悪魔の一手


 ――夕日が落ち、夜のとばりが下りた。


 静寂が空気を席巻する。

 一瞬の間を置いて、少女たちの悲鳴が響き渡った。

 マホは息を呑みながら周囲を見渡す。

 先ほどまで確かに魔法少女として戦っていた仲間たち――その全員が、変身を解除されていた。

 華やかだった衣装は消え去り、残されたのは普通の少女の姿。武器もなく、魔力の気配すら感じられなくなっている。


 後ろを振り向くと、セラ、マナ、ミアも同様だった。

 彼女たちは困惑したまま、信じられないとでも言うように自分の手を見つめたり、身体を触ったりしていた。


「何が……」


 マホの声はかすれていた。

 全く予想外の事態。

 魔法少女に変身できないどころか、既に変身していた者までが強制的に解除されるなど、今まで聞いたことがない。


 そんな混乱の中、不意に場違いな高笑いが響き渡った。


「アハハ、ハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 高らかに笑いながら、宙に浮かぶディーヴァが勝ち誇ったように口を開く。


「変身を解かれ、魔法も使えなくなった『魔法少女』は、もはやただの無力な『少女』じゃない? 小道具ひとつ使えなくなっただけで、この有り様……アカツキの守護者と呼ばれるほどの存在が、聞いて呆れちゃうわ」

「ディーヴァ! あんた一体何を……ッ!」

「フフ。簡単なことよ。アナタたちが大切にしている『マジカルリンク』――それをジャミングしただけ」

「まさか……ッ!?」


 マホが思わず息を呑み、視線を走らせる。

 そして、視界の先にそびえ立つ巨大な怪物『ラグナ・オーガ』を捉えた。

 その巨体の胸の中央には、不気味に脈打つ紫色の水晶のようなコア――それが周期的に点滅し、妖しく光を放っていた。


 ディーヴァは口角を上げ、楽しそうに言った。


「この子には、アナタたちの『マジカルリンク』をジャミングする機能を搭載しているの。……まさかワタシがただ巨大なモンスターを連れていただけで、アナタたちと対峙すると思った?」


 その言葉に、マホは歯を食いしばる。

 

「もう、わかったでしょ? ――最初からアナタたちは詰んでいたのよ」


 ディーヴァが冷笑を浮かべながら告げた瞬間、絶望が少女たちの間に広がる。

 戦場には、魔法を失った少女たちの動揺と恐怖が満ちていた。誰もが武器を持たぬ無力な存在へと変えられ、ただ立ち尽くすしかなかった。


 そんな中、ミアが縋るようにマホを見上げる。


「マホ姉……」


 震える声が、張り詰めた空気の中でか細く響いた。

 ミアはぎゅっと拳を握りしめると、今にも泣きそうな顔で言葉を紡ぐ。


「クソ兄貴――お兄ちゃんは……」


 それを聞いたマナの瞳に、一筋の希望が宿る。


「そうです……! お兄様は昨日アカツキに戻られました! だからきっとここに――!」


 その一言に、まるで沈みかけた船に差し込んだ光のように、少女たちは息を吹き返す。


「あの人が来てくれるなら……」

「アオハル様がいれば……!」


 希望を求める声が次々と上がり、気づけば戦場の各地に散っていた隊員たちが、マホのもとへと集まっていた。


 だが――。


「アイツは――ここには来ない」


 マホの低い声が、その場に冷たい水を浴びせたように、全員の動きを止めた。


「え……?」


 マナが言葉を詰まらせ、ミアも目を見開く。他の隊員たちも、信じられないような表情でマホを見つめる。そして、動揺の声を上げ始めた。


「――落ち着きなさいッ!!」


 マホは隊員たち一人一人を見渡し、言葉の重みを胸に刻むように、静かに、しかし確固たる意志で一喝した。

 その声は、隊員たちの動揺を一気に抑え込んだ。皆がその声に応じるように、次第に顔を上げ、立ち直る。


「アイツがアカツキを離れていたこの3年、私たちはアイツに頼りきりになっていた現状を変えるために、自分たちの力で戦ってきたんでしょ」


 不思議なほどにマホの声が通った。誰もがその言葉に耳を傾け、少しずつ心を落ち着ける。

 そして、マホは冷静に続ける。


「それとも……また、アイツにあんな悲しい顔・・・・をさせたいの?」

『――ッ!』


 その一言が放たれた瞬間、少女たちの空気が変わった。

 恐怖におびえる無力な少女から――覚悟を決めた一人の戦士へと。

 

