深夜のコンビニ
住宅街の片隅にある小さなコンビニは、深夜になると独特の静けさに包まれる。田中健二は大学生で、授業の合間にこのコンビニでバイトをしていた。その夜もいつものように深夜2時からのシフトに入っていた。
「今日も暇だな……」
彼はレジに座り、スマホをいじりながら時間を潰していた。深夜帯は酔っ払いが立ち寄るくらいで、特にこれといった出来事は起きない。時々カップ麺やスナック菓子を補充するだけで、退屈な時間が過ぎていく。
しかし、その夜はどこか違っていた。
午前2時15分。自動ドアが「ピンポーン」と音を立てて開いた。
健二は反射的に「いらっしゃいませ」と声を掛けたが、誰も入ってこない。数秒間、ドアは開いたままで、その後「シュウ」という音とともに閉まった。
「風でセンサーが反応したのか?」
そう自分に言い聞かせ、再びスマホに目を落とした。しかし、その直後、商品の陳列棚の奥から何かが動く音が聞こえた。「カサカサ」と小さな物音。健二は棚の間を覗き込んだが、そこには何もない。
冷や汗が背中を伝う。「気のせいだよな……」そう呟きながらレジに戻ろうとした時、店内のBGMが突然止まった。代わりに、低いノイズのような音が流れ始めた。
「……壊れたのか?」
健二が確認しようとしたその時、背後から誰かの視線を感じた。振り返ると、いつの間にか一人の女性が立っていた。長い黒髪に白いワンピースを着たその姿は、夜のコンビニには場違いだった。足元は裸足で、肌は異様に青白い。
「いらっしゃいませ……」
健二が恐る恐る声を掛けたが、女性は何も言わない。ただじっと彼を見つめている――いや、正確には顔がぼやけていて表情が分からない。まるで霧の中にいるように輪郭が歪んでいた。
「な、何かお探しですか?」
声を絞り出すように言った瞬間、女性が口を開いた。
「冷凍庫、開けて……」
健二は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。「冷凍庫ですか?」と聞き返すと、女性は無言で店の奥を指差した。その指先は震えており、冷気がそこから漂っているかのようだった。
指差された先には、従業員専用の冷凍庫があった。売り場に置かれた冷凍ケースではなく、バックヤードにある大きな業務用の冷凍庫だ。健二は不安を抱えながらも冷凍庫の方へ向かった。
バックヤードの冷凍庫は古い型で、時折異音を立てることがあった。健二は鍵を外し、冷凍庫の扉を開けた。途端に冷たい霧が床に広がり、中は真っ暗で何も見えない。
「何もないじゃないか……」
彼がそう呟いた瞬間、冷凍庫の奥から「カタッ」と物音がした。恐る恐る中を覗き込むと、霧の中に何かがいる影が見えた。それは小さく丸まった人影のようだった。
「誰だ!」
思わず声を上げるが、その瞬間、背後から先ほどの女性の声が耳元で囁いた。
「見つけた……」
振り返ると、女性が彼のすぐ後ろに立っていた。その顔は、目が真っ赤に光り、歪んだ笑みを浮かべていた。健二が逃げようとした瞬間、女性が冷凍庫の扉を勢いよく開け放ち、彼を中に押し込んだ。
翌朝、店長の中村が出勤すると、コンビニは不自然な静けさに包まれていた。バックヤードに行くと、冷凍庫の扉が半開きになっており、中から冷たい霧が漏れている。そこには健二の姿がなかった。
店内にある防犯カメラの映像を確認した中村は、背筋が凍る思いをした。映像には、深夜2時過ぎに健二がレジを離れ、冷凍庫を開ける様子が映っていた。その直後、彼の背後に白い影が立つ。そして、その映像は突然ノイズに覆われ、健二の姿が消えた。
それ以降、そのコンビニでは奇妙な現象が絶えない。深夜になると冷凍庫の前で誰もいないのに「ピンポーン」と自動ドアが開く音がし、冷凍庫の周りからは低い声で囁くような音が聞こえるという。
そして、今でも冷凍庫の中から「助けて……」という声が響くことがあるという。
深夜のコンビニは便利な場所かもしれない。しかし、そこには思わぬ恐怖が潜んでいるかもしれない――あなたが気づかないうちに。
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