9,少女との衝突と真実2

 いろいろと言われた。いや、なんだよ人外じんがい魔剣士まけんしって。言っておくけど、一度もてたことがないおやっさんのほうがよっぽど人外じんがいじみているんだけど?

 まあ、別にそれはいか。それよりも、僕のスマホに電話でんわがかかっている。相手はおどろいたことに、しおりだった。

 スマホのディスプレイには、御門みかどしおりと名前がしるされている。

 いや、別に栞から電話でんわがかかってくること自体おかしいことじゃない。以前、僕と栞が再会したあの日、栞の電話番号をいておいたし。ただ、びっくりしたのはその電話の内容ないようだった。

『今からうことってできる?少し、はなしたいことがあって……』

 なんだか、切羽詰まった様子ようすで言ってきた。それも、指定していしてきた場所が通っている高校の校舎屋上だった。今、夏休なつやすみで休校中なんだけど。

 誰も居ない学校がっこうの校舎内で二人きり。すこし、ドキドキします。

 ちなみに、人工島じんこうとうは夏休みの間でも生徒たちがはいることはできる。と、言うのも学術都市はべつに学校だけではないからだ。教育機関、教育施設、研究機関が集中する都市。それこそが、学術がくじゅつ都市としである。

 つまり、たとえ学校が夏休みに入っても、人工島内で勉強べんきょうをすることは可能かのうということになるだろう。いや、いっそ学術都市内のみで勉強するのに都合のいい環境かんきょうが出そろっていると言っても過言かごんではない。

 ここで問題もんだいなのは、わざわざ学術都市内の教育施設でもなく、ましてや研究機関でもない。夏休みで休校中の高校校舎屋上でっているという言葉だ。

 一体、どんな用事ようじがあって僕をそこにんだのだろうか?気にはなるけど、他でもない栞からのたのみだった。くほかにないだろう。

 と、言うわけで僕は他の講師たちとおやっさんにことわりを入れてからシャワールームをりる。そこで、僕はあせを流した後、そのまま荷物をまとめて人工島に続く直通電車へと向かった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 直通電車にられながら、僕はかんがえる。かつて、僕と栞が初めて出会ったあの日のことを。僕が、栞に心惹こころひかれたあの日のことを……

 たとえ、どれほどの時間がぎ去っても色あせることのない、心の中で輝き続ける僕の宝物たからもの。あの日、栞が居たからこそ、僕はこうしてきることができた。家に押し入った強盗ごうとうによって、家族を失ったあの日。絶望にしずんでいた僕を救ってくれた。

 家族を失ったばかりのあの日、病院を一人飛び出して近所の公園こうえんで悲しみに暮れていたあの頃。僕はその公園で栞と出会った。絶望に、自殺じさつすら考えていた僕。そんな僕に、栞はまるでが事のように心配しんぱいしてくれた。心配して、親身に僕の話を聞いてくれた。それどころか、僕をきしめて優しく撫でて、声をかけてくれた。

 あの日のぬくもりを、僕は決してわすれない。

 それはきっと、当時自分の世界せかいこわれてしまったと思っていた僕にとって。実際に自分の中の世界が壊れてしまったであろう僕にとって、とてもあたたかく心地よい光だったのだろう。だからこそ、僕はあの日栞に心惹かれたんだ。あの日から、僕は栞のことを……

到着とうちゃくシマシタ。人工島じんこうとう、ニューオノゴロ』

 機械音声が、僕の意識を現実げんじつに引きもどした。どうやら、人工島に着いたらしく目の前には駅のホームがあった。

 僕は、ホームを出る際に改札機へ学生証がくせいしょうをかざした。学生証にめ込まれたマイクロチップが、フリーパスのわりになるのである。

 改札を出ると、そこはもう学術がくじゅつ都市としだ。その気になれば、小学校から大学までこの人工島のみで完結かんけつさせることすら可能だろう。それこそ、その気になればこの島内のみで勉学べんがくするのに都合つごうの良い環境がそろっているくらいだった。

 文字通り、ここは学生がくせいのための都市だ。徹底して、学生のための環境がそろっているのである。

 学生の、学生による、学生のための都市づくり。そこに嘘偽うそいつわりはない。それはこの学術都市の理事長が、非常に温厚おんこうで子供想いの良い人であることからもかることだった。

