第3話 ミツライムのエージェントたち
僕は勇者だ。ミツライムに行って生き別れたモーセの兄弟たちのことを探す。それはたぶん勇者にしかできないことだと思う。
「ファラオによって壮大なピラミッドを作る計画が進んでいるようです。伐採された木材はワニの海で運搬され、ミツライムに運ばれていきます。その道を辿れば、首都ラムセスまでは迷うこともないでしょう」
そんな風にモーセは、僕たちに道を教えてくれた。
迷う道はない。
それこそ道は遙かミツライムの首都まで延々と続くだけだった。
ミツライムはナイル川の下流に広がる国。太古よりナイルの流れによって肥沃な大地が形成されてきたが、ナイルの流れはは時に家屋をすべて押し流すほどに凶暴になる。知恵をつけてナイルの流れを制した民族が全ての富を手に入れる。そんな単純な歴史がその国を時代最強の軍事大国へとのし上がらせていた。
この時はファラオであるラムセス二世が統治する時代。
首都は王の名から、ラムセスと呼ばれていた。
僕たちは、危険な街道をしばらく歩いた。旅人が惨殺されて荷物を奪われている現場も見た。何度か襲われたけれど、そこはナギやシェズがいる。ナギが剣を取れば、大抵の敵は逃げていった。
そうしてついに——。
「ギリシャやキリーズからの海路があって、首都のラムセスには凄い大きな港があるんだ。商人たちの船がひっきりなしだって言ってたよ」
僕が知る、それがミツライムの首都。
「まだ見えぬり?」
なんてリッリは背伸びするが、
「きっともうすぐだよ」
僕たちはそんな風にいえる場所までは来た。
白塗りの壁が見えたと思ったら、賑わう宿場街だ。
「一気に人が増えた。ミツライムの匂いのする街」
ここにきて僕は上機嫌だった。やっとそれらしくなってきた。
付け加えるなら、
「異国を旅するのは楽しいよ。初めて見る景色は新鮮だし、漂ってくる果物の匂いは好奇心を刺激するし、すれ違う女の子も魅力的だし」
そんな風に歌っておきたい。
「ミツライムって戦争していた国じゃないか?」
そんな意見もあるだろう。
「戦争しているところと、ここは別だよ。カデシュの戦いだって、それはずっと昔の話だよ。今のミツライムは貿易も盛んで、世界中から財宝やおいしい食べ物が集まるんだ。イザリースになかったものだっていっぱいあるよ」
僕は、「ね?」と旅好きな賢者のほうを振り返る。旅をしてきた者同士でわかり合えると期待した。
その旅好きな賢者リッリはというと、
「リッリは?」
僕は立ち止まって振り返った。彼女の姿がいつの間にか見えない。
「あそこだ」
ナギが指差したのは道沿いにあった白い壁の家。その壁の前で立ち止まっている赤ローブのエルフがひとり。壁を触ったりしているのは、興味津々と言った様子だった。
賢者は家屋の匂いを嗅いでみる。次に調べたいのは、中の様子だろうか。壁の装飾にどんな意味があるのかを知りたいらしい。
「入ってみやり……」
賢者は決断し、足を踏み入れた。だがその足が実際に地面を踏むことはなかった。
だって、
「待って」
と、僕が急いで赤ずきんを持ち上げたから。
これ以上勝手にされていいものか。
「むきゅう」
と、賢者は口をすぼめる。これでは賢者も形無しと言ったところ。
「ここはイザリースやエルフの里じゃないから、いっぱい違うところがあるんだから。リッリもナギもシェズもよく聞いて。勝手に他人の家に入らないこと。落ちているものは拾わないこと」
僕はリッリの前で、腕を組んで仁王立ち。「場合によってはちょっとしたことで殺し合いになったりするんだから、外国には外国のルールがあるんです」と言ってみる。
さらにここからは小声で、
「ほら、さっきから僕たちミツライムの軍人みたいなのに囲まれている。リッリが勝手なことするからだよ。ひょっとして強盗と勘違いされているかも」
という状況を教えておいた。
そのミツライムの軍人とは、盾と槍で武装した男たち。首回りと腰を布で覆うスタイルはイザリースのような寒い地域では見られない恰好で、露出した褐色の肌と足はむしろ武器であるかのように鍛えられていた。
