第17話 作られた存在

「あぁ……私はなんというヘマを……これではコヨリ様の配下失格です……」


 ルーナは先程のカレー事件を思い出し肩を落とした。先を歩くコヨリの背中は今のルーナにとっては目の毒だったようで、分かりやすいくらいにため息をつく。


「まぁそう落ち込むな。ほら、私の酒をやるからさ」

「……あぁ、私はミズキに慰められる程度のダメダメ配下ですぅ……」

「おい、それどういう意味だ?」


 ルーナはミズキから酒をひったくるとごっきゅごっきゅと飲み干した。


「あぁ!? ちょ、全部飲む奴があるか!」

「だってあなたが他人に酒を施すなんてあり得ないじゃない! そんなに私は惨めに見える!?」


 ひっく、としゃくり上げてルーナはふらふらとミズキの肩を掴む。


「うわめんどくさ」

「なによぉぉなにがめんどくさいのよぉぉ」

「酒場にいるあの手この手でセクハラしようとしてくるおっさん並みにめんどくさい」

「言ってくれるじゃないのぉ。どうせ私はコヨリ様の足を引っ張る出来損ないの愚図よぉ……うわああああん!」

「怒り上戸の次は泣き上戸か……ルーナに酒は厳禁だな」


 そう零すミズキだが、ルーナの目は空っぽになった竹製の水筒に向けられた。


「……もっと飲みたい」

「お前が飲んだから酒はもうない! くそっ……これから先、私はどう飲酒欲に耐えればいいのだ……!」


 そんな風にぎゃーすか騒ぐ配下を尻目に、コヨリは学院の廊下を早足で歩く。

 微笑ましい――と言っていいかは分からないが、そんな配下の騒がしい声を聞いてもコヨリの胸の内に巣くう不安は一向に晴れない。


 自然と歩調が早まっていくのが自分でも分かった。


「コヨリちゃん……」


 そんな異様な雰囲気を感じ取ったのか、テオが零すようにコヨリの名を呼んだ。


「何か嫌な予感がするのじゃ。言い知れぬ不安が、ずっと我の中で渦巻いておる」

「さっきの話……ネメシスと関係あると思う?」


 コヨリは耳をぴくぴくと震わせた。

 確かに学院長にばかり目を取られていたが、その可能性も多いにあり得る。


 陰謀あるところにネメシスあり。

 奴らが裏で暗躍しているとしたら――


「分からぬ。分からぬが……もしそうならなおのこと急がねばならぬな」

「だね」

「ところで、私達はどこに向かってるんです?」


 コヨリがちらと後ろに目をやると、ミズキはルーナの頭を鷲掴みにしていた。ルーナは猛獣のように「ふー、ふー」と荒い息を立てている。


「学院長のところじゃ」

「ふむ、生徒の失踪事件に何か関係がある……と」

「おそらくな。昨日はああ言ったが、やはり学院長には色々と聞かねばならん。……というか、ルーナは大丈夫なのか?」


 シャー、とミズキの腕の中で歯を立てているのを見るに、かなりダメそうだが。


「ご心配なく」


 そう言うとミズキはすぱぱぱんとルーナの頬を往復ビンタした。


「いったいわね! 何するのよ!」

「まぁ聞け」


 そしてルーナの耳元に口を寄せ何やら吹き込んでいる。ルーナの表情が驚愕に染まり、恐怖に染まり、次いで何かに奮起したように目に光が宿った。


「私はコヨリ様の一番の配下! こ、これ以上の醜態は絶対に晒しません! 私が! 一番の! 配下なので!」

「え、うん。そうじゃな……?」


 視界の端でミズキが小さく鼻で笑ったのが見えた。絶対こいつチョロいなとか思っている顔だ。人を小ばかにした邪悪な顔だ。

 まぁ大方、一番の配下にこだわっているルーナに対してそのプライドを刺激するようなことを言ったのだろう。……うん、やっぱチョロい。


 ダークミズキは見なかったことにしてコヨリが再度前を向いた時――


「あ、コヨリ」

「イヴ」


 曲がり角から現れたイヴとばったり鉢合わせた。


「みんな、こんなところで何してる? もう昼休み終わる」

「ふむ……話せば長くなるんじゃが」


