第27話 バカ弟子を止めるのは師匠の役目

「殺してくれ……じゃと……?」


 テオはぎこちなく剣を構える。動かない体を無理矢理に操作されてるみたいに。


「僕、は……みんなを、傷付けたくない……だから……」


 震える手で剣先をコヨリに向けるテオ。一筋の涙が、ぴちゃりと地面を濡らした。


「だから僕を、殺してくれ」


 テオは必死に抗っていた。

 ネメシスによる精神汚染がコヨリの攻撃によって一時的に薄れた今、テオは自らの意志を伝えようとしている。

 心優しきテオにとって、闘争本能のままに戦いを続ける獣になることなんて到底許せることではないだろう。だからこその、願い。


 だが――


「ふ、ざけるな……!」


 そんなものはクソくらえ、だ。


「そんなもの、我は認めん。そんなクソシナリオなんざ、まっぴら御免じゃ……!」


 この世界は、ハッピーエンドでなければならない。

 ハッピーエンド以外認められない。

 誰かが死ぬなんてことは、あってはならないのだ。


 コヨリは力を振り絞り、立ち上がろうとする。

 だが、魔力は完全に底をついていた。手にも足にも、全く力が入らない。


 なんとか四つん這いの状態まで持って行くも、それ以上体を起こすことができなかった。コヨリは力尽きたように、地面に崩れ落ちる。


「「コヨリ様!」」

「くっそ……テオめ……あの阿呆を、一発殴らせろっ……!」


 コヨリはキッとテオを睨むも、その視界がどんどんと狭窄していることに気付いた。


(まずい……意識が……)


 魔力欠乏の状態で無理矢理に体を動かそうとした反動だろう。視界が徐々に黒く狭まっていき、音も遠くなっていく。


「コヨリ様」


 微かに、声が聞こえた。

 目だけを向けると、そこには優しい表情で微笑むルーナの姿が――


「テオを止められるのは、コヨリ様だけです。ですから、今はゆっくり休んでください」


 ふわりと、ルーナの手がコヨリの頭を撫でる。


「私の魔力を、コヨリ様にお返しします」

「ルー……ナ……」


 心地良い温もりに包まれながら、コヨリは意識を手放した。



 ***



「師匠。師匠……? どうしたんですか、ぼーっとしちゃって」

「んぇ……? テオ……?」


 コヨリが目を開けると、目の前にテオがいた。

 赤毛赤目だけど、雰囲気はいつものテオに戻っている。


「なんですか、その幽霊を見たような顔は」

「いや、だってお主……」

「テオは最近ちょっと頑張り過ぎなんじゃないかって、コヨリは言ってるのよ。だってほら、クマとか酷いよ? 本当に幽霊みたい」


 驚いて、コヨリは目を見開いた。

 テオの隣にいたのは、ルーナだ。しかし、どうにも雰囲気が違う。ルーナはコヨリを呼び捨てにはしない。

 呼び捨てにするのは、原作での間柄だけだ。


「寝不足か? それは良くないぞ。寝る前にちゃんと深酒しないと」

「それで寝れるの、ミズキだけ。それより、もふもふに包まれた方が良い。具体的には、コヨリを抱き枕にするのおすすめ」


 ルーナだけじゃない。そこにはミズキも、イヴもいた。

 よく見れば、空には太陽が燦々と輝き、気持ちのいい風が野原に流れている。


(なるほど、これは夢か……)


 原作『スペルギア』での彼らのやり取り。そのワンシーン。

 前世で見た光景が、今、目の前に広がっている。


「確かに寝不足かもだけど、それはみんなも同じでしょ」

「私は30分で十分だから問題ないもーん」

「こういう時はルーナの体質が羨ましいな」

「私、10時間は寝たい。今も眠い」

「イヴもコヨリもほんと、よく寝るよね」


 流れる日常。コヨリは自然と笑みを零していた。


「師匠、なんか嬉しそうですね。良いことでもありました?」

「いや、大したことじゃない。ただ……こういうの良いなぁって思っただけじゃよ」

「なんですか、それ。変な師匠」


 これは理想だ。

 コヨリが求める、理想。冒険を楽しみ、笑い、約束されたハッピーエンドへと向かう彼らは、前世でコヨリが好きだった姿そのままだ。


 だが、現実は違う。

 テオはネメシスにより苦しみ、コヨリに殺してくれと願うほどに追い詰められている。


(ハッピーエンドにならねばならんのは、ヒロインだけではない。主人公もじゃ)