中でも僕が注目するのは、その集団を率いる三人の黒服だ。
兜も盾も持たず、黒いコートを羽織る三人。
「お前たちは旅人か? この道を向こうから来たのか」
部隊を仕切る男は、無精髭を生やした猫背の戦士。はだけたコートから見える上半身の筋肉は周囲の兵士たちより硬く引き締まっていた。
こんな男に盗賊を取り押さえに来たと凄まれたら、僕は必死に言い訳を考えてしまう。
「すいません。僕たちは食堂や宿を探しているんです。怪しい者ではありません。陸路でここまで旅をしてきました」
これをミツライム語で丁寧に話す。
ここで僕が気を取られたのは、もう一人の黒服だ。恰幅の良い男で、頭にバンダナを巻いていた。軍隊を指揮するわけではないが、会話に割り込むと自分が上司だといわんばかりの態度があった。
「こないだもいたんだ。殺人鬼を退治しに行ってやると息巻いて、被害者の死体から金品を剥いでいただけの奴らがな。何処の国の連中だったか」
と彼らが僕たちを睨みつける目は怖い。
こうなると、三人目の黒服の様子も確認しておきたい。
三人目の黒服。こっちは僕たちより年下の女子に見えた。大人相手に会話するのが嫌なのか距離を置いたところで、身体の向きを誰とも合わせない。長い髪を左右で束ねて、コートの下には短い剣、黒い短パン姿だ。
その三人の中で誰を警戒するべきかと問われると、僕は無精髭の男だと思う。
腹が出たほうの貴族風の男は、槍を持っていて技術はあるのかもしれないが、身体がたるみすぎている。
女子は戦士たちに囲まれると華奢に見えた。愛想を振りまくような素振りはないけれど、立つ姿勢は綺麗だし日焼けした顔も整っているわけだけど。
「ヘルメス?」
「何?」
咄嗟に僕は顔をあげていた。黒服に尋問される中、女子に見取れていたなんて言えない空気。
「さっきから、そこの奴が話しかけてくるんだけど。ヘルメス、返事してやれよ」
とは、シェズの催促だった。
そこで僕は思い出すことになる。
僕たちの疑いはまだ晴れてはいない。
「よく生きてここに辿り着けたな。殺人鬼が出るはずだが、どうやってここまで来られた? 蛇みたいな奴がいただろう? そいつにはこっちの兵士も六人は殺されている。まさかお前らが仲間だとか言わないよなぁ?」
それは、いわゆる聞き込みだった。無精髭の男は冗談交じりに鼻で笑っていたと思う。
「殺人鬼? 蛇みたいなの?」
思い返せば、道中で盗賊を追い払った記憶がある。もちろん僕ひとりなら、とっくに殺されていたかもしれない。追い払ったのは僕の頼れる護衛、ナギとシェズなわけだけど——。
「向こう側では話題になっていないか? この先で何人もの旅人や冒険者が襲われているって話だ。まあ、奴らの目的は子供のほうだろうがな。だから我々が派遣されている」
「あ、殺されている人を見ました。それってもしかして?」
「あいつらの仕業だ。それで、どうやってあいつらから逃げて来た? 奴らの要求に応じて子供を差し出したなんて言い訳はやめてくれよ?」
「ちょっと待ってください。子供って?」
「お前ら本当に外国から来たって顔をしてやがるな。生き残ったのは四人というところか?」
「四人。元から四人ですけど」
「被害者ゼロってことか?」
「何かおかしいです?」
「そんな派手な格好をしていて、襲われないなんてことがあるのか?」
「あ、少人数だったのが良かったんだと思います。殺人鬼さんがいなかったというか。トイレにでも行っていたんだと思います。丁度タイミングよく、通り抜けることができたみたいな? お役人様の話を聞いていたら、僕怖くなってきちゃいました。もう少しで僕たちも死ぬところでしたよね?」
「無茶をやりやがる」
悪態をつく無精髭の男。
僕はこの時、僕達が追い払いましたとは言えなかった。なぜなら、僕もナギもシェズもヒルデダイト帝国ではお尋ね者。ザッハダエルで活躍したと言えば拍手喝采ものだろうが、それは裏を返せば魔王軍残党から「覚えていろよ」と恨み節をぶつけられるところ。小心者の僕からすればここで目立つわけにはいかない。