「だけどマホ姉。魔法少女に変身できないとあたしたち……!」


 ミアの言葉にマホは目を逸らさず、静かに告げる。


「――心配はいらないわ」


 マホは静かに魔力を解き放った。青白い光が舞い上がり、周囲の空気がほのかに温かくなる。

 彼女はこのアカツキで唯一、魔法少女に変身せずとも魔法を使える人間である。それも、魔法や異能が全盛だったとされる400年前の中でも、おそらく『特別』といえるほどの才能の持ち主だ。

 魔力量、魔力を操る素質、魔法を発動する際の魔力効率、魔力回復速度など、魔力や魔法に関わるすべてで卓越した能力を保有している。

 その力が今、まさに顕現したのだ。


「総員――命令よ」

『ハッ!』


 隊員たちは、一糸乱れぬ動きで姿勢を正した。


「私が時間を稼ぐ。その間に、本部と連絡をとって打開策を見つけてちょうだい」

『了解!』


「セラ、マナ、ミア。あなたたちはここに残って何かあったら私に伝えて」

「「「了解!」」」


 マホは一歩前に踏み出し、風を切るように空を飛び上がった。

 そして、ディーヴァと対峙する。


「作戦会議は終わったかしら?」 

「随分と律儀に待ってくれるのね」

「人間も足元の虫が苦しんでもがいていたら、つい気になって見ちゃうでしょ? それと同じよ」

「まるで自分が人間よりも上の存在とでも言いたげじゃない」

「フフ、さてね」


 ディーヴァの微笑みが一層妖しく光る。その笑顔には、マホを試すような狡猾な意図が感じられた。


「さて、準備が終わったのならハジメちゃうわよ――ラグナ・オーガ!」


 ディーヴァは言うや否や、さらに空高く舞い上がった。そして、彼女の後ろにいたラグナ・オーガはその巨大な口を開ける。その瞬間、空気の振動がマホの身体に伝わると同時に、ラグナ・オーガは魔力を一気に収束させ始めた。


「ふん、いいじゃない。相手してあげるわ」


 マホは鼻を鳴らして、両手前に伸ばす。魔力の流れが彼女の体内を駆け巡り、次第にその手に凝縮されていく。


「――!」


 しかし、その瞬間――ラグナ・オーガはその魔力を解き放ち、空気を引き裂くような光線を発射した。

 レーザーは一直線にマホに向かって突進し、周囲の風景さえも歪ませる。

 空気が激しく圧縮される音が耳をつんざき、膨大な魔力を感じさせるその光は、一瞬で彼女の視界を覆い尽くした。


(とはいえ、さすがにこの攻撃は逸らすしかないけど……!)


 マホはすかさずバリアを展開する。レーザーがバリアにぶつかり、激しい衝撃が全身を駆け巡った。


「クッ……ぅうううう! はぁ!」


 マホは両手を動かし、バリアを強引に捻じ曲げる。

 すると、魔力のレーザーは遠くへと弾き飛ばされ、塔に激突し、大きな爆発を引き起こす。


「そんで、食らいなさい!」


 マホは右手を銃の形に変え、その先端をラグナ・オーガの口へと向ける。


「炎魔法『フレイム・レーザー』!』


 指先から一筋の炎のレーザーが発射され、その炎はまっすぐラグナ・オーガの口内を貫いた。

 火花が散り、煙が上がる。激しい熱風が周囲を包み、ラグナ・オーガはわずかに呻き声を上げた。


「……面白いことをするのね」

「魔力耐性があるといっても、身体の表面だけでしょ。なら、やりようはいくらでもある」

「変身せずともそれほどの力を発揮できるとは正直驚いたわ」

「上から目線のご高説どうもありがとう」


 マホは軽く笑みを浮かべる。


「それで、空を飛ぶ虫に驚かされた気分はどうかしら?」

「――っ!」


 その言葉に、ディーヴァは初めて顔を歪めた。

 彼女の表情に、わずかながらも怒りと不快感が浮かび上がる。


「フ、フフ……いいわ! それなら、もっと絶望を与えてあげる!」


 ディーヴァは指を鳴らすと、それに呼応してラグナ・オーガがさらに大きく動き、空に向かってその巨体を丸める。

 そして、その巨体の背中にいくつもの空洞が現れ、青紫色の煙が噴き出した。


「これは……!」

「面白いのはここからよ」

 

 煙はみるみる広がり、まるで空を覆い尽くすかのように漠然とした厚い層を作り上げていく。それは星と月の光が彩っていた夜空を隠していく。

 そして――突然、雲の中から動きが現れた。


「なっ!?」


 雲の中から、何かが蠢く。瞬時にその動きが広がり、続いて『影』が現れた。

 一つだけでなく、次々と現れるそれらは、まるで群れを成して空を埋め尽くすように広がっていく。


 そして、中から――無数のモンスターの顔が現れた。


 羽を生やしたものが多く、雲から飛び出すと、空を縦横無尽に飛翔し、まるで獲物を探し求めるように動き回る。

 一方で、羽を持たないモンスターは地面に落下し、そのまま衝撃で命を落とす者もいれば、運よく生き延びる者もいた。


「フフ、面白いでしょ。小型モンスター製造機」

「冗談じゃないわッ!」

 

 マホは思わず冷や汗を流した。

 一体一体のモンスターは小型だが、その数があまりにも膨大で、どう対応していいか見当もつかない。

 しかも、今この状況で対応できるのはマホただ一人。

 

(……一体どこまで手を考えて)


 認識改竄、超大型モンスター、マジカルリンクの妨害、小型モンスターを生み出す雲。

 そのどれもが、アカツキを滅ぼす必殺の一手――まさに悪魔じみた策略だ。

 これまでの常識では考えられない手段を駆使してきている。

 特に、後者の二つは今後必ず対策しなければ問題となることは明白だ。


「――今を乗り切れればの話だけど!」 


 マホは己を奮い立たせるように叫ぶと、すぐに次の行動を決めた。


(とりあえず、あのバカみたいな数のモンスターをどうにかしないと!)


 マホは空を一気に飛び上がり、魔力を広範囲に展開して巨大な魔法陣を作り上げる。

 魔法とは、魔力をエネルギー源として火・水・風・土の四大元素を発生・制御する力だ。基本的に、魔法少女はそのいずれかの属性に特化することが多い。しかし、マホはこれら4つの属性全てに適性をもっており、その中でも特に炎魔法を得意としている。


 そして、マホは火・水・風・土の魔法を同時に発動し、無数の小型モンスターを一掃した。


「はぁ……はぁ……」


 魔力を一度に大量に消費したことにより、マホは息を荒く吐く。


「はぁ……もういい加減にしてほしいわ! マジで!」


 だが、そんな呟きも虚しく、雲の中から新たなモンスターが生み出されていく。それらは次々と姿を現し、まるで無限に湧き出すかのように迫ってきた。

 さらに――


「そっちばっかりに気を取られていいの?」

「ッ!?」


 突然、ディーヴァの声が響き、マホはハッとしてラグナ・オーガに視線を向ける。

 ラグナ・オーガは右手をマホに向けており、その手の中央には深い穴が開いて、魔力が渦巻いていた。


「く――ッ!」


 その瞬間、ラグナ・オーガの右手からレーザーが放たれる。

 マホは咄嗟にバリアを展開するが、最初と違って受け流すことができず直撃した。

 バリアはあっという間に砕け散り、衝撃でマホは大きく弾き飛ばされる。


「きゃあ!」


 呻きながら、マホは地面に強く叩きつけられた。息が詰まるような痛みが胸を貫き、視界が一瞬白くなる。


「姉さん!?」「お姉様!」「隊長!」

「……!」


 気づくとマホはミア、マナ、セラのもとまで吹き飛ばされていた。しかも三人だけでなく、他の隊員たちも集まっている。

 彼女たちの顔には心配と焦燥の色が浮かんでいる。

 

 そして、ぼんやりとした視界に映ったのは、ディーヴァの顔だった。

 ――彼女の口元が三日月のように歪み、冷酷な笑みを浮かべている。


「まずいッ!!」


 マホはラグナ・オーガに視線を向けると、その口内に、これまでで最も強力な魔力が集中しているのが見て取れた。

 その魔力の密度は、周囲の空間が歪むほど強大で、一撃で街を壊滅させるかのような圧倒的な威圧感を放っていた。


 マホはバリアを展開しようと身体を起こそうとするが――動かない。


「身体が……!」


 魔力を一度に大量に消費したこと、そしてラグナ・オーガの攻撃により、マホの体力と精神力は限界に近づいていた。


「――トドメよ」


 ラグナ・オーガの肩に座ったディーヴァが冷徹に告げると、ラグナ・オーガはその口から紫色のレーザーを発射した。

 凄まじいエネルギーが空間を震わせ、閃光が辺りを焼き尽くす。

 マホたちは、抵抗する間もなく、光の奔流に呑み込まれた。


「これで魔法少女もオシマイ。あとは国を滅ぼすだけ」


 ディーヴァは満足げに微笑む。

 破壊的な爆炎が周囲を覆い尽くし、その熱波が地面を揺らした。

 そして、爆風が次第に収束し、ようやく辺りが静まり返った。


「――!?」


 だが、ディーヴァの目に信じられない光景が映った。

 ラグナ・オーガの一撃はたしかに街を破壊した。

 周囲の大地は完全に崩壊し、無残な焼け野原と化している。

 しかし――マホたちが立つ場所だけは、まるで何事もなかったかのように無傷だった。


「私たち、生きて……?」

「どうして……」


 彼女たちは皆、傷一つ負っていなかった。

 しかし、彼女たちもなぜ自分たちが無事なのか理解できていないよう様子。

 驚きと混乱が入り混じった表情で、お互いの顔を見合わせていた。


 その時――




「――吹き飛ばせ、ドグマムートッ!!」




 突如、空を切り裂くような声が響き渡った。

 それは、迷いなき強さと絶対的な自信を帯びた、力強い声。


 瞬間、空が灼熱に染まる。


 巨大な炎の光線が、紫の雲を突き抜け、一直線にラグナ・オーガへと降り注ぐ。

 それはまるで天の裁きの如く、強大なエネルギーを宿しながら、破壊的な火柱を生み出し、ラグナ・オーガの巨体を直撃した。

 轟音が響き渡り、爆発が連鎖する。

 ラグナ・オーガの巨躯が大きく揺らぎ、苦悶の咆哮を上げた。


「この声……まさか……」


 マホは息を呑み、ぼんやりと空を仰ぐ。


 ――星や月の光すらも遮るような紫の雲が真っ二つに裂かれ、その隙間から『太陽の光』が差し込んでいた。


 そして、視界の先に映ったのは――光を一身に浴びて雄々しく飛翔する、一匹の巨大な竜。


 その背に乗るのは、琴乃羽タマネ、逢沢キワミ――そして、その中央に立つ一人の少年。


「またせたな、お前ら。ここからは俺たちのターンだ」


 悪魔が支配する戦場で、少年――現実アオハルは不敵に笑った。


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