 コヨリは足を止める。すると、まるで肉体と魂が分離するかのように、はそのままテオ達と共に歩いて行った。

 その背中を、コヨリはじっと見つめる。


「コヨリ様」


 気付けば、隣にはルーナがいた。


「参りましょう。この世の不条理を壊しに」

「あぁ、そうじゃな」


 差し伸ばされた手に、コヨリは自らの手を重ねる。

 途端、世界は光に包まれた。



 ***



 『コヨリ様に魔力を返すわ。ミズキ、それまでどうにか時間を稼いで』


 あれからどれくらい経っただろうか。1分か、2分か、それ以上か。


「はぁ……はぁ……」

「くそっ、くそっ……体が、言うことを聞かない……! 止まれ、止まってくれ……!」


 ミズキはただひたすらにテオの猛攻を躱し続けていた。

 一撃でも食らえば致命傷は避けれない攻撃を、ただひたすらに躱し続ける。脳と体が悲鳴を上げ、徐々に思考と動きが鈍くなるのが分かった。


 だが、不安はない。

 コヨリならば、必ずやこの状況を打破してくれるという絶対の信頼と仲間からこの場を任されたという使命感が、ミズキを奮い立たせていた。


「テオ、と言ったか。心配はいらない。すぐにコヨリ様が、お前を救ってくれる」

「コヨリ、ちゃん……早く僕を、殺し――ぐっ……」


 テオが突然、頭を抑えて苦しみ出した。同時に溢れ出る禍々しい魔力。

 テオの顔付きが、変わった。


「僕は、死ねない。強くなるために……」


 その魔力が剣に集中していくのが、ミズキにもはっきりと見て取れた。


 今まで以上の一撃が来る。

 おそらくあの魔力量だと相当な威力と攻撃範囲だろう。避けることは難しい。いや、そもそも避けるという選択肢はない。

 だって後ろには、大切な主と仲間がいるのだから。


「ふぅぅ……」


 ミズキは精神を集中させる。乱れた呼吸を整え、霞がかった脳内を晴らす。


(コヨリ様は不条理を打ち破るお方。その配下である私が、同じことをできなくてどうする……!)


 ここで自分を超える。でなければ、二人を守れない。


 テオが剣を構え、


「死……ね……ぇぇ!」


 ミズキに迫る。


「こんな所で死ぬ訳にはいかない。私は、私はコヨリ様の、剣なのだから!」


 ミズキは己の刀に魔力を纏わす。刀が、まるで雷を帯びたみたいに僅かに放電していた。そのまま迷うことなくテオに向けて刃を振るう。


 キィィン、と音を立てて――

 テオの剣とミズキの刀が一瞬、鍔迫り合いのように重なった。


「ふっ……!」


 かと思えば、ミズキは刀を返しテオの剣を外側へと受け流すと、そのまま下から上へと刀を跳ね上げ――

 テオの剣を、弾き飛ばした。


「なっ……」


 テオは呆然と己の手のひらを見つめる。そこに剣はない。

 遠くでからん、と音が鳴った。


「私とお前の勝負は、ここでお預けのようだ」


 ミズキは刀を鞘に納め、テオに背中を向ける。


「あぁ、そう言えばまだ名乗ってなかったな。私の名はミズキ。コヨリ様の忠実なる僕だ。覚えておけ」


 そう言ってミズキはテオから離れ、


「よくやった。ルーナ、ミズキ。後は我に任せるのじゃ」


 ルーナと共に、こうべを垂れたのだった。



 ***



「コヨリ、ちゃん……」

「待たせたな、テオ。いい加減そろそろ終わりにしよう。良い子は寝る時間じゃ」


 コヨリから立ち昇る魔力は、今までのがお遊びだったと思えるほどに圧倒的だった。部屋中がコヨリの魔力で満ち、壁が、地面が、天井が、その圧に耐え切れずぴきぴきとひび割れて行く。


 ゆらゆらと4を揺らめかせながら、コヨリはテオに指を差した。


「よいか、テオ。次また殺してくれ、とかなんとか言ったら今度こそ本当に絶交じゃ。いや、我らは友達ではなかったな。だからそう……破門じゃ。次言ったら破門にする。分かったか、このバカ弟子が」

