異常なエピソードトーク
鬱ノ
異常なエピソードトーク
学生時代の話だ。
ある夜、親友のヨシダの部屋でバラエティ番組を見ていると、突然ヨシダが「消せ」と低い声で言った。その言葉に緊迫感を覚え、僕はテレビを消して「どうした?」と尋ねた。
「今喋ってた人、ヤバい」
彼は、いわゆる「見える人」だった。テレビ越しでも、霊的な何かを感じ取ることができるという。彼によると、画面に映っていたお笑い芸人Aの後ろに、30代くらいの女性の霊が憑いていて、Aに強烈な怨みの念を向けているらしい。「女性関係派手そうだしな」と言うと彼は、「全然違う、そんなレベルじゃない」と即座に否定した。これ以上、この話を続けるのが嫌そうだったので、僕は話題を切り替えた。
それから数日後、電車に乗っている時、ふと子供の頃の古い記憶が蘇った。
小学生だった僕は、その夜一人で留守番をしていた。居間のコタツにもぐり込み、ウトウトしながら、つけっぱなしのテレビから流れるエピソードトークをぼんやりと聞いていた。話していたのは、若手の頃のお笑い芸人Aだ。
「大学ん時の話やけど、キャンプから返ってくる途中でな。バスに間に合わんくなりそうで全力疾走しとってん。俺のバックパック、キャンプ用の手斧を斧頭を下にしてくくりつけとったんやけど、ちゃんと固定できてへんくて、走りながらブンブン振り子みたいに揺れとってん。ほんでバス停着いた瞬間、ベンチに座っとった女の人のショッピングカートに、手斧がぶつかってもうて、スイマセン言うてそのままバスに飛び乗ったんや。
ラッキーなことに、その女の人寝とったみたいで気づいてへんくて、ほんで座席に座って手斧確認したら、斧頭の刃がない側…ハンマー部分? 血ぃみたいなもんついとってん。ギョッとして、発車したバスの窓から遠なってくバス停見たら、ショッピングカートや思うてたのが、全然ちゃうもんやってん。
…それ、ベビーカーやったわ。はははは。
赤ちゃん、殺してもうたかもしれへん。時効やけどな」
「時効ちゃうわ!」と相方にツッコまれ、Aはゲラゲラと笑っていた。画面は見ていないが、スタジオも大爆笑だった。僕はその状況が怖くて、ウトウトしながら、ただの夢だと自分に言い聞かせ、眠りについた。
実際僕の記憶の中で、その出来事は夢として処理され、すっかり忘れ去られていたのだ。
電車に揺られながら、スマホでAの名前と「バス停」「斧」「赤ちゃん」等、色々なパターンで検索してみた。当時はネットが今ほど普及していなかったとはいえ、テレビで披露されたインパクトのあるエピソードだ。事実なら、覚えている誰かが、どこかで言及しているはず。結果、一件も出てこなかった。やはり夢だったのだろうか。
ヨシダは大学卒業後、地元へ戻って就職し、会う機会はなくなった。
テレビにAが映る度、彼が言っていた「30代くらいの女性の霊」のことを思い出してしまう。そして、もしかしたら霊が、エピソードトークで語られた赤ちゃんの母親かもしれないと思うと、それ以上考えたくなくなるのだ。
(了)
異常なエピソードトーク 鬱ノ @utsuno_kaidan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます