魔王の娘様

物部 妖狐

第1話

「ふはは、よくぞ来たな勇者よ!余は魔王であるぞ!」


 夜も更け見回りの者以外は眠りに落ちた魔王城の謁見の間で一人、玉座に座り大声で自身を魔王と名乗る者がいた。

黒い二本の角に、短く切りそろえられた紫色の髪、顔には黒い眼帯を着けている。


「……と言ってもここ数年、余の魔王軍が強すぎて、勇者と呼ばれる者がここまで来ることなぞ無いのだがなぁ!」


 謁見の間の外から、『あの魔王様が、また何かやってるよ』という声が聞こえるけど気にしない。

だって余は魔王で偉いから。


「あぁ、むなしい……実にむなしい、余は魔王なれど倒しに来る勇者は皆、道中で部下に殺されここまで来ない、だから暇を持て余して、こうやって夜に一人遊びしかできん!」


 大声で愚痴を叫んでも、誰からの返事も返ってくることなく、ただただ虚しく謁見の間に響き渡る。


「国政は世の優秀な頭脳で上手くこなしておるし、近頃は治安も安定しておる、平和なのは良い事なのだが……何分暇が過ぎて夜も昼寝しすぎて眠れない」


 夜寝れないのは、ただ自分が怠惰な生活をしているせい。

とは言え国内は平和でも、一度国から出たら魔族である我らは、人間達から迫害を受けてしまう。

これに関しては、余が人との共存を掲げているせいで、身体能力共に遥かに魔族よりも低い人間に、自分から手を出させないようにしているせいなのだが、そのせいで……立場は酷いものだ。


「とはいえ……」


 人間に近い見た目の者は奴隷として捕らえられ、獣に近い者は食料又はペット扱い。

唯一、ドラゴンというトカゲに翼が生えたトンデモ生物は見た目の神々しさも相まって、神の使い扱いされたり、貴重な素材目当てに狩られたり、ドラゴンスレイヤーの称号欲しさに討伐されたりと何とも言えない、中途半端な扱いになっている。


「……まぁ、国の外に出た魔族の事なんて正直どうでもいいが」


 ただ問題は、過去に国を捨て出ていった者達が何を思ったのか。

人間から被害を受けた後、何故か余の名前を使い……魔王による報復行為という勝手な言い分で人の国を襲ったり、ありもしない魔王軍の幹部を名乗っては、何故か余に保護を求めて来るが、国を出て賊になった者達を助ける義務はない。

そもそもな話、勝手に国を出ていった後に辛い目にあったからって、難民として保護して欲しいだなんて、かなり虫が良すぎると思うんだよね。


「……しかも何がめんどくさいって、各国の王がそれを真に受けて、勇者を選抜して魔王討伐に派遣し始めるし、ほんっと勘弁して欲しい」


 初めは様々な国が連合軍を結成して国に攻めて来たけど、余の優秀……?な八人の側近、八欲天を戦場に送り、圧倒的な戦力さで殲滅。

それを何度か繰り返していくうちに、気付いたら各国で一人ずつ優れた実力があるものに勇者の称号を与えて、世界の為に魔王を討伐するという大義名分の元と強引に旅立たせるようになった。

……けど、余の城に到着する前に、国を出て賊となった魔族に勝てずに全滅している辺り、実力はお察しだ。

正直、問題ばかり起こす賊達をある程度減らしてくれるなら、個人としては嬉しい限りではあるが、現状はいたずらに命を散らしている辺り、やることとなすことがかみ合っていないような気がする。


「とはいえ、いつ襲撃されてもいいように、こうやって偉そうにふんぞり返って、来るはずも無い勇者に向けて、よくぞ来たな勇者よ!余は魔王であるぞ!、なんて声高らかに騒いでもどうせ、ここまで来れはしないんだから意味なんて何て無いけどね」


 とはいうけれど、こんな軽口ばっかり言って、本当に来てしまったらどうしようか。

そもそもな話、魔王である余を倒しても……八欲天のうちの誰かが新たな魔王になるだけで意味が無い。

むしろ皆、余よりも性格に難があるから、それこそ世界が滅びに向かうのではなかろうか。


「……まぁ、あまりにも退屈過ぎて、心の何処かで勇者が来ることを望んでもいるのだけれど、それってもう色々と何かおかしくないか?暇が暇で、暇を呼び過ぎて、もはや自殺願望を抱いているヤバい魔王ではないか」


 誰に言うわけでもなく、独り言を繰り返していると、外から『いい加減静かにしてくれねぇかなぁ』という声が聞こえる。

さすがに毎日、同じように騒いでしまって本当にすまないと心の中で一応謝るけど、反省は一切していない、だって暇なんだもの。


「……これでもし、本当に勇者が来たらどんな反応をすればいいのか、もう一回練習しておくか」


 再び、良く来たな勇者よ!と声高らかに再び騒ごうとした時だった、謁見の間の外で何かが倒れるような音がした。

もしかして、あまりにも余が騒ぎ過ぎたせいでストレスから衛兵が、倒れてしまったのか……それとも、職場放棄をして居眠りをしてしまって、武器を落としてしまったんじゃ無いだろうか。

とりあえず、どちらにせよ良い暇つぶしになるかもしれない、そう思って笑みを零すと玉座から立ち上がり、衛兵の元へと近づく。


「勤務中の居眠りとはおぬし、いささかたるんでおる……ぞ?」


 謁見の間の外に顔だけ出して驚かしてやろうと声を掛けようとしたけれど、目の前に映る光景が理解できずに声が止まる。

そこには首を落とされて絶命している衛兵の姿があった。


「……これは」


 もしや、本当に勇者が来たのかもしれない。

そう思って周囲に意識を集中して警戒すると、背後から鋭くそしてとても無機質な気配を感じる。

反射的に振り返りざまに


「ふははっ!良く来たな勇者よ!余は魔王で……ある、ぞ?」


 と声高らかに叫ぼうとすると大事なところだけが、かろうじて隠せる程度にしか布が残っていない。

ぼろきれとしか言えない、もはや服とは言えないレベルで薄汚れた布に身を包み、骨が浮き出る程にやせ細った少女が、剣を持って立っていた。

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