第11話 当代の大英雄が担任の先生な件について

(どういう状況なのじゃ……これは……)


 コヨリは教室中央の一番後ろの席で、腕を組んで考える。

 前の席にはテオ、右隣がルーナ、左がミズキだ。


 そして教壇には、


「魔力というのは生命エネルギーの源。つまり命そのもの。誰しもが持っているけど魔法として使うには十分な魔力量が必要。魔力が増えれば扱える魔法の種類も威力も上がる」


 黒板に図やら文章やら書いて、普通に授業をしているイヴの姿があった。


(イヴが先生……そんなものは原作にはない話じゃ。何か裏があるのか……?)


 突然の異常事態にコヨリはうんうんと頭を悩ませる。有り得ないことが起きてる時は大体悪い出来事がセットだ。ネメシス復活とか、ミーナリアが出てくるとか、魔物が王都を襲うとか。


 だがいくら考えてもイヴは普通に授業をしているだけだし、おかしな所は何もない。いやそもそも教師として赴任してくるのが既におかしいのだが。

 大体、王立魔法師隊の業務はどうしたんだ。隊長不在でいいのか。


 コヨリは目を瞑り、むむむむと思考を巡らせる。


 すると、突然殺気を感じた。

 何かが高速で飛来する気配。


「むっ?」


 眼前に迫るそれを手で受け止める。

 チョークだった。


「居眠り、だめ」


 どうやらイヴが投げたらしい。口調は生徒を注意する先生だが、顔は無表情だ。


「コヨリ様に向けてなんて無礼な……!」

「うぉぉい! 落ち着けルーナ! 教室で刀傷沙汰はまずいぞ、落ち着くのじゃ!」


 がたりと音を立てて立ち上がった血気盛んな配下を宥めて、コヨリはぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさいなのじゃ」

「許した」


 素直に謝ると、イヴは何事もなかったかのように授業を進める。


(……今の、明らかに当たれば怪我では済まない威力だったよな……?)


 多分、全くの無防備で食らえば、頭がぱぁーんとなっていただろう。コヨリに限っては無意識下でも常時魔力を巡らしているので万が一にもそんなことにはならないが、生徒に向けて放っていいレベルじゃない。


(ますます分からん……謎は深まるばかりじゃ)