 学術都市、そこは……

「あれ?どうしたの、晴斗はるとくん。こんなところでめずらしいね?」

 声をかけられた。そこには、風紀委員長にして新聞部員の木場きば木之葉このはの姿が。どうやら今まで、図書館としょかんに入り浸っていたらしい。その手には、本が数冊入ったカバンがげられていた。本以外にも、教材と思われる映像ディスクが数枚入っていた。

「どうしたの、こんなところで?別に、晴斗くんは夏休みの宿題をする必要もあせって勉強をする必要もないよね?」

「うん、まあね」

「そこでにごさずに即答そくとうできるのがうらやましいね。ちくしょう」

 何をそんなにくやしがっているのだろうか?別に、僕だってそこまでほこれるほどの頭脳はもっていない。ただ、効率的こうりつてきに勉強をするために必須の範囲を絞り込んで勉強をしているだけだ。

 木場さんいわく、それがことごとくたるのがうらやましいらしいけど、僕からしたら適当に直観ちょっかんのみで正解せいかいにたどり着く木場さんのほうがうらやましい。曰く、木場さんは確率かくりつの悪魔であると生徒たちは言っている。その二つ名は、さすがに木場さんはいやがっているようだけど……

 木場さんからしたら、魔物は良いけど悪魔はいやとのことらしい。ちがいが全く分からないけど。おそらくはニュアンスの問題もんだいなのだろう。

 まあ、それはともかくだ。そろそろ僕もち合わせ場所に行こう。何時までも栞を待たせては、流石に駄目だめだろうし。

「えっと、僕は今からち合わせだよ。栞にばれているんだ」

「おや?おやおやおやあ?それは、言ってしまえば逢引あいびきですか?ん?少しおいちゃんにくわしい話をかせてもらえませんかね、ボク?」

「それは、少しどころかかなりおっさん臭いんじゃないか?風紀ふうき委員長いいんちょう

「いや、そこでに引き戻されてもこまるけど。それから、私のことは役職名ではなく木場木之葉って名前なまえがあるってこの前も言ったよね?言ったよな?ああん?」

 かってるよ。分かってるから、そんなヤクザも真っ青になるようなこわい目で睨まないでほしいな。ほら、周囲の人たちがモーセの海割うみわりのごとく引いているよ。

 周囲の人たちが、綺麗きれいに僕たちを中心ちゅうしんにして引いている。いや、息ぴったりだなお前たち。

 こんな場所で神話しんわを再現しないでほしい。

 いや、だからこわいから。もっと可愛かわいい顔で笑ってほしい。いや、本当に。

「ほら、木場さんもそんな怖い顔をしないで。女の子にあるまじきすさまじい顔をしているよ」

「いや、だれのせいよ誰の。ったく……、で?晴斗くんは人工島まで来て逢引あいびきのつもりかな?」

「いや、そんな大層たいそうなものじゃないけどさ。ないと思う」

「ん?そこのところが曖昧あいまいなのね」

「うん、まあ、呼ばれた理由りゆうも聞いていないからね」

「そう……」

そこで、かんがえ込むように木場さんはあごに手をやりうつむいてぶつぶつと呟く。一体何を考え込んでいるのだろう?

 分からないけど、それでもこの時の木場さんはたいてい真面目まじめだから、邪魔しないよう黙ってっていよう。というか、待っていないとこういう時はひどい目に会うのがお約束やくそくなのである。

 そう思っていると。

「ねえ、晴斗くん。少しい?」

「ん、何かな?」

 果たして、この時木場さんが言った言葉ことばにどんな意味いみがあったのだろう?

 それは分からないけど、きっと、それも何か意味いみがあったのだろう。

 そう、僕は思う。

「もし、晴斗くんの絶望ぜつぼうに彼女が。御門栞が一枚いちまいんでいるとしたら。晴斗くんはどうするつもり?」

 一体、この時の彼女の言葉にどんな意味があったのだろうか?

 さすがの僕も、この時判断するには事前じぜん知識ちしきりなさ過ぎた。

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