 コヨリは先程二年生から聞いた話をイヴに話した。生徒が失踪しているかもしれないという話を聞いても、イヴの表情は全く変わらない。


「それで、学院長なら何か知ってるかと思ってこうして向かっているという訳じゃ」

「学院長なら、もういない」

「え?」


 コヨリの間の抜けた声が、廊下に響いた。


「もう学院から出て行った。どこに行ったかは知らない」

「なんじゃと? 昨日の今日でか」


 コヨリは、イヴの瞳をじっと見つめる。


「学院長、ふらふら遊び歩くのが趣味。きっと当分帰らない」


 イヴの表情は変わらない。何を考えているか分からない。

 普通の人ならば、そう思うだろう。


 だが、コヨリは違った。


「そうか、それは困ったのう」

「失踪者の件なら、私の方で調べておく」

「おぉ、それは有難い。やはり王立魔法師隊の隊長殿は頼りになるな」


 表面を取り繕いながら、コヨリは思案する。


 このタイミングで、都合よく学院長が不在。流石に色々と噛み合い過ぎている。

 何か裏があるに違いない。


 それは目の前にいるイヴも同様だ。

 原作にはない学院への赴任。そこに明確な理由があることは既にイヴの口から語られている。その内容までは分からないが、それは問題ではない。


 イヴが嘘をついている可能性は? ないとは言い切れない。

 イヴはメインヒロインだ。コヨリはイヴのことももちろん大好きだし、信頼している。

 だがそれは、イヴが味方になった後の話だ。


 イヴの素性を、過去を、その全てを知っているコヨリにとって今のイヴは警戒に値する。


 なぜなら彼女は――



 



「そうじゃ、イヴ。ちょうど相談したいことがあったのじゃ。ちょっと付き合ってくれんか?」

「これから、授業」

「その後でもいいぞ。今日という時間はたっぷりとあるからな」


 コヨリはイヴの肩に腕を回しながら、ちらりとルーナに目をやる。そのままアイコンタクト。優秀な彼女であれば察してくれるはず。


「なんなら我の部屋に行くか。他人にはあまり聞かれたくない話なのじゃ」

「意外。そんな風には、見えない」

「わっはっは! こう見えて我もどこにでもいる普通の狐っ娘じゃ! 担任に悩みを打ち明けることくらいある。あぁでも――」


 そこでコヨリは言葉を区切る。わざとらしくならないように、配下にだけ意図が伝わる様に。


「その前にさせてくれんか? 

「結構、ずぼらなんだね」

「ふふ、意外か?」

「想像通り」

「そこは意外だねと言っておく場面じゃぞ」

「そうなの?」


 こてんと小首を傾げるイヴ。そんな可愛らしい仕草に、コヨリは目を細めた。

 こんな可愛らしい少女が、と無意識に感じてしまう自分がいる。だがコヨリは知っている。原作を知り尽くしたコヨリは、イヴがどんな人間なのかを知っている。


 イヴが変わってしまった危険がある以上、もう悠長にはしていられない。


「お世辞くらいは使えるようにならんとなぁ。勉強できて強いだけじゃ駄目じゃぞ」

「困ったこと、ない」

「これから先、困ることになる。なんなら我が教えてやろう。相談に乗ってもらう代わりじゃ」

「別にいらない」

「不服か。じゃあ尻尾もふもふで――」

「もふもふ! もふもふがいい!」


 イヴは分かりやすいくらいにぱぁぁっと目を輝かせた。


「なら決まりじゃな。ついでにイヴが受け持つ授業も出るとしよう。我は勉強熱心なのでな」


 コヨリはイヴと共に歩き出すと、首だけを配下たちに向けた。


「という訳で我は用事が出来た。お主らは今日一日、自由にしててよいぞ。たまには休息も必要じゃ」


 コヨリとルーナの……否。ルーナだけじゃない。テオもミズキも、コヨリの言わんとするべきことは理解していた。目が、それを物語っていた。


「お任せください、コヨリ様。全身全霊を持って、休息に励みます」

「うむ、

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