第4話《いつまでも》

初めての給料が支給された週末。私は休みを利用して買い物をしに中心市街地に来ていた。


「(予想以上に給料出たし親にケーキでも買って行こうかな? ん? あれは―――)」


 私の視線の先には影のない20代後半くらいの男性が歩いていた。

 後を付けてみるとその男性は人気ひとけのない道へ入って行った。

 周りに他の人が居ないか確認した後私はその男性に声を掛けた。


「あのっ!」

「ん? なに?」

「あなたこの世の人ではないですよね?」

「……良く分かったな。お前は一体――」

「よければ話し聞きます」

「話し?」


 私と男性は近くの公園へ向かった。

 周りに人が居ないことを確認してベンチに座って話した。

 他の人にはこの男性が見えないから私が独りで喋っているように見えてしまうからだ。


「さっきは突然すみません。私、魂願所というところでバイトをしている有宮由紀って言います。えっと魂願所とは成仏していない魂を助けるというかなんというか――えーっと、願い事を叶えます!」

「成仏するための願い事を叶えるって事か。俺は井上だ」

「井上さんはどのように亡くなったのか聞いていいですか? 無理ならいいのですが……」

「俺はただの病死だよ。まぁあの病気にしては永く生きられたから良いんだけどさ」

「そうだったんですね。なにか思い残していることがあれば手伝いますよ?」

「思い残していることか……あると言えば一つだけあるな」

「聞いても良いですか?」

「俺が入院していた病院の同じ病室に居た人に別れの言葉言えなかったって事かな」

「病室の人にお別れですか?」

「俺と同じ病気で仲良くなった女性が居たんだよ。でも俺が別の病院に転院しちまってそのまま……」

「その役目、私にやらせてください。必ずメッセージを伝えます」


 私は初めて自分から仕事を引き受けようとした。

 今まで些細なことも裕也の助けを貰っていたが今回は自分一人でやることにした。

 まぁこの仕事で一円も報酬がないだろうけど……。

 でもお金なんて関係ない。私はこの人を助けたいと思った。

 私は井上さんからメッセージを託された。

 

「それじゃよろしく頼むよ」

「はい、任せてください!」 


 私は立ち上がり病院へ行くため公園を出ようとした。

 振り返るとすでにそこには井上の姿はなかった。

 私はすぐに言われた病院へ向かった。

 そこは以前、この仕事を始める前に裕也と来た病院だった。

 受付でその女性がいる部屋を聞き病室へ向かった。

 病室に入るとそこには20代前半くらいの女性がベッドで本を読んでいた。


「こんにちは。野中さんですか?」

「そうですけどあなたは?」

「私は有宮由紀って言います。突然ですけど井上さんという男性を覚えていますか?」


 井上さんの名前を出した途端、野中さんの表情が少し変わった。

 何かを察したみたい。


「少し場所を替えましょう」

「あ、はい」


 私は野中さんと一緒にエレベーターの近くにある休憩室へ入った。


「井上さんに何かあったんですか?」

「ご存知なかったんですね。実は―――」


 私は井上さんが転移先の病院で亡くなったことを伝えた。

 野中さんは薄々知っていたらしく泣くことは無かったが少し悲しそうだった。


「そうだったんですね。井上さんはいつも明るく私より辛いはずなのにいつも楽しく話してくれたんです。たくさんの勇気を貰いました」

「信じられないと思いますが実は私、先ほど井上さんに会ったんです」

「どういうことですか?」

「私、亡くなった人が見えるんです」


 私は自分の特殊能力について色々説明をした。

 亡くなった人や意識不明で眠っている人の魂が見えることやその人たちと話したり出来ることを。


「井上さん、私の事を気にして居たんですね」

「はい。あと、井上さんからの伝言で“俺は先に行くけどお前は焦らずゆっくり来い。俺はずっと待って居るから”とのことです」

「やっぱり井上さんは私の症状の進行具合を知っていたんですね」

「ってことは野中さんも……」

「はい。医者が言うには後数週間くらいらしいです」

「あの、良ければまた来てもいいですか?」

「良いですよ」


 その日から私は野中さんに会いに行くようになった。

 学校の話しや友達の話し、魂願所で体験した出来事などを話すたびに野中さんは楽しそうに私の話しを聞いてくれた。

 笑ってくれる野中さんを見ると私も嬉しかった。

 そんな毎日がもう少し続くと思っていた。

 今日も私はいつものように病院へ向かっていた。


「(最近学校やバイトが忙しくてなかなか来られなかったなぁ)」


 病院の敷地内に入り中庭を通っているとそこに野中さんがベンチに座り青空の下、花壇の花々を眺めていた。


「(あれ? 外にいるなんて―――っ!)」


 よく見ると野中さんの影が無かった。

 私は覚悟して野中さんの所へ向かった。


「野中さんこんにちは……」

「有宮さん。お久しぶりですね」

「あの……もしかして」

「はい、昨晩急に様態が悪化しましてね。気が付いたらここに居たんですよ」

「そう……ですか……」


 私の目からは涙が零れ始めた。

 こんなに早く別れが来るなんて思いもしなかった。

 覚悟していてもとても辛い。涙が止まらなくなっていた。

 そんな私を野中さんは優しく抱擁ほうようしてくれた


「有宮さん。生前は色々お世話になりました。毎日がとても楽しかったですよ」

「そう言ってもらえて嬉しいです」


 私は涙をぬぐい野中さんの目をしっかり見た。


「さてと、あの人が待って居るので私はもう行きますね」

「井上さんに会えるといいですね」

「はいっ」


 野中さんは微笑みスッと消えた。

 中庭を出ようとした時、不思議な人を見かけた。


「(あの人、こんなに暑いのにコート着ている……)」


 そこには黒いロングコートを纏い黒いブーツのようなものを履いた背の高い男性が歩いていた。

 足元を見て見ると影が無い。

 私はその男性の後を付けた。

 話しかけようとタイミングを見計らって居た。


「(あれ? 確かこっちの方に来たと思ったんだけど……)」


 辺りを見渡したが見失ってしまった。

 成仏したとは思えない。

 どこ行ったのだろう?

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