カメオとツルミ

A・スワン・ケイトウ

第1話 夏休み、恐怖の一日

「まぶしい!」

 夏の朝日が殺人光線並みにヤバイ。

 昨日、カーテンを全開のまま寝たのが悪かった。遮蔽物しゃへいぶつがないのをいいことに大手をふって侵入してくる。

 もちろん、その責任はツルミにあるのだが、いつものことなので反省はしない。     

 でも、睡魔がどっかにいっちゃって、どんなにあがこうと寝れない。

 だったら、起きればいいって、それは違うんだ。うん、絶対違う。

 だって、夏休みなんだもの。

 高校生というのは、ラジオ体操がないのがいい。なんともごきげんである。

 そもそも、小学生はなんで早起きしなくちゃいけないのだろう。理由がわからん、休みなんだから朝はゆっくり寝ていてもいいじゃないか。

 シングルベッドにパジャマで大の字に寝ころび、足元にタオルケットをぐしゃぐしゃに蹴とばす。

 今日が雲ひとつない晴天だってことはベッドの中でもわかる。

 そして、とてつもなく静かだ。まるで、この世から人類が消えたみたいに……

 そういうのって、この家では一年に一度あるかないかの奇跡の日だ。

 だって、この家のまわりは車がひっきりなしに通る、近隣住民も多く生活騒音なんてあって当たり前。なのに、この静けさ。ちょっと不気味である。

 ツルミは、足元のいつものドアに目をやり、そこから視線を上げて、丸い掛け時計をみた。

 まだ、七時前じゃないか。もうちょっとゆっくりしていて大丈夫。

 いいよね、ベッドでダラダラしてるのって。まるで、天国だ。とてつもなく天気がいいもんだから、気分が高揚しちゃってなんかいいことが起こりそうな予感。

 ツルミの家はウィンチェスター・ミステリー・ハウスみたいに増改築をくりかえした結果、継ぎ足しだらけのフランケン的な家になっていた。

 だって、おとうさんが思いつきで部屋をつくるのだからしかたがない。

 もはや、趣味といっていい。

 彼女の部屋は二階の東の角部屋で、最も家の端っこにあった。これより先になにもないというのは、飛び込み台の先端であり、すごろくのあがりの一歩手前であり、精神的によろしくない。そして、階段から最も離れた僻地でもある。

 二階には家族全員の寝室があるんだけど、みんな起きていない。

 おばあちゃんは朝ごはんの用意をしていて。おとうさんは、隣の会社にいるはず、社長だからなにかと忙しい。おかあさんは会社の経理で夜遅くまで仕事をするから、よそのおかあさんみたいに早起きしてごはんとか作らなくてもいい。でも、今日はもういない。

 あと、もうひとり弟のカメオがいるんだけど、まだ小学五年生なのでラジオ体操に行ってるはず。あのカメオのことだ、今年も皆勤賞をもらうつもりなんじゃない。ごりっぱなこった。

 ツルミは、ときどきウチの弟はなぜあんなすばらしい子になっちゃったんだろうって思う。普通のどこにでもいるような子供だったらどんなによかったのにって。勉強も運動も飛びぬけていて、先生におしえてもらうことが何もないんだって。

 小学校では「学校の七不思議」のひとつにかぞえられている。

 こんなすごいカメオと姉弟なんて、いつもくらべられていい迷惑だ。だから、ツルミは早々に「負けた、負けた」って競争するのをやめた。

 さて、休みだからって一日中寝てるわけにもいかないので、八時までには起きるつもりでいた。

 だって、あんまり起きないと、おばあちゃんが「ツル、おきなさい!」って呼びに来るもの。それに、お腹もへる。

 でも、しばらくはのんびりできそう。

 まさか、このあと人生最大の恐怖体験がまっているなんて知る由もない。    「ああ、静かだ。とても幸せ」ってしみじみしていると、

 突然、けたたましい足音によって、静寂が破られる。

「タタン、タタン、タタン、タタン」

 が死に物狂いで逃げている。そうとしか思えない。

「タタン、タタン、タタン、タタン」

 それは、人ではない四つ足のいきもので、フローリングに「カチ、カチ」と爪があたる音が生々しい。

「いったい何が起きているの?」

 わからないことだらけ。唯一、わかっているのは、四本足のいきものが家の中を疾走しているということ。ちなみに、ツルミの家にペットはいない。

 むかし犬を飼っていたので、音の大きさから中型犬ぐらいであると想像がついた。 

 しかし、この鬼気迫る感じは何なの。

 野良犬? 最近は野良犬なんて見かけない。じゃあ、野良猫?