「……師……匠、がっ……ぐぅぅ……!」


 テオの魔力が、その身から激しく吹き荒れる。

 コヨリの魔力とテオの魔力がせめぎ合い、地響きが起こる。


「避……けて、師匠……!」


 テオの魔力がその手に集まり、剣の形を成していく。邪悪を具現化したような赤黒い禍々しい剣だ。

 到底テオに似合うような代物じゃあないなと、コヨリは思った。


「森で会ったのと訓練場と、これで3回目かのう。この魔法をお主に向けるのは」


 コヨリは右手を頭上に掲げる。小さな火の玉が空中に現れた。火の玉はどんどんと膨れ上がり、その激しさを増していく。

 それはまさしく灼熱の太陽だ。全てを燃やし尽くす炎獄の焔。

 煌々と光り輝く火球は万物を滅する破壊の象徴でもあり――


 テオを救う、希望の光でもあった。


「我を信じろ、テオ」

「あ、あぁぁ、ああああああああああ!!!」


 テオの剣から、魔力を帯びた斬撃が繰り出される。超大な飛ぶ斬撃はコヨリもルーナもミズキも、この場にいる全てを切り裂かんと飛来する。


 コヨリは、その手をテオに向かって振り下ろした。


火球ファイアーボール


 太陽の如き火球が、剣から放たれる禍々しい魔力波を、容易く呑み込んだ。


 着弾、爆発、閃光。

 轟々と吹き荒れる爆風と、立っていられない程の揺れ。ともすればこの部屋自体が崩れてしまうのではという程の衝撃と威力の中――


 テオはなすすべもなく、倒れ伏していた。

 その真っ赤な髪と目が徐々に黒へと染まっていき、赤黒い魔力も霧散していく。


 コヨリはテオの元まで近付くと、


「第3ラウンドも、どうやら我の勝ちのようじゃな。テオ」


 そう言って、テオの頭をさらりと撫でたのだった。



 ***



 ルーナによってその場で治療されたテオは、程なくして目を覚ました。


「あ、れ……僕、は……」

「もう心配いらんぞ。お主の中にあったネメシスの魔力は取り除いた」


 テオはそれを聞いて、安堵と共に力なく笑う。


「そっか……また助けられちゃったね」

「気にするな。困っている弟子を助けるのも師匠の役目じゃからな」

「あはは、まだ破門されてなかったんだね」

「どうやらお主には、まだまだ教えねばならぬことがあるようじゃからな。仕方なく、じゃ」


 コヨリとテオはくつくつと笑う。


「コヨリちゃん、改めてお願いがあるんだ」

「なんじゃ」


 テオは天井を見上げ、その手を宙に向けて伸ばした。


「僕は、ネメシスを止めたい。僕のご先祖様を、このまま放って置いたらきっと世界は大変なことになる。……でも、そのためには強さが必要だ。もっともっと圧倒的な力が」


 ぎゅっと、その手が強く握り締められる。


「だからコヨリちゃん――いや、師匠。僕も師匠の仲間に入れてほしい。それが強くなるための一番の方法だと思うから」

「ふっ、仕方ないのう。そこまで言うなら特別に……………………ん? ちょっと待て、今なんと言った?」


 今、凄いワードが聞こえた気がする。

 コヨリがずっと望んていた、あの言葉が。


「え? 強くなるための一番の方法って――」

「違うその前じゃ!」

「仲間に入れてほしい……?」

「仲間!!」


 コヨリの顔が、ぱぁぁっと華やいだ。


「そうか仲間か! そうじゃろな、やっぱ仲間になりたいよな! それが普通よな! 流石はテオじゃ、分かっておるのう!!」


 コヨリはテオの肩をばんばんと叩く。


(仲間! あぁなんて良い響きなんじゃろうか。配下なんかよりよっぽど良い響きじゃな!!)


 なぜかコヨリの周りには自分を崇め奉る配下が増えてしまったが、本来は仲間が欲しかったのだ。配下でも家臣でもなくて。


「いたっ……ちょっと師匠、痛い」

「わはははは! 仲間なら大歓迎じゃぞ! わははははは!」

「ちょ、ちょっとテオ! 仲間だなんてそんな不敬よ! 弟子を名乗るならそれ相応の態度と立場というものが……!」

「え、そうなの? ……でも確かに教えを乞う身だし……じゃあ配下で――」

「だああああ! ルーナ、余計なことを言うな! 仲間でいいんじゃ仲間で!」

「コヨリ様、それよりも一度戻りませんか? 酒が切れてしまった」

「お、おぉう……ブレないのう、お主……」


 ルーナとミズキが、テオに肩を貸して立ち上がらせる。ルーナはまだぶつくさとテオに説教まがいのことを言っているが、それがなんだかいつもの日常が戻って来たようで、コヨリは顔を綻ばした。


 仲間とか配下とか、ネメシスについての対応とか、その辺はまた後で考えよう。

 とにかく、当座の危機は去ったのだから。


 コヨリはぐーっと伸びをすると、腰に手を当てた。


「よし、帰るまでが遠足というからな。もうひと踏ん張り、気を引き締めて行くぞ」


 そうしてコヨリ達は歩き出す。楽しげに笑いながら、さっき見たあの夢の中みたいに――

 日常という名のハッピーエンドに向かって。

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