第12話 これって本当に模擬戦?

「イヴ様の相手って誰なの?」

「ほらあいつだよ。入学式で大口叩いてた」

「あぁ、『ストーンゴーレムより固い男』のお師匠様って噂のちびっ子!」

「そんなに強いのかね?」

「さぁ……でも流石に相手が氷姫じゃ勝負にならないでしょ」


 いつもの訓練場は観客席がいっぱいになるほど、人で溢れ返っていた。

 突如として赴任してきたイヴと入学初日から学園乗っ取りを宣言した問題児との一戦。その注目度は凄まじく、最早全校生徒が集まっているのではと錯覚するほどだ。


「なんか凄い人じゃのう……こやつら授業はいいのか?」


 その中心にいたコヨリは嘆息気味に息をついた。一応この時間は授業中のはずだ。なのになぜこんなにも人が集まっているのか。この学院の生徒は存外に暇なのかもしれない。


「戦いを見るのも、いい訓練になる。だから集めといた」


 対面にいたイヴが無表情のままぶいっとピースを作った。


「……戦うと決めてからまだ数十分しか経っとらんぞ」

「みんな勉強熱心で感心」


 どう考えても野次馬根性丸出しなだけで訓練の一環だなんて思ってないだろう。現に生徒の中ではどっちが勝つのかなんて大胆に賭けまで行っている者もいる。

 ちなみに殆どはイヴに賭けている。ちょっとだけムカついた。


「まぁ、観客が多いに越したことはない。我の強さを全校生徒に証明するいい機会じゃからな」

「コヨリ……もしかして勝つつもり?」


 イヴが長い銀髪を揺らして、こてんと小首を傾げる。


「当然じゃ。お主がここに来た理由を知るのはもちろんのこと、我の目的のためにもな」


 不老長寿の手掛かりを得るため、コヨリは学院長と会う必要があるのだ。ここでイヴをこてんぱんにのしておけば、その噂は学院はおろかこの国全体に行き届くだろう。


 それだけイヴという少女は特別なのだ。

 王立魔法師隊の隊長にして、S級冒険者でも苦戦する白龍を一撃で屠るその実力。魔物討伐の実績は数知れず、この国に迫った数多の脅威を振り払ってきた文字通りの大英雄なのだから。


「なに、目的って」

「ふん、我に勝ったら教えてやってもよいぞ?」


 そんな壮大な目的を胸の内に隠し、コヨリは不敵な笑みを浮かべる。


「生意気な生徒には、お仕置き」

「望むところじゃ」


 その言葉を最後に、二人は背を向き合わせて距離を取る。

 再び向かい合うとコヨリもイヴも、まるで周囲の音なんか全く聞こえてないように、ただじっと互いを見つめていた。



 ***



「だ、大丈夫なんですの……あなたのお師匠様は……」


 そんな二人の様子を観客席の最前列から見守っていたのはシャーロットだ。隣にはテオ、ルーナ、ミズキのいつものメンバー。


「コヨリちゃんは強いからね。大丈夫だよ。それにこれはあくまで模擬戦だからね」

「……それにしては、随分と真剣みを帯びている気がしますけど……」


 模擬戦といえど、いや模擬戦だからこそ、実戦を想定して真剣に取り組むのは当然のことだ。

 だがそれとはまた違う、真剣な表情を浮かべた二人。シャーロットはその空気を敏感に感じ取っていた。


「まぁ、コヨリちゃんの考えてることはなんとなく分かるけどね……無茶だけはしないで欲しいなぁ……」

「コヨリ様、上手く手加減してくれればいいのだけれど」

「だな。流石に天下の王立魔法師隊隊長様に大怪我を負わせたら洒落にならないからな」

「え……?」


 シャーロットは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くする。

 三人の言っていることが、上手く理解できなかったからだ。


「な、何を言ってるんですの……? まさかあの狐っ娘が勝つとでも……?」


 氷姫イヴ。

 それは長い歴史を持つ王立魔法師隊の中でも歴代最強と謳われた大英雄だ。


 シャーロットは自分がそれなりに強いことを自負している。伊達に元入試トップではないのだ。努力だって欠かしたことはない。才能だって持ち合わせている。それは客観的事実だ。

