2 アテにならん

 女の子と同じ部屋に2人というシチュエーションは初めてである。いや自分は霊魂だけの守護霊なのだが。

 八乙女さんはため息をひとつつき、タンスを開けた。かわいい下着が続々でてきて自分は失神しそうになった。

 自分は過干渉気味の家庭で育ったので、お色気にも耐性がない。中学までは読む本を検閲されていたので、ほとんど児童文庫ばかり読んでいた。クラスメイトに笑われるのが恥ずかしかったが、親に叱られるよりはマシだった。

 なので、高校生になって検閲がなくなっても、ライトノベルはかわいい女の子が表紙のやつより、勇者! 宿敵! 熱血バトル! みたいなやつを選んでいた。そういうのを選んでたまぁに女騎士がゴブリンに陵辱されていたりすると「ムホォ!?」と奇声を発していったん中止していた。まあ読んだのだが。


 そんなことはともかく八乙女さんの下着、いや風呂だ。八乙女さんは自分が守護霊として頭上1メートルに浮かんでいることを知らない。

 だから自分の見ているその場ですっぽんぽんになり、お風呂に入るのである。

 いままで見たことのある女性の裸体というのは、絵画か彫刻であった。だが描かれているのが女神にせよ娼婦にせよ、芸術の女性はツルツルスベスベであるが、おそらくインモーとかそういうのが生えているはずだ。

 それを見て自分はどう反応するのか。いや反応しても八乙女さんにはわからない。だからこそどうしていいのかわからない。

 そうだ、こういうときは先輩の意見を聞こう。守護霊スマホを取り出し、「守護霊SNS」という色気もそっけもないアプリを開く。


「守護霊になった初日なんですが、守護する相手が異性で、相手がお風呂に入るときはどうしたらいいでしょうか」


 送信!


「ラッキースケベじゃん!! そのうち飽きるから楽しんどけ!!」


「いいなー! 青春だなー!!」


「うらやま!!!! そこまでドキドキできる相手の守護霊になれるってなかなかないよ!」


 先輩たち、アテにならんでござる!!!!


 八乙女さんはかわいい部屋着と下着の換えをかかえ、風呂場にるんるん歩いていく。歩きながら壁にある風呂釜のボタンをぽちっと押して、数分後「お風呂がわきました」という声が響く。脱衣所のファンヒーターをつける。

 容赦なく脱衣所で八乙女さんは脱ぎ始めた。あわわぁ……。


「ちいねえー!!!!」


 廊下から八乙女さんの声を幼くしたような声が聞こえた。


「おう!? どうしたいちご!?」


 八乙女さんはドアから顔を出した。八乙女さんを清楚にして幼くしたような女の子が、涙目で八乙女さんを見上げている。


「クラスの女の子を、好きになってしまいました!!!!」


「いちご、あんたまた女の子相手に恋してんの!? おねーちゃんにバレたら面倒だから黙っとけ! で、そのことはその子に言ったの?」


「言えていません……」


 守護霊スマホをその女の子にかざす。「八乙女いちご 八乙女あんずの妹 中学1年生」と、その人物が何者か表示された。


 八乙女さんには妹がいたでござるか。

 おねーちゃんと言っている、ということは姉がいるんでござるな。ドキドキ……。


「いい? 好きって気持ちは言わなきゃ通じないかんね? ちいねえはあんたが幸せなら幸せだ。だからちゃんと言って、ちゃんと幸せになりな」


 これが多様性でござるか。

 うちの親はガチガチのクリスチャンなので、「エイズは同性愛者が流行らせた」みたいな嘘くさい話を真面目に信じていて、テレビにオネエタレントが出てくるとチャンネルを変えていた。

 だから妹の恋を素直に応援している八乙女さん……妹さんもお姉さんもいるのだから、ここからはあんずさんと呼ぼう。あんずさんはとても尊い人だと思った。


 いちごさんはにこっと笑って、たたたと廊下を走っていった。そしてまた現状に戻る。

 あんずさんはどんどん着ているものを脱いでいる。見たくない、少なくともいまはあんずさんの裸を見る勇気はないので、自分は守護霊スマホを見る。さっきのSNSの投稿にはラッキースケベをうらやましがる投稿がどんどんぶら下がっていた。

 どうにも楽しくないのだ、この守護霊SNS。

 守護霊スマホでは見る専のXを開く。自分が生きていたころフォローしていた人たちのツイートが次々流れてくる。みんな楽しそうだ。もう大喜利には参加できんのでござるなぁ……。


 なんとスマホを見ているうちにあんずさんは風呂から上がってしまった。守護霊スマホを概念ポケットにしまうころにはもう下着を着ていた。かわいい下着でござるなあ。


 ちょっとずつ慣れてきたでござるぞ。


「ただいまー」


 玄関がバタバタとした。誰か帰ってきたようだ。えらく酒で焼けた声である。


「おねーちゃんおかえりー」


 あんずさんは頭をバスタオルでガシガシしながら、そう声をかけた。

 どうやらあんずさんの姉上がお帰りらしい。どういう仕事の人なのでござろうか。あるいは大学生とかなのだろうか。入ってきた、縦セーターにタイトスカートにトレンチコートという、ドスケベの権化みたいな服装の人に、守護霊スマホをさっとかざす。


「八乙女りんご 八乙女あんずの姉 小学校の保健室の先生」


 はう!?!?

 保健室の先生って、あのドスケベ概念の一種の、あの保健室の先生でござるか!?


「あんず、ちゃんと服を着なさい。このご時世風邪引いたら大変なんだからね」


「もうコロナってヤバい病気じゃなくなったんでしょ?」


「社会の分類上はそうだけどヤバい病気であることは変わりません。わたしも仕事に行けなくなります。そしたらどうやってご飯食べるのかしら? お父さんの印税なんてアテにならないものの代表なのよ?」


 あんずさんはすごいドスケベ概念に挟まれて暮らしているんでござるなあ……。

 ここまで3連打で「ドスケベ」という単語が出てきたわけだが、子供の読書やアニメ視聴を過剰に制限するとこういう人間が生まれるんでござるぞ。

 それはともかく、部屋着を着たあんずさんは洗面所の洗濯機の上に置いてあったスマホをとった。なにやらメッセージが来ている。


「クリスマス、デートしない?」


 なぬ!? 彼氏からでござるか!?(つづく)

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