 いや、この家は複雑な作りのせいか、野良猫も二階まで入ってこない。

 悪い予感がした。わたしは霊感がないので、いままでお化けとか見たことがなかった。もしかすると、そっち系のものなんじゃないか? この暴れ様は幽霊というより妖怪のような気がする。そう考えたら、そうとしか思えない。

 そして、最悪なことにそいつがこちらに向かっている。

「どうしょう? どうしょう?」

 大声で叫んだら、だれか助けに来てくれるかな? 無理だ、この部屋からじゃ、聞こえない。

 第一、そんなことしたら化け物にわたしの存在を知らせるようなもんだ。

 ああ、こんなところでダラダラせずに、下に降りていればよかった。たらればの話をしたところで、いまさらどうにもならない。

 こんな経験したことないから、かつての経験に照らし合わすこともできない。

 この家にもウィンチェスター・ミステリー・ハウスのような悪霊を迷わす仕組みがあればよかったのだが。まさか、夏休みの早朝に恐怖体験するとは……

 たぶん、そいつは階段をあがって旧館の二階に現れたんだ。ピアノが置かれたホール脇にある新館入口に飛び込み、廊下を猪突猛進している。この部屋があるのは家の端っこ、廊下の終わり。かならずここにやってくる。

 逃げ出すこともかんがえたが、あまりにスピードが速すぎるのと恐怖とでベッドから動けなかった。

「タタン、タタン」「カチ、カチ」が、あと五メートルまで迫っていた。

 そいつが、カーブを曲がり損ねて足をすべらせ「スッ、タタッ、タタッター」と転びそうになる。いいぞ、こちらに来るな! と願ったが、体を立て直して何事もなかったかのように走り続ける。

 ツルミにできることといったら、タオルケットを頭までかぶって隠れているだけ。

「神様、仏様、キリスト様……」八百万の神々に助けて、と祈った。

 もうすぐ現れる。カウントダウンがはじまる、3,2,1

「ダダン」

 なにかが、のドアから飛び込んできた。

 ああ、寝る前にドアを閉めておけばよかった。

 それから、こいつはなにを思ったのか部屋の中をぐるぐる回りだす。

 ツルミの部屋は六畳で、ドアを入って左手にベッドがあり、正面には勉強机と本棚、右手にタンスが置かれ、ドアの右側に押し入れがある。部屋の中央があいてるのでそこをぐるぐる回ってる。

 これが動物のビデオなら笑ったろう。いまは笑えない。

 もはや、心臓がやばい。ドドドドドドドドドと爆発しそうな勢いである。

「いったい、こいつは何なんだ?」

 怖くて見れない。想像力だけが肥大する。

 ツルミは動物が大好きで、野良猫が入って来たのであればすぐにでも手を差し伸べただろう。なのに、こいつだけは体が受け付けなかった。見たわけでもないのに、やばいやつとわかる。大体こんな大きなのが二階で大暴れするなんてありえない。しかも、この家の最深部までやってくるなんて。もう、生きた心地がしない。

 恐怖で固まっていた、みつかっちゃいかんと思ったから微動だにしなかった。そんな状況下で「正体をみたい」という願望が沸々と湧きおこる。

 実は、ツルミにはSF作家になりたい夢があり、真実を見極めたい作家魂がうずきだす。だって、タオルケットから顔を出し、ほんのちょっと首を上げさえすればわかる。だったら、やるべきだ。

 心臓がバクバクしてる。覚悟を決めた。その時、

「いや、ちょっと待て」

 弱気の虫がそれに待ったをかける。

「もしも、やつと目が合ったらどうする?」

 肉食動物なら、首筋をガブッといかれ、最悪の場合は死ぬ。一生消えない傷を負うことだって。死ぬのはいやだし、怪我もしたくない。見たいのと怖いのとせめぎあいが続く。

 その間も、やつは猛スピードでベッドのまわりを走り続け、その意図が読めない。ツルミはけっこう危険を冒してでも真実を知ろうとするタイプだった。

 ところが今回だけは、失敗イコール死という方程式がちらついて、あきらめざるをえなかった。命あっての物種である。

 そして、やつに存在を気づかれるとまずいので、気配を消してベッドの一部と化し、災いが去るのを待つ。

 ギリギリの状況で、頭だけが高速回転していた。

 このまま、わたしが起きていかなければおばあちゃんが起こしに来るだろう。

 何も知らないおばあちゃんが「ツル、おきなさい!」ってくれば必ずこいつと出くわす。こいつはおばあちゃんを攻撃するのか? 逃げるのか? 最悪のパターンは、逃げてきたこいつとツルミが鉢合わせすること。そしてガブッ。

 おばあちゃんがくるのは危険だ。それまでになんとかならないか? 

いや、なんとかしなければ!

 そもそも、ここは安全な場所ではない。このまま隠れていられるかどうかもわからない。気づかれて飛びかかられ、頸動脈をガブッとやられれば一巻の終わり。

 いままで ツルミは、死について深くかんがえたことがない。「いつか死ぬかも」とは思っていたが、若くて健康だから実感がなかった。いま目の前に死がちらついて焦っている。こんなことなら真剣にかんがえとけばよかった。でも、こんなことで死ぬのは嫌だ。まだまだ、やりたいことがいっぱいある。

 おとうさん、おかあさん、おばあちゃん助けて! 

 どうか神さま、助かったならいい子になります。お参りします。お賽銭もたくさんします。お願いです助けてください。

 きわきわまで追い詰められた。死ぬのは嫌だ、もしもの時は戦う!

 以前、TVで熊と戦って助かった人を見たことがある、彼らは空手の有段者たちだった。普通の女子高校生であるわたしに出来るかな。でも、なにもせずに死ぬぐらいなら戦う。悪あがきして生きる道を探す。

 神経をギンギンに研ぎ澄ませ、飛びかかられた時にどう動くかシュミレーション。まずは、首を守らなければならない、手で防御しなきゃ。半袖のパジャマなので深手を負わないためにタオルケットを手に巻き付けた方がいいだろう。日頃は、こんなこと起こるなんて思ってないから戦い方なんてしらない。

 もしもの時は、目つぶしがいいのだろうか? それとも、腕を失う覚悟でこいつの口に拳を突っ込む? わたしは右利きだから、左手でやったほうがいいか。

 結局、付け焼刃の知識で怪物と戦うのか。こういうことはいつ起こるかわからないので家庭や学校で教えてほしい。

 目と鼻の先で、

「タタン、タタン、タタン、タタン」

 殺される。心臓が飛び出しそう。いやなリズムが永遠のように続く。

 はやくどっかにいけ! と、祈り続けた。

 頭がおかしくなりそう、いっそこっちから攻撃してやろうか? こいつが回って来たところに、突然、飛び出す。相手もひるむだろうし勝率もあがるはず。

 だめだ、危険すぎる。正体がわからないのに飛び出せば返り討ちにあうかもしれない。馬鹿な事はかんがえない。

 ある瞬間から、音が小さくなり、遠ざかっていくのがわかった。

 やったぞ、足音がドアのむこうに消えて行く。

 やがて静寂が訪れる。

 やつが消えたあともしばらくベッドでっと待った。また、もどって来ないとも限らない。あわてて飛び出して、やつと鉢合わせするのだけは避けたい。せっかく助かった命だものヘマはしたくない。完全にいなくなるまで、安全と判断できるまで我慢する。

 五分も待っただろうか、っと手足をうごかしてみる。まったくからだを動かさなかったせいで、カチカチにこわばっている。

 部屋から出るにはさらに勇気がいった。あいつがまだどこかにいるかもしれない、抜き足差し足で廊下を歩く。こんなに階段が遠いと感じたことはない。

 そこまでいくと、もう我慢の限界、危険とわかっているのにバタバタ駆けだす。

 階段を降りると正面がトイレで、左に行くと応接間。でも、めざしたのは右の扉、一気に「ガラガラ」と開ける。台所があって、奥に茶の間がみえる。TVはNHKのニュースをやっていて、長方形のおおきな座敷机の上にはおばあちゃんが朝からこしらえたなすびの炊いたんが大皿にどかんとのっていて、青豆の煮たんもてんこもり、お手製の奈良漬け、うめぼし、あったかいご飯に味噌汁。いつもの朝の風景がそこにあった。

 ツルミは愕然とする。ついさきほどまで自分は死と隣り合わせだったというに、ここは平和そのもの、そのギャップに驚く。

 おかあさんがご飯を食べながら「ツルミも食べなさい」っていうわけ、

「ご飯なんて食べてる場合じゃない!」って、いらだった。

「さっき死ぬとこやった」と絞り出す。

 そういったものの、頭の整理がつかないから。「なにかわからんもんが部屋ん中を走りまわりよった」、怪談師のようにおどろおどろしくは話せない。

 うまくしゃべれない口と、化け物と平和ボケしている家族に腹を立てながらも、なんとか、説明しようとした。自分の部屋に謎のいきものが入って来てベッドのまわりをぐるぐるぐるぐる走り回ったこと、死にそうな思いをしながらベッドでタオルケットをかぶって隠れていたことを、力を込めて話す。

 信じてもらえるかどうか心配だったけど、おかあさんは最後まで聞いてくれた。

 話が終わると、ずっとそばで聞いていたおばあちゃんが、

「わしもそいつを見た」といいだしたのには、びっくりした。

 ツルミ以外にもそいつと遭遇した人がいたのは驚きだ。

 そして、仲間がいてうれしいと思ったものの、話は以外な方向にすすんでいく。

「わしが仏さんのご飯を運んでいると、あの狐が足の上をちょこちょこちょこと踏んで行きよった!」

「ええー」反射的に叫んでしまった。

 だって、おばあちゃんのいう狐とは応接間のマントルピースの上にのっかっている剥製のことだから。

 そいつは、本土狐で、中型犬ぐらいのおおきさ、毛色はもちろんきつね色、目は茶色のガラス玉、かわいいと思ったことは一度もない。でも、剥製ってそういうもんだ。

「あいつには魂が入っとるんや!」

 おばあちゃんは真剣だった。こんなことを言えばボケたと思われるのも承知のうえだ。ほんとうに見たのだから、どうか信じてほしい、その一心でいってる。よく冗談をいう人ではあったが、目の前の表情を見ていればうそじゃないと伝わってくる。できることなら冗談であってほしかった。

 この時、おばあちゃんは六十代、気力も体力も十分、もちろん頭もしっかりしている。信じたくはないがあの狐が動いたのだ。

 実はこの剥製というのがいわくつきの品で、うちのおとうさんがある人の家の引っ越しで出た不用品をトラックいっぱい持ち帰ったその中にあった。

 ツルミは霊感が無いため剥製を恐れはしなかったが、ある人は怖がって

「なんで、あんなの家に置いておくんだろう」とあきれていた。

 まさか、犯人は剥製の狐だったなんて、ツルミは後悔した。なぜ、あの時に勇気をだして顔をあげなかったのかと、そうしていれば正解がわかったのに。

 でも、自分が顔をあげた時、目の前にあの狐がいたらどうだろう。剥製が動いてるなんて、怖すぎる。

 もしも、目が合って飛びかかられたら……

 おとうさんが会社から朝食を食べに帰ってくると、待ってましたとばかりにおばあちゃんとツルミが恐怖体験をしゃべりまくる。

 いつもなら「うるさい!」と怒られただろう。

 でも、きょうはそういう雰囲気じゃない。

 おとうさんはご飯をムシャムシャ食べながら聞いていた。

 子供のころに、おとうさんは青白い幽霊が古い家のたたきの上をスーっと移動していくのをみたことがある。経験があるから頭ごなしに否定はしなかった。

 ツルミとおばあちゃんの話を整理してみる。

 朝、おばあちゃんが仏さんのご飯をちいさなお盆にのせて仏壇に運んでいた。   

 その時、おばあちゃんの足の上をちょこちょこちょこと踏んづけていくものがいた。見るとそれはマントルピースの上に飾っていた狐の剥製だったという。足の甲を踏まれたが痛いとか重いとかはなかったようだ。

 でも、それを見た驚きといったらなかったろう。たぶん、目は点になり、頭は真っ白だ。よく仏さんの茶碗を落とさなかったものである。

 この時、狐の方も人間と鉢合わせて驚いたのか逃走する。階段を駆け上がり、スピードをゆるめることなく新館に進入すると、最東端のツルミの部屋までつっ走った。

 ところが、そこは行き止まりのためぐるぐるぐるぐるまわり続け。やがて、来た道を帰っていった。その間、ツルミはベッドでタオルケットをかぶって隠れていた。というのが一連のながれである。

「あれ」ってツルミは思った。いまも剥製の狐がうごきまわっているなら、マントルピースはどうなっている?

「見に行ってくる」

 こんどこそ真実を追求するぞ! と意気込んだ。

 応接間は、子供にとって怖い場所だった。だって、おとうさんはが好きで、狐以外にも気持ちのわるいものを陳列してあった。

 入口付近の壁にはマヤのヒスイの仮面をつけたミイラの写真が飾られ、頭蓋骨の入ったガラスケースもあり、お化け屋敷みたいに怖い。そっちを向かないようにして十メートル先のマントルピースをみる。

 そして、茶の間にむかって脱兎のごとく走り、

「おったで!」という。

 おばあちゃんは「絶対あの狐だった!」とさっきとおなじ主張をくり返す。

 そう、狐はいつものようにマントルピースの上にいた。

 否定するつもりじゃなかったのに、これではおばあちゃんの証言を立証できない。またも、あの時勇気を出していればと反省するのだった。

 もしも、剥製が消えていれば丸っと解決したものを、なんだか残念な気持ちになった。

 これで騒動が収まったわけじゃない。おばあちゃんとツルミの恐怖は時間の経過とともにひどくなった。

 なぜなら、また狐が動き出すのではないかという可能性が残っていて、とくに、剥製の狐が動いているのを見たおばあちゃんの恐怖は計り知れない。

 この事件が起こるまで、おばあちゃんは剥製などちっとも怖がってなくて。それどころか、おもしろがってきじやワニの剥製まで購入していた。

 おとうさんもおばあちゃんと趣味が似ていて、子供の頃ほしいものが買えなかったので、その反動で変なもんを買い集めるようになっていた。物を捨てることが嫌いで、お母さんが捨てたものを拾ってくるような人だった。そんな人だから、ある人がタダであげるといったら大喜びでもらいにいった。その中に狐の剥製が入っていた。

 その人は相当なお金持ちらしく、たしかにいい物があった。新品の包丁が三セットと、単品が十本ぐらいあって一生かかっても使い切れないほど。いちばんのお宝は、からくり時計でこれはお屋敷のリビングに置くような重厚な品で、ただ残念なことにおもりが紛失していた。衣装もいっぱいで古着屋さんみたいに駐車場の軒下にぶらさげていたらとなりのおばあさんが「ちょうだい」ってどっさり持ち帰った。

 ツルミもおとうさんに「いいもんだから」と高級なそろばんをもらった。

 とうとうおばあちゃんが「あんな気持ちの悪いものを家に置いておくのは嫌だ!」といいだす。ツルミも賛同する。そりゃそうでしょ。ツルミは死にそうな思いをし、おばあちゃんは化け物と遭遇してしているのだから、その恐怖といったら一生忘れることができない。

 剥製をそのままにしておけば、またゾロ出るかもしれないし怖くてたまらない。

 そんな時おかあさんがいいことをおもいつく、

「町の博物館に寄付すればいい」って、

 こんなナイスアイデア飛びつかないわけがない。

 藁をもつかむ思いだった。善は急げって、おばあちゃんがダンボール箱を持ってきて、おとうさんがあの狐を入れる。それから、キジとワニもついでに入れて、おとうさんは車を飛ばして博物館にいった。

 家族の中でカメオだけは騒動の輪から外れたところにいた。ラジオ体操から帰ってきた彼はみんなが狐にかかりっきりなので、ひとりで朝食を食べてTVの子供番組を堪能すると二階に消えた。

 ツルミはおとうさんが戻ってくるのを居間でずーっと待っていた。だって、とてつもない知りたがり屋だから、誰よりも先に剥製がどうなったか知りたかった。

 そうこうしてると、意外と早く帰ってきた。

「どうだった?」って我慢できずにたずねる。

 おとうさんはおしゃべりなのでこういう場合はとっても都合がいい。

「博物館の人、狐は喜んで引き取ってくれたわ。里山に住むいきもの展に置かせていただくといってたぞ。でも、あのキジは外国産だといってたからムリだな」

 ワニにはふれなかった、もちろんダメにきまってる。でも、一応ぜんぶ引き取ってもらえたようで一安心。

 疫病神が消えて家族に平和がおとずれる。いいきなものである。

 ツルミは、これまで霊的な体験をしたことがなかったのでこのことを話したくてたまらない。こういう時、実験台にされるのは年下の兄弟と相場がきまっている。

「カメオ、ちょっと」

 おやつを食べに降りてきたのを捕まえて怪談話でビビらしちゃえ。

 彼は見るからにお坊ちゃんで優等生タイプ、長男だし大切に育てられていて、 家族の期待の星。たぶん、中学受験して進学校に入って東大に行っちゃうんじゃない。

 ふたりは冷蔵庫からアイスを出して食べながら話す。

「あの狐の話をしてあげる」

 たぶんカメオも気になっていたんだと思う。すぐ、食いついてきた。

「きょうの朝、おばあちゃんがいつものように仏さんのご飯を持っていくと足の上をちょこちょこちょこと何かが踏んで行ったんだって。で、よく見ると、あの狐の剥製だったって、マントルピースの上に置かれたあの剥製の狐だよ。信じられる? 

 狐はおばあちゃんから逃げるように階段を駆け上がり<タタン、タタン、タタン、タタン>と足音を響かせ、猛スピードでウチの部屋に飛び込んできて、そこをぐるぐるぐるぐる走りまわってた。ウチはめちゃくちゃ怖くてタオルケットをかぶってたから狐の姿は見てない。だって、怖いやろ。なにかわからんもんが部屋の中で大暴れしてるんやで。

 ほんとういうと見たかったけど、見られへんかった。だって、目が合って飛びかかられたら。野生動物なら首筋をガブッや。死にたくないもん。

 もしもの時は戦わなあかんと覚悟はしてたんや。目つぶしがいいか、拳を口に突っ込むのがいいか。もちろん、リスクがあるのはわかってるけど必死やった。まさか、こんなことおこるなんて思わへんやろ。ほんとに死ぬかと思ったわ」

 カメオはしばらく考えていた。色白で整った顔をしているので学校では女子からの人気が高い。

「おねえちゃん、狐が動き出した理由がわかったで」

「えっ?」

 びっくりした、急に何を言い出すんや。

「狐は時計に眠りから覚まされたんや!」

「えっ?」

「からくり時計がこわれていたの知ってるやろ。きのう修理からかえってきて動くようになってた。きょうの朝、おとうさんが思いつきで時計のネジをまいたんや。七時にボーンボーンと鳴って、それにおどろいて動き出したと思う」

「えー」

 そんなこと知らなかった。寝耳に水である。

「あくまでもこれはぼくの推測なんやけど、時計が壊れていたのはだれかが意図的にやったのかもしれない。狐を封じ込めるために。時計を直したから眠りから覚めたのやろう。でも、あの狐はそれほど恐ろしいものではなかった。だって、そうでなきゃおばあちゃんがやられていたはずだ」

 すごい推理、我が家のホームズ。

「それから、あの狐はおねえちゃんがベッドにかくれていたの気いついてたで、

 だってあいつらそういう感覚するどいもの」

 ツルミはゾゾゾってなった。

「おねえちゃん、ぶるぶるしたろ。それって、妖怪ブルブルの仕業らしいで」

 こん畜生、カメオを怖がらせてやるつもりが反対にコテンパンじゃないか。こんなことなら弟じゃなく友達にしとけばよかったと後悔した。

 でも、その後この話をだれにもする機会がなかった。信じてもらえないからとかじゃなくって、ただなんとなくそのままになっていた。

 そういうのって、おばあちゃんにいわせると、いわなかったんだって。まるでだれかの力がはたらいているみたいなことをいう。

 どうやらその時がきたようだ、だからわたしは話す。

















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