メンヘラだけど幸せになってもいいですか?

桜観七春

第1話 隣の席の白雪姫

 四月の春頃。それは出会いの季節。

 俺は盛大に咲き乱れる桜並木の下を歩いていた。

 桜吹雪が生徒達を追い越すように校門を吹き抜けていく。

 俺は今日からここ、桜ケ丘第一高校に入学する。

 俺の家からここまではバスで大体三十分くらいかかる。

 そしてこの高校の偏差値は普通……コメントのしようがないくらいに普通だ。

 多少なり理由があって地元から離れたところに行きたかったのが、勉強はそこそこできる程度でしかないので何となくこの高校を選んだというだけだ。

 学校生活……もっと希望に満ちた言い方をすれば青春と呼ばれるモノ。そこに期待するものと言えば、友達、恋愛、勉強……いや、これはやりたくないな、部活……これもする気はないな。……あれ、思ったよりも少ないな。

 まあ基本的に俺は人間関係を大切にしたいタイプなので、それ以外はどうでもいいという思考になるのは仕方がない。

 そんなことを考えながら、俺は満開の桜の下を潜り抜けて行くのだった。


         *


 教室に入ると既にクラスの人数の半分くらいがいた。

 近くの席の人と中学校はどこかとか一年間よろしくなどと話す高校生活の始まりとも言えるイベントが行われていた。俺は特に人と話すのに嫌悪感があるという訳ではないので、素直にそのイベントに混ざりたいと思った。

 自分の席に着くと俺は後ろの席に座っている男子に話しかけてみることにした。

「初めまして、一年間よろしくな。名前は何ていうんだ?」

「ああよろしくな。俺は〇〇っていうんだ」(当然こいつにもしっかりと名前があるのだが、後に起こる出来事のせいですっかり忘れてしまっていた)

「そうか、俺は西寺怜一にしでられいいち。そういえば中学校どこ出身?」

 ……などと、こんな感じにさっき言ったような定番の会話をしていた。

 ——そしてしばらくすると、教室に一人の少女が入ってきた。

 彼女は特徴的な白雪色の長髪に透き通るような肌色。そして綺麗な瞳をしていて、何より途轍もなく美しい容姿だった。クラスの男子だけでなく、女子までもが彼女の姿に目を奪われていた。

 だがそれ以上に驚くべきことがあった。

 なんと彼女は、俺の隣の席に座ってきたのである。

「初めまして!今日からよろしくね!君の名前聞いてもいいかな?」

「ああ、えっと、その、俺は西寺怜一。それで、君の名前は?」

 やばい、目の前にいる彼女があまりに可愛かったので、俺は思わずキョドってしまった。もちろん健全な男子としては、普通の反応なのだが。

「いい名前だね!それなら、呼び方は西寺くんでいいかな。あ、私の名前も教えないとだね。私の名前は白雪桃香しらゆきとうかだよ」

 周りの視線が痛い……。

 いや、可愛い女子と話している奴に嫉妬する気持ちは分らんでもないが、勘弁して欲しいものである。

「西寺くんはさ、何か趣味とかある?」

 白雪さんは周りの視線に気づいていないらしく、このまま会話を続けるつもりらしい。

 とはいえ、こんな状況今に始まったことではない……か。

 俺はそのまま会話を続けることにした。

「うーん、読書とかゲームだな。あと運動とかも少しやってる。割と多趣味な方だと思うぞ」

「そっか、私も読書は好きだよ。あとは……食べる事とかも好きかな」

 そういう彼女は少し照れたような顔をしていた。

 うん、やはり可愛いな。

 誤解を生まぬよう言っておくが、俺は彼女に惚れたというわけではない。

 ……今の俺にはとても恋愛なんて出来る訳もないのだから。

「白雪さんも読書好きなんだ。確かに、読書はいいよな。ふと現実から逃げたくなったときに、本を通して現実とは違う体験を味わうことができる」

「うん、すごく分かるよ、その気持ち。私もそういう時あるし」

「なんかしんみりしちゃったし、他の話するか」

 初対面の相手だと、もう少し軽い話題の方がよかったかもしれないな。

「そうだね」

「そういえば、何で最初に話しかけたのが俺だったの?普通は女子のところに行くとかじゃないのか?」

「まあ、私割と男女関係なく話せるタイプだから、とりあえず隣の席の西寺くんに話しかけてみようと思ってね。西寺くんは話すの得意な方?」

「そんな得意ってほど得意じゃないが、人並みレベルでは話せると思うぞ」

「なるほどね。あとは、そうだなー……中学校のとき部活何かやってた?」

「俺はバスケ部だったな」

「そうなんだ、すごいね。大会とかも出たりしたの?」

「出たといえば出たな。一回戦で負けたけど」

「あっ……そうなんだ。何かごめんね」

「別に気にしなくていいぞ。そもそも俺は部活がそんなに好きという訳じゃなかったからな」

「え、何かあったの?」

「ただ単にチームスポーツが合わなかっただけだ。逆に白雪さんは何か部活やってたのか?」

「私はバレーボール部だったよ」

「へぇー、バレーボール部か。俺あまりバレーボールやったことないんだよな。……それだと、高校でもバレーボールを続けるつもりなのか?」

「うん、そうするつもりだよ。西寺くんもバスケ続けるの?」

「俺は続ける気はないな。というか、部活も入るつもりはないぞ」

「あれ、そうなの?何で入らないの?」

「いや、別にこれといった理由はない。強いて言うなら、しばらくはテキトーに生きるつもりってだけだ」

「そっか……何か西寺くんって、少し変わってるね」彼女にそう言われてしまう。

「お、それだけ俺が魅力的に見えるってことか?」

 

 俺が俺が軽口を叩いたタイミングで教室の扉が開き、担任教師と思われる中年の男が入ってきた。

 そしてホームルームが始まったのだが、俺はこういうとき、真面目に話を聞くような人間じゃない。

 入学初日ということで諸々の説明があったというのもあるのだが、話があまりにも長すぎる。

 眠くなってきたな……俺が先生の話を聞くのが苦手な理由は、シンプルに眠くなるからだ。

 こういうときは姿勢を保ったまま目を閉じるに