コギトエルゴスム・我思う、ゆえに我あり
死して肉体が滅びても、我を思えるならそこに我がいるのか?
そもそも魂は何処にあるのか?
例えば肉体にあるとするなら、脳移植交換した後に記憶はその脳にあっても魂が肉体にあったら、別人の記憶を持ち別人(魂的には本人)になったと思い込む自分がそこにいるのか?
機械に全ての記憶を移しても、その魂はその機械に宿っているのか?
証明のしようが無いから、いくら考えても結論何かでませんが、そういう哲学的な事も含めての実験作の様なものです。
正直、結論を出すのは私には無理なので、それは作者及び読む人に丸投げします。
ただ、本人が今幸せそうなのが、救いです。