 だが、それでもイヴの足元にも及ばない。それくらいは分かる。それだけの力の差がある。


 テオの師匠ということはかなり強いのだろうが、だからといってあの大英雄に勝てるとは到底思えなかった。


 だというのに、この3人は――


「勝つよ、師匠は」

「コヨリ様が負けるだなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないわね」

「然り。むしろ心配すべきはイヴの方だ」


 コヨリが勝利するのを全く疑っていない。まるでそれが当然であるかのように、一抹の不安も焦りも心配も、何も感じてはいないのだ。


 信じられない目で、シャーロットは訓練場に立つコヨリを見た。

 あんな小さな女の子が、大英雄に余裕で勝てるほどの力を持っているだなんて。


「まぁ見ててよ」


 テオはにこりと微笑むと、唐突にシャーロットの手を握った。


「んなっ!?」

「師匠は、僕の師匠なんだよ? 例え相手が氷姫だろうと絶対に負けないから」

「わ、分かりましたから……! まずは手を離しなさい!」


 急に真面目な顔で見つめるもんだから、シャーロットの体温は急上昇していた。

 ばっばっと手を振り払うと、小さく深呼吸をする。


(な、なんでワタクシはこんなに動揺しているのかしら……)


 テオはライバルだ。倒すべき敵だ。

 なのにどうしてこんなにも顔が熱いのか。


 こんなの、まるでテオに恋してるみたいな――


(そそそそんなわけありませんわ! こんな生意気な男、むしろこっちから願い下げよ!)


 ま、まぁ確かに? 二人で遊びに行った時は気も遣えるし女性へのエスコートもできるし、学校での雰囲気とは違うなとは思ったけど……。

 なんて誰に言い訳するでもなくぶつぶつと呟く。


「あ、もう始まるね」


 テオの言葉に顔を上げると同時に、イヴの魔力が高まっていくのが見えた。


「まずは、小手調べ」


 瞬間、イヴの上空に氷の大槍が10本出現した。一本一本がそれだけでA級の魔物なら一撃で屠れる程の魔力濃度。


(これが……小手調べ……?)


 疑問に思ったのも束の間、大槍はコヨリめがけて高速で飛来する。

 当たれば大怪我では済まない。容易く命すら刈り取れる魔法を前に、シャーロットは思わず叫んだ。


「あ、危ない!」


 反射的に体が動く。ここからでは間に合わないのに、それでもシャーロットは身を乗り出そうとして――


「大丈夫」


 それをテオが優しく止めた。


火球ファイアーボール


 コヨリはぴっと指を天に向け、轟々と燃え盛る火球を生み出す。直径5mを優に超えるそれに、シャーロットは目を奪われた。


「なんですの……これは……」


 火球ファイアーボールは精々が30cmほど、大きくても1mが限度の火属性の初歩的な魔法だ。

 確かに魔力を練れば初級魔法とはいえ威力を上げることはできる。


 だがこれは、こんな大きさの火球ファイアーボールは、見たことない。


 じりじりと焼けつくような感覚に、シャーロットは息を呑む。

 コヨリが指先をイヴに向けると巨大な火球が打ち出された。


 火球は氷の大槍を全て飲み込み、激しく音を立てて爆散する。


「わっ……」


 猛烈な突風と濛々と立ち込める白い煙。

 コヨリとイヴは少しも微動だにせず、ただただ楽しそうに笑った。


「やるのう」

「そっちこそ」


 あれだけの魔法を放っておきながら、少しも魔力切れを起こさずにお互いピンピンしている。


 シャーロットは目の前で起きた光景が信じられなかった。

 あのイヴと互角だなんて。そんな存在が、この国に、この学院にいるだなんて。


 あんな小さな、子供が。


「何者なの……あの狐っ娘は……」

「コヨリちゃんはね」


 テオは微笑む。昔を懐かしむように遠くを見つめて、目を細めた。



「最強美少女の、のじゃロリ狐っ娘だよ」



「………………あなた、もしかして馬鹿なんですの?」

「え!? なんで!?」


 なんの答えにもなってない回答にシャーロットは大きくため息をついたのだった。

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