妖精の丘

「あ! 妖精!」

 小さな男の子の声に顔を上げると、

「いらっしゃいませー!」

 緑色の妖精の服を着た女性がコンビニの前に積まれたクリスマスケーキを売っていた。


 周囲にはクリスマスのイルミネーションが輝き、街灯にはリースが飾られている。


「なんだ、脅かさないでよ」

 手のひらほどの大きさの女の子が建物の影で言った。

 成人男性の目の高さのところにちょうのような羽を羽ばたかせながら浮いている。


 ここは新宿駅前の路上だった。

 まだ日は暮れたばかりなのに既に酔っているサラリーマンも通り過ぎていく。


 妖精がひらりと身をひるがえしたところで高校の制服を着た男子と鉢合わせした。

 そのまま高校生の脇を通り過ぎようとすると鷲掴わしづかみにされる。


「え!?」

 てっきり自分の姿は見えないと思っていた妖精が目を見張る。


「もう十二月末なのに何やってんだ」

 高校生が言った。


「あ、あなた、誰……」

「お前みたいなのを取り締まる役だ」

「嘘よ。そんなの聞いたことないもの」

「それは向こうに戻らないやつが滅多にいないからだ」

 そう言った後、高校生が呪文を唱えると目の前に門が現れた。


 妖精がこちらへ来る時に通った妖精の丘と人間界の間にある門である。

 すぐに門が開き始める。


「待って! 悪いことはしてないわ! 人間達を見てるだけよ!」

 妖精が慌てて言った。


「ハロウィンから一ヶ月以上経ってる。十分見たろ」


 年に一度、妖精の丘と人間界の間にある門が開く。

 それがハロウィンである。


「あとちょっとだけ!」

「ダメだ」

 高校生がにべもなく答える。


「あなたのこと手伝うから!」

「言ったろ、滅多にいないって。手伝いは必要ない」

「ホントに? じゃあ、あれは?」

 妖精が高校生の背後を指した。


 高校生は妖精を掴んだまま振り返ると、新宿の路上そこに馬がいた。

 プーカという妖精である。


「キャス! よくもチクったな!」

 馬はそういななくと高校生の横を駆け抜けた。


 高校生が咄嗟とっさに手を伸ばしたが手綱たづなにはわずかに届かなかった。


「ちっ」

 高校生が舌打ちして目を上げると大きな黒猫と目が合った。


 に、にゃ~。


 黒猫が慌てて鳴いた。


誤魔化ごまかそうとしても無駄だ。そんなに大きな黒猫がいるか!」

 高校生が突っ込むと、

「く、黒猫じゃなくて黒豹だ」

 猫が言い返す。


「猫は喋らない」

 高校生が冷たく言う。


 その突っ込みに猫が背後を振り返る。

 つられて視線を向けると巨大な緑色の犬がいた。


「ケット・シーだけじゃなくてクー・シーまでいるのか!」

 高校生が声を上げる。


「覚えてろよ、ジム!」

 クー・シーはそう捨て台詞を吐くと踵を返して走り去った。

 視線を戻すとケット・シーも消えている。


「滅多にいないっていったわよね」

「お前を帰せば一匹減る」

 高校生が門に向かおうとする。


「待って! 手伝うから! あの連中を捕まえるまでここにいさせて」

 妖精が手を合わせる。


「役に立つのか?」

「あいつらを知ってたわ」

 妖精が胸を張る。


 高校生が溜息をいた。


「仕方ない。あいつらを捕まえたら大人しく帰れよ」

 高校生はそう言うと妖精から手を離した。


「私はキャス」

 妖精が自己紹介すると、

影流エイルだ」

 高校生も名乗った。

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Holy Days 月夜野すみれ @tsukiyonosumire

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