第3話《もどれるのなら》

 天気も良く、暖かい日の休日。

 私は裕也と共に魂願所に保管してある資料を整理していると扉をノックする音が聞こえた。

 ここで働き始めてから初めての訪問者がやって来た。

 私はそっとドアを開けるとそこには一人の若い男性が一人立っていた。


「いらっしゃいませ。えっと―――」

「ここで死者の言葉が聞こえる人が居るって聞いたんですけど」

「はい、聞こえるというか見えるというか。あっ、中へどうぞ」

「失礼します」


 私は男性を案内してソファに座ってもらった。

 裕也も片づけを中断して向かいのソファに座り私もその横に座った。


「こんにちは。俺は代表の永瀬裕也です。こちらは助手の―――」

「有宮由紀です」

「俺は宮内みやうち和馬かずまです。よろしくお願いします」

「それで今日はどのような依頼ですか?」

「俺の彼女、風間かざま美鈴みすずの事なんですがちょうど1ヵ月前に事故に遭って亡くなったんです。俺、あいつに酷いこと言ってそのまま……。だから最後に謝りたくて……」


 宮内さんは涙を堪えながら何があったかを語った。

 話しによると1ヵ月ほど前、風間さんは宮内さんの物を間違えて捨ててしまいそれに対し宮内さんはつい怒ってしまったらしい。そして出て行った風間さんが直後に事故に遭ってしまったとのこと。


「1ヵ月前ってことはまだどこかに居るって事だよね?」

「49日は経ってないからまだどこかにいるとは思うけど肉体がない魂はどこにでも行けるし49日を待たずに行ってしまう場合があるんだよ。この前はたまたまあの場所に居たけど。取り敢えず事故現場に行ってみよう。宮内さん案内お願いします」

「はい」


 私たちは風間さんが事故に遭ったという交差点へ歩いて向かった。

 そこは交通量もある場所で交差点近くには新しい花が添えられていた。


「ここの横断歩道です」


 私は辺りを見渡したが影が無い人は見当たらなかった。


「見た感じ風間さんは居ないみたいですね」

「他に風間さんが良く行く場所や二人の思い出の場所とかありませんか?」

「他には―――あっ、そう言えば美鈴が良く一緒に行ったカフェがこの近くにあります」


 私たちはここから近くだというカフェへ向かった。

 そのカフェは都内では人気でここ数年で県内にも出店してきた人気店。

 休日だけあって店内は凄く混んでいた。


「凄い混んでいるね……」

「それらしき人見えるか?」

「ん~……居ないみたい」


 私たちはその後、宮内さんが思い出せる限りの場所を回った。

 近所の公園や良く歩いた道、お互いの母校、風間さんの家など行ったがどこにも居なかった。

 空には徐々に雲がかかり太陽が隠れてしまいそのため影が見えなくなっていた。

 私たちは魂願所へ向かい歩いた。


「宮内さん、もしかしたらもう風間さんは……」

「そうですか……」


 依頼も必ず全部が成功するとは限らない。

 会話が無くなり私たちはただただ歩いた。

 線路に掛かる高架橋を渡っていると綺麗な夜景が見えた。

 私は少しでも気分を上げようと二人に提案した。


「あのっ、この先にある高台にある公園に行ってみませんか? 夜景でも見て気分転換でも」

「夜景……あっ! 夜景だ!」


 宮内さんは何かを思い出したかのように突然声を上げた。


「まだ行って無いところを思い出しました。隣の市にある展望台です。美鈴が行ってみたいと言って一度だけ行ったんです」

「それじゃそこへ行ってみましょう」

「だな」

「お願いします」


 私たちは一度魂願所へ戻った。


「ねぇ裕也。今その展望台調べて見たけどそこまでのバスがもう無いみたいだよ?」

「車で行くから大丈夫だよ」

「車持っているの!?」

「あまり使わないけどこういうときのためにあるんだよ」


 魂願所の裏手にある駐車場へ行くと1台の白い軽自動車があった。

 私たちは車に乗り隣の市にある展望台へ向かった。

 車を走らせること40分程で目的の展望台に到着。

 休日は夜までやっているため入ることが出来た。

 館内を歩き階段を上がると展望台があるところへ出た。展望台はドーナッツ状になって居て一周ぐるっと回れるデザインになっていた。

 柵から市街地の方を見て見ると一面夜景が広がっていた。

 

「わぁ~! 凄く綺麗! 手ですくえそう」

「ふっ、有宮さん、美鈴と同じこと言うんですね」


 宮内さんが嬉しそうにほほ笑んだ。

 そういえば今日会ってから一度も笑顔を見せていなかった。


「あっすみません。思い出せちゃいましたか?」

「いえ、何だが元気が出てきました。ありがとうございます」

「私は何も。取り敢えず風間さんが居るか探してみます。二人ともここで待って居てください」


 私は展望台を回ってみた。

 カップルや家族などちらほら居る中、夜景を独りで眺めている女性が居た。

 よく見て見るとライトが足元を照らしているはずなのに影が無い。

 私はその女性に近付き声を掛けた。


「あの、もしかして風間美鈴さんですか?」


 すると女性は一瞬驚いた顔をして答えた。


「はい、そうですけど。あなたは一体……?」

「私は魂願所というところで助手をしている有宮由紀って言います。今日は宮内和馬さんからの依頼で風間さんを探していました」

「和馬君からですか!? ……あっ、すみませんちょっと今は会いたくないというか……会う資格なんて無いんです」


 風間さんは一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐに何か思いつめたような顔をした。

 これは何か悩みを抱えているはずだ。


「どういうことですか?」

「こんなことになっても和馬君に迷惑かけるなんて私ってバカですよね」

「そんなこと無いと思います。宮内さんは凄く後悔していましたよ。私、今まで付き合った人とか居なかったので良く分からないのですが今でも大切にしてくれているなんて素敵な彼氏さんじゃないですか」

「有宮さん……そうですよね。これ以上迷惑かけるわけにはいきませんよね。私、和馬君に会います。会いたいです!」


 風間さんは決心した。その眼には迷いは無いように思えた。

 私はすぐに裕也に連絡をして宮内さんと共に来てもらった。


「本当にそこに美鈴が居るんですか?」

「居ますよ。あなたの声は聞こえているのでそのまま話してもらって構いません」

「風間さんの言葉は私が代弁しますね」


 宮内さんは震える手を握りしめ大きく深呼吸をした。

 そして頭を深く下げた。


「美鈴、あの時は本当にごめん! 俺、仕事でイライラしていたのをお前にぶつけて最低だよな。あの時さ、告白してくれて本当は嬉しかったんだ。でも素直には慣れなくて……本当にごめん」


 風間さんは何か言いたそうに口を開くがすぐに口を噤んだ。言葉が上手く出ないみたい。

 口元が震えているのが分かる。

 目の前に好きな人が居るのに話せないなんて……。

 私も出来ることがあれば手伝ってあげたい。

 でも今は風間さんの言葉を代弁するしかない。


「有宮さん。和馬君に伝えてください。私は―――」


 すると突然強い風が吹き雲の隙間から見えた月明りが風間さんを照らした。


「えっ……見える。美鈴だ……美鈴が見える!」

 

 宮内さんからの目から涙が零れ落ちた。

 それを見た裕也も驚いていた。

 本来あり得ない事なのは裕也の反応を見なくとも何となく分かる。

 もし魂が他の人にも見える方法があるのなら最初からその方法をやっているからだ。

 

「和馬君、私ならもう大丈夫だからもう自分を責めないで」

「本当ごめん……ごめん……」

「謝らないで。最後の言葉がごめんねなんて私嫌だよ。最後くらいは笑顔で、ね?」

「そうだよな……美鈴、大好きだ。いや、愛してる」

「ありがとう。嬉しい……」


 風間さんはニコリとほほ笑んだ。その眼には月明りに照らされた涙が輝いていた。

 そして風間さんはその場から居なくなっていた。

 無事成仏出来たみたいだ。


「裕也。私、この仕事に出会えてよかったよ」

「辛いこともあるだろうけど俺たちが頑張らないとな」

「うんっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る