる」


「勇者達が持っている物と、同等の物をお渡しします。外見は、あなたが普段持っているゴミ袋と同等ですが」


「助かるよ」


 俺がいきなり高価な物を持っていたら、盗んだとも思われかねない。いや。まだそれなら良いが、場合によっては強盗に襲われる可能性だってある。


 それを考えれば、この程度の発言はむしろ歓迎したいくらいだ。


 とはいえこれで俺も冒険者っぽい事が出来そう。例え中に入れるのがキノコだとしても、それだけで異世界に来た意義はあったと思いたい。あまりにもささやかで他力本願過ぎて、虚しく思えなくも無いが。


「ちなみに俺が元の世界に戻るには、どのくらい貢献すれば良い?」


「過ぎたるは及ばざるがごとし、ではないのですか」


 女はもう一度口元を緩め、席を立つと音も無く扉を開けて出ていった。


 結局全てはあの女の手の内という訳か。



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