「僕たちは商人なんです」
そんな設定でこの状況を切り抜けられるだろうか。「街道の向こう側では、なんて言うか、ミツライムがいい国だってことくらいしか聞いてこなかったんです。今だと商売繁盛だって。でも、なんかとんでもない事件が起こってます?」
「事件のことも知らないのか。まああっちからすれば外国のことだもんな」
「まあ、そんな感じなんです。それで事件って?」
「ミツライム全土で子供が攫われる事態になっている。こっちからすれば大事件なんだがな。犯人を追う俺たち、エージェントたちが何人も殺されている。普通はそいつらに出会ったら生きて帰れないもんだぞ。お前らも逃げるべきだったんだよ。運よくここまで来られたのはいいが、帰れる保証はないぞ」
「いやこの商人どもに運があったわけではあるまい」
と恰幅の良い男はまた別の意見をくれる。「我々が来たことに勘付いたからこそ、敵が逃げたと見るべきではないか」
「相手が逃げたんですか?」
そういう解釈もあるだろう。
「逃げたのだろう。今から我々が現場に向かっても、もう遅いというわけだ。逃げ足の早い奴らめ」
恰幅の良い黒服は鼻で笑い始めたので、そういうことにしておきたい。
だが疑いの目はまだ僕たちにあった。
ふいに無精髭の男が動いた。
「もう一つ聞きたいことがあったが、いいか?」
彼らは僕たちのことを観察していた。「その剣、ちょっと見せてくれないか?」
無精髭の男はシェズの持っている剣を指差していた。
刀身が見えないように布で覆っている剣だ。なぜそんなことをするのかと言えば、僕たちの持っている剣が鉄で出来ているからだ。勇者といえば、鉄の剣。でもこの時代は鉄器時代へと変化するその瞬間。鉄の剣なんて銅の一〇〇倍、金の一〇倍で取引される代物だった。僕たちがそんなものを持っていたのは、まさに勇者だからなわけで。
普通は鉄の剣なんて見せて歩けば、盗賊がわんさか寄ってくるだろう。これが銅剣であれば、布を被せるのがおかしい話になる。咄嗟に野犬が出てきたから剣で追い払う、なんて使い方ができない銅剣を誰が持ち歩くのか。
「どうする?」
とシェズは赤頭巾の賢者に確認するが、
「ここはもう仕方なきや」という状況だった。
鉄の剣など庶民が持てる時代ではない。
「お前ら誰だ? 何をしにミツライムに来た」
そんな目が僕たちに向けられる。
こうなると出てくるのがエルフの知恵。リッリは言った。
「ワレは各地を旅し古代の遺跡を研究する学者なり」だ。
「それで? 鉄の剣を持っている理由だが」
言われると、僕がフォローしなくて誰がするのだろうか。
「あの、僕たち、商人なんです。ヒルデダイトのほうから鉄の剣を仕入れて売ろうと思っていたんです。市場調査って奴で、今回は司祭の人と学者の人もなんか一緒になっちゃって」
「ああ、確かにヒルデダイトはイザリースと組んでから羽振りがいいって聞くな」
「うみゅ、これからピラミッドというものを見てみやりや」
ふふんと赤頭巾は背中を仰け反らせていた。完璧な言い訳だと言いたいのだろう。
だが、
「ピラミッドは、ファラオの墓だ。商売人というが、実際には墓荒らしか?」
無精髭の男は当然の推測をした。
「ぶえ?」
リッリは頭をぶるんぶるんと振る。「ワレは研究したりや。これまでシュメールを研究してきやり。次に気になるはシュメールとミツライムの歴史的な繋がりん。歴史がわかれば新たな発見がありんや」だ。
「何を言ってるのわからないな。いや判るような気がするが、俺には興味のないことだ」
無精髭の男はいつしかリッリの背丈にあわせてしゃがみこんでいた。
しゃがむと言っても足を開いて腰を落とした姿はならず者たちと変わらない姿勢。そこに「はぁぁ」とため息が出れば、そこら辺にいるおじさんと何が違うだろうか。男の素性がここに出た。
無精髭の男は愚痴を吐露する。
