深夜のファーストフード店
雨がしとしと降る深夜2時。タクシー代をケチった大学生の藤井祐介は、自宅まで徒歩で帰る途中に、ぽつんと営業しているファーストフード店を見つけた。明かりが煌々と灯り、看板には「24時間営業」と書かれている。
「ちょっと休憩してから帰るか……」
そう呟きながら、祐介は自動ドアをくぐった。だが、その時、彼は気づかなかった。この店の異様さに。
店内に入ると、雨音が遠ざかり、妙な静けさが広がっていた。通常のファーストフード店なら聞こえるはずの揚げ物の音やレジの音が全くしない。店内には、無表情な店員が一人、カウンターの中に立っているだけだった。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
店員の声は感情がまるでなく、まるで機械が喋っているかのようだった。祐介は少し戸惑いながらも、ハンバーガーとコーヒーを注文した。
「こちらでお召し上がりですか?」
「はい。」
店員は動作のぎこちなさが目立つ手つきでオーダーを打ち込み、祐介にトレーを差し出した。その時、店員の指が少し不自然に曲がっていることに気づき、彼は一瞬ゾッとした。
トレーを持って奥の席に座った祐介は、店内を見渡した。店内には、祐介のほかに3人の客が座っていた。それぞれが一人でテーブルについているが、奇妙なことに誰も食べ物に手を付けていない。
最初の客はスーツ姿の中年男性。じっとカウンターの方を見つめたまま微動だにしない。次の客は若い女性で、スマホを握りしめているが画面を見ている様子はない。そして最後の客は、フードを被った若い男。彼は背中を丸めて祐介に背を向けていた。
祐介は気まずさを紛らわすためにスマホを取り出し、SNSを開いた。しかし、なぜか画面が全く読み込まれない。電波が途切れているようだった。代わりに、どこからともなく微かなざわめきが聞こえてきた。
「……聞こえる……?」
「……逃げ……ろ……」
祐介はその声に気づき、思わず辺りを見回したが、誰も動いていない。声はどこから聞こえてくるのか分からず、不安だけが増していった。
ハンバーガーを一口かじった瞬間、祐介は異様な味に顔をしかめた。肉がゴムのように硬く、パンは妙に湿っている。それでも空腹に負けて何口か食べ進めたが、次第に口の中に鉄のような味が広がっていった。
「何だこれ……」
コーヒーで流し込もうとカップを手に取った時、中身を見た祐介は凍りついた。黒い液体の中に、何か白い塊が浮かんでいる。それは小さな骨のように見えた。
恐怖心が一気に膨れ上がり、祐介はトレーを持って立ち上がった。その瞬間、背後で「ガタン!」と大きな音が響いた。振り返ると、フードを被った男が立ち上がり、こちらをじっと見つめている。顔はフードに隠れて見えないが、彼の首が不自然な角度で傾いているのがわかった。
「お客様、どうかされましたか?」
無表情な店員が、カウンター越しに問いかけてきた。その声はどこか遠くから聞こえてくるようで、祐介の耳に直接響いていた。
「いや、何でもないです……もう帰ります。」
祐介はそう言って出口へ向かおうとした。しかし、自動ドアが開かない。何度手をかざしても反応せず、まるで店内に閉じ込められているかのようだった。
再び振り返ると、他の客たちが全員こちらを見ていた。スーツの中年男性は目を見開き、歯を剥き出しにして笑っている。スマホを持った若い女性は口を開けたまま血のような液体を垂らしていた。そしてフードの男は、ゆっくりとフードを脱いだ。
その顔には、目も鼻も口もなかった。ただ真っ白な平面が広がっているだけだった。
「ここから出るには、席に戻るしかないよ。」
フードの男が口のない顔でそう呟いた瞬間、祐介は足がすくみ、その場に座り込んだ。気づけば、彼のハンバーガーとコーヒーは元通りの状態でテーブルに置かれていた。
「食べて。全部、食べて。」
店員が不気味に笑いながら、祐介に近づいてきた。その笑顔は、人間らしい感情が全く感じられないものだった。
祐介は叫び声を上げて出口へ突進した。全力でドアを叩き、蹴り続けた。そして、何かが壊れる音とともに、突然ドアが開いた。
雨の降る路上に飛び出した祐介が振り返ると、そこにはもうファーストフード店はなかった。ただの空き地が広がっており、雑草が風に揺れている。
「あれは……何だったんだ……?」
祐介は震える足でその場を後にした。しかし、彼の体に染み付いたハンバーガーの臭いだけは、何日たっても消えなかったという。
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