お遊戯会

「ごめんて。そんなに怒らないでよ」

僕は後部座席に座る中島巡査部長を振り返った。中島は車窓から目を離し、頰を膨らませたまま僕を見た。

「三沢主任に怒ってるわけじゃないですよ。あいつらに会いたくないだけ」

僕らは今、自衛官を人質に取って憲法改正を要求してきた犯人たちと交渉するため、潜伏先であるホテル・アリューシャンに向かっていた。中島はよくこのホテルを溜まり場にしている不良少年たちをシバキに行っていたから、中の構造をよく知っているはずだ。

「パンケーキ奢るからさ」

「え、いいんですか?やったあ」

中島が目を輝かせる。

「いいな」

ハンドルを握る鹿田巡査部長がぼそっと呟く。

「じゃあ、この作戦が無事成功したら、みんなでパンケーキ食べに行こう」

ニュースサイトを見ると、既に今回の事件に関する記事がいくつか載っていた。有名な軍事専門家がSNSに『今すぐ憲法を改正してみんなで全裸に!』と投稿して炎上している。

警察や自衛隊に批判的な書き込みも散見された。市議会議員の島並しまなみアンドリューが『訓練中に迷子になる奴助ける必要ありゅ?』と投稿し、1万を超えるいいねを集めている。ニュースを見て全てを知った気になっているが、誰一人として、犯人との交渉役が『パンケーキ食べ隊』を自称していることも知らない。僕は唇を噛んで笑いを堪え、携帯電話をポケットにしまった。

「行くぞ」

僕は言い、ホテルの門扉を拳でたたく。

「警察です」

返事はない。もう一度門扉をたたくと、2階のバルコニーに男が出てきた。

「おるんかい」

僕は唇の端から息を吐く。男はバルコニーに仁王立ちして僕らを見下ろしていた。

「おまえら、聞け。静かにせい。静かにせい」

「お久しぶりですね、小野さん」

男の胸毛を眺めながら、僕は改めて軽トラを運転していた不審者は小野だと確信する。

「何しに来た」

「一緒に遊ぼうって約束してたので」

「ちょっと待って今開けるから」

小野の姿が消え、しばらくして門扉が開いた。小野と、もう一人見覚えのある男が立っている。メッセージを送ってきたのは彼で間違いないだろう。

「三沢っち!お久しブリーフ!」

「二度と悪いことはしないって言ってたじゃないですか」

「そんなコト言った?何時何分何十秒?地球が何回回ったとき?」

彼らの背後に、わらわらと中年のおっさんたちが集まってくる。

「にらめっこで自分が勝ったら、青島さんを解放してくださいね」

僕が言うと、彼は中島の全身を舐めまわすように見ながらデュフッと笑い声を漏らした。

「せっかくだからみんなでできる遊びがいいナ」

「みんなで?」

「ドロケイとか」

「いいですよ」

「じゃあ、お巡りさんたちが泥棒ネ!」

「了解」

「30秒数えるよん」

僕は中島と鹿田に視線を送り、駆け出す。警察官たるもの、ドロケイで負けるわけにはいかない。

見せましょう、着衣若年男性の底力を。

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