「今さら現場に行ったところで手がかりが残っているとも思えないし、ここに居ても他に情報なしか。俺は今日何を報告すればいいんだ。また事件がありましたって報告して終わりか。俺はいつまでこんなことを続けなきゃいけないんだ?」
それを旅人に言うほどだからよっぽどのことだ。
さっきまでは学者魂を一方的に語ってきたリッリだが、こうなると相手の話も聞いてみようかという顔があった。お互いに言いたいことを言って、聞いてあげるのがマナー。
「それらは警備兵じゃないなりや? 警備にうんざりする警備兵というのもめずらしかり」
「俺たちは、エージェントだ」
男は言う。「この辺で最近子供の失踪だとかが相次いでいるってんで、この事件を専門に調べているってわけさ。面倒くさいことに、俺たちで犯人を捕まえなきゃならんらしい」
そこで、僕にもわかることがあった。
「黒いコートを着ている人がエージェントです? そのコートって珍しいですよね?」
「外国から仕入れた特注品だ。誰も着ないので、俺たちの制服みたいになっちまったがな」
男はエージェントらしからぬ態度で話す。他の二人は恰幅のいい貴族と女子。
本当にエージェントかと思っていると、恰幅の良い黒服男が割り込んできた。同じエージェントとして志しが違うというのは腹が立つものらしい。
「おい、エージェントならもっともらしくしたらどうだ? それがファラオから任命された誇り高きエージェントの姿か?」
「俺はこういうのになりたくて、やってるわけじゃない。おたくら正規のエージェントが犯人に殺されてまくってるからだろうが」
それが無精髭の男の言い分だった。
「まだ殺されたと決まったわけではない。そのような態度が失敗に結びつくのだ」
「失敗もなにも、将軍様もやるきはないだろうよ。何しろここに居るのが俺だぜ?」
「ジャガール、貴様は——」
その名が無精髭の男の名前だった。
返す言葉で、
「なあ、サーム」
ジャガールがそう言い返せば、恰幅の良い男の名前も明らかになる。
そのサームに言いたいことがジャガールにはあった。
「犯人を殺さなきゃいけないというのに、逆に俺たちのほうが何人も殺されているんだ。だったら強い奴を選抜すればいいのによ。俺だぜ? 俺とお前、それにあんな小娘だ。こんな状態じゃあ、死ねって言われているようなもんだろう」
「ファラオ、いやウバル将軍様は、お前の剣の腕前を買われている」
サームはちらっと少女を見たが、彼女については何も言わなかった。もはや戦力としては期待しない。逃げるときに囮にでもなってくれればいいという目つき。
少女のほうは、離れた場所で常に言葉もなくため息ばかり。最初からやる気など感じられなかった。
こんな状況にめんどくさがりなジャガールのため息は深い。
「相手は殺人集団だ。調べられることを不愉快に思っている。俺たちが捜査ををすればするほど、俺たちは目を付けられる。つまり、俺たちは仕事をすることで自分で、ここに馬鹿がいます、殺してくださいって言ってるようなもんだ。これを殺されるまで続けなきゃいけない。こんなのがやっていられるか?」
これがエージェントと呼ばれる彼らの現状だった。
「あのぉ」
僕が次の質問したのは、三人が険悪な雰囲気になりそうなその瞬間。そうなる前に聞けることは聞いておきたい。
「それって子供が攫われている事件のことですよね。子供が攫われるだけじゃなくて、ミツライムの兵士たちもそんなに殺されているんですか?」
「さっきからずっとそう言っている」と前置きして、結局ジャガールは説明してくれる。
「ここ半年くらいか、子供が攫われているんだ。こないだも二〇〇人くらいはいなくなったよな。もう三千人は超えたんじゃないか? 大問題になっていて、ファラオが事件解決にむけて俺たちのようなエージェントを組織したんだ」
「それは大変なことじゃないですか」
「まあ、大変っちゃ大変だが、居なくなったのは奴隷の子供ばかりだって話だ」
そこでジャガールは大あくびだ。「それよりもエージェントだ」と彼は言う。
「エージェント?」
「事件に首を突っ込んだエージェントが殺されている。そのエージェントが俺たちなわけで、なんで俺が奴隷のために死ななきゃいけないんだってことさ」
ジャガールが見つめる先、
サームにも同意する仕草があった。
「まあそう言うな、将軍様はこの事件で奴隷が暴徒と化すのを心配されているのだ。探しているという形だけでも見せておけば、奴隷どもは俺たちに感謝する。俺たちは、この事件に深入りしなければ殺されることはない」
「形が必要なんだろ。俺じゃなくてもいいはずだ」
「つべこべ言わず、エージェントとして背筋だけでものばせと言っているんだ」
そんな会話に、
僕はうんうんと頷く。
「結構、エージェントって難しい仕事なんですね」
彼らが事件現場に急行しないのも、離れた街で聞き込みだけを適当にしてミツライムに引き上げるのにも理由があったわけだ。それはきっとミツライムのファラオには聞かれてはならないことだろう。ならばここでその愚痴を聞かせた旅人のこともファラオに伝わることはないだろう。
僕たちの存在も、彼らの愚痴と同じ場所にある。
そう思えばこそ、
僕はさらに質問してみることにした。
「あのぉ、聞いてみたいことがあったんですけど?」
「なんだ?」
「ミツマって人たちが住んでいるところ、知ってます? ミツライムに居るって、噂で聞いて、ちょっと気になったので」
知りたいことは、現地の人に聞くのが手っ取り早い。それが少しおかしな質問であってもジャガールは今日のことは水に流すだろう。
ミツマとはモーセの一族の呼称。これが僕の持っている手がかりだった。
これを聞いて、
「うん?」
ジャガールは顔を歪めた。
「僕、なんかおかしいこと言いました?」
「いやそんなわけじゃないが、ミツマってのは、あれだ。奴隷なんかに何の用だ?」
ジャガールは悪びれた様子もなくその名前を口にする。
「奴隷?」
「ヒルデダイトには奴隷はいないのか? そんなに珍しいかね」
「いえ、そういうのじゃなくて」
「じゃなくて?」
ジャガールは、時々戦士の目をする。この時もそうだった。
「そう、奴隷。奴隷がどんなものか見てみたくて。僕は商売人だから、奴隷なんかも取り扱ってみたくて。儲かりますよね?」
僕は咄嗟にジャガールにあわせて笑ってみた。
「俺の尻の穴を拭いてくれるような連中だぞ」
「素敵です。奴隷ってすごい。僕のおしりも拭いてほしいくらいです」
「あんたは変わった奴だな。そんなのに期待して旅をしてくる奴なんて初めて見た」
「えへへ、何しろ商人なんで」
僕は言いながら、嬉しそうに笑っておく。傍目からは馬鹿な旅人と思われたかも知れない。それでいい。
この調子ならすぐにでもモーセとの約束が果たせるだろう。それは僕には嬉しい話で、しかし——。
これは決して奴隷を見て笑いたいという話ではない。
だったはずだが、
振り返ったとき、僕は咄嗟に目をそらした。
「ふぅぅ」
と呼吸を整えた殺気。
僕はそこに見てはいけないものを見た気がする。
黒いコート越しの冷たい目で、さっきまで離れていたところにいた黒服の女子が僕の顔を覗き込んでいた。少女の束ねた髪の、その二本の尾が猫の逆立てた尾のように広がる気配があった。
「いつか、ぶっ殺す」
少女の唇がそんなふうに震えたと思った。
まずい。
「ただの好奇心です」と僕は言い訳しておく。
これはナギが慌てて走ってくるほどに緊迫していて、僕にとっては少女との邂逅は死ぬ寸前の走馬灯のような景色になった。
エージェントの少女は、しばらく僕を睨んでから、
「ふん」
と突き放すように鼻をならして歩いて行ってしまった。何が彼女の気に障ったのかはわからない。その間、僕の心臓はバクバクと鳴り響いた。
あとに、ナギが言う。「さっそく魅力的な女の子との出会いがあって良かったな」という一幕だった。
そう、ここは異国の街並みが広がり様々な甘い果物が集まる出会いの都。ミツライム。
僕が出会ったのは、不思議なエージェントたちだった。
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