 その時、教室内にチャイムの音が鳴り響いた。


「今日はここまで。お昼挟んだら次は模擬戦演習だから、訓練場に集合。以上」


 そのまま教室を出て行こうとするイヴに、わっと生徒が群がった。


「イ、イヴ様! 私少しお聞きしたいことが――」

「お、俺も! どうしたらそこまで強くなれますか!? 何か秘訣とかあるんですか!?」

「ず、ずっと憧れでした。握手してください!」


 わらわらとクラスメイトの殆どがイヴに殺到する。物凄い人気だ。流石は当代の大英雄と言われるだけはある。


「秘訣は……毎日美味しいご飯をいっぱい食べること。後もふもふすること」

「もふ……?」


 無表情だけど、それでもイヴは律儀に生徒の質問に答えていく。

 そんな中、少し離れた位置にいた薄紫色の髪をした女生徒――シャーロットが指をもじもじと合わせながらその様子を眺めていた。


 きっ、と顔を張り詰めて口を開きかけた――かと思えば顔を赤らめて俯いてしまう。どうやら勇気が出ないらしい。


 それでも意を決して、シャーロットは一歩を踏み出す。


「イ、イヴ様!!」


 それは思いのほか大きな声で、しかもちょっと上擦っていた。

 教室中の視線がシャーロットに集まる。

 かーっと耳まで真っ赤にした彼女はもう後には引けないと言った風で、


「ワ、ワタクシもずっと憧れでした! よ、よろしければ……お昼をご一緒させてもらえないでしょうか!!」


 体をぷるぷると震わせながらそう言い放った。


「お昼……」


 イヴはじーっとシャーロットを眺める。

 顎に手をあてて逡巡すると、


「うん、いいよ」

「え、え? ほ、本当ですか!?」

「うん、でも他にも誘いたい人がいる」

「と、言いますと……?」


 瞬間、コヨリはイヴとばっちり目が合った。

 すたすたと近付いて来るイヴ。その目は既にコヨリではなく、コヨリのもふもふな尻尾へと向けられていた。


「約束。もふもふさせて?」


 変わらずの無表情。でもその瞳の奥にある期待の色は隠しきれない。

 コヨリは小さく笑った。イヴが何を考えているかはさっぱりだが、確かに約束したのだ。次に会った時に触らせると。


「よかろう。それなら中庭へ行こうかの。そこで存分にもふもふすると良い!」



 ***



 アラド学院の中庭は色とりどりの花々が咲き誇り、手入れされた芝がふわふわと心地良い素敵空間だ。貴族も入学するというのもあってその気合の入れ様は凄まじい。

 ちなみにこの辺りの園芸は元々学院長の趣味――だったのだが、帰って来ないので副学院長のテスタが代わりに業者を呼んで手入れさせているらしい。副学院長に幸あれ。


 そんな中庭でコヨリ達は学食で買ったサンドイッチを食べていた。レタスやトマト、ハムなどをふんだんに使った一品だ。ボックスに入っていてみんなで食べるには丁度いい。


「ん、これ美味しいね」

「野菜が新鮮でいいな。酒にはちょっと合わんが」

「ミズキの基準って全部お酒なんだね……。あ、ほらシャーロットさんも食べな?」

「え、えぇ……」


 シャーロットはサンドイッチを取りながらも、ちらとコヨリに目を向ける。

 正確にはコヨリの尻尾を抱き締めているイヴに、だ。


「ふぎぎぃ……羨ましいですぅ……」


 ルーナはサンドイッチをもしゃもしゃと食べながら羨ましそうにその様子を眺めていた。


「はふぅ……最高……」

「お気に召したようでなによりじゃ」

「うん、今までの人生で一番素晴らしいもふもふ」

「ふははは! そうじゃろうそうじゃろう。存分に堪能するがよい」


 イヴは尻尾に顔を埋める。それが少しだけこそばゆくて、コヨリは身をよじった。


「ぷはぁ。満足」

「イヴよ。顔に毛がついておるぞ」

「名誉の勲章」


 無表情のままえっへんと、イヴが胸を張る。

 それがどうにも可愛らしくて、コヨリは内心でにやけた。


(原作のイヴを思い出すのう。大のもふもふ好きは相変わらずじゃな)


「お主もサンドイッチ食べるか?」

「食べる。けど、先にこっち」


 イヴは側に置いてあった紙袋を開け、


「今日のお弁当」


 肉の串焼きを片手の指の間いっぱいに挟んで取り出した。30cmはある串にこれでもかというほど肉が突き刺さっている。


「え、イヴ様……それ全部食べるのですか……?」

「まだあるよ。ほら」


 イヴは両手の指の間に串焼きを装備し、胸の前でクロスさせる。どう考えても成人男性でも食べきれない量だ。小柄なイヴが持つと殊更肉の大きさが際立ってしまってちょっと可笑しい。


 イヴは串焼きに刺さった肉にかぶりつき、次々と胃の中に収めていく。フードファイターも真っ青なスピードだ。


「その小さい体によくそんなに入るのう」

「今朝狩ったばかりだから新鮮で美味しい。いくらでもいける」


 まさかの自分で獲ってきた食材らしい。野生児か。


「うっ……見てるだけで胸焼けしてきましたわ……」

「ぼ、僕も……」


 イヴは口を抑えるテオとシャーロットに、「ちっちっち」と全く抑揚のない声で空になった串を振った。


「食べないと、強くなれない。強くなりたいなら、食べる。これ真理」

「「――ッ!!」」


 なんかそれっぽいことをのたまうイヴに二人はハッとした表情を見せた。


「イヴ様の強さの秘密は、やはりそこにあるのですね……! な、ならワタクシだって……!」

「そうか。食は命の源。つまり食べることで魔力を増強させているんだ。まさにこれは、食事を通した修行……!」


 テオとシャーロットはほぼ同時にサンドイッチに手を伸ばす。むしゃむしゃむしゃと凄い勢いでかぶりつき始めた。


「なんかあの二人、似た者同士ですね」

「身の回りの人間は自分と近しいタイプが集まると言うし、まさに、だな」

「待てミズキ。それだと我らがあの阿呆と同じになってしまう」

「むっ、確かにそうですね。これは失敬」


 あんな単純脳筋修行バカと同等だと思われたら敵わない。

 見てほしい。あの光景を。

 どちらも口に詰め込み過ぎて喉に詰まらせたのか胸を叩いているではないか。あれと同じ? まさかまさかそんな訳がない。


(さて……茶番はこれくらいにして、そろそろ本題に入るかのう)


「イヴよ。お主に聞きたいことがある」

「ん、なに?」


 もう殆どの串焼きを平らげたイヴが、こてんと小首を傾げた。


「お主がこの学院に来た本当の理由はなんじゃ? まさかただ担任代理として来たわけじゃあるまい」


 コヨリは真っ向から核心に触れる。小細工は無用。探りを入れたりなんかせずに、直接イヴに問いただすというド直球勝負。


 なんの理由もなしにイヴが学院に来る訳がない。王立魔法師隊の仕事があるのにそれを無視してまで来た理由が、必ずあるはずだ。


 イヴは真っ直ぐにコヨリを見つめる。

 他の皆もその纏う空気の変化に気付いていた。辺りを静けさが漂う。


「うん、理由は別にある。でも教えられない。どうしても教えてほしいなら――」


 イヴは表情を変えない。ただただ真っ直ぐにコヨリを見つめる。


「この後の模擬戦で、私に勝てたら教えてあげてもいいよ」


 それはコヨリに対する挑戦状だ。

 思わず、コヨリは口角を上げた。


「ほう、望むところじゃ。約束は守るんじゃぞ?」

「もちろん。勝てたら、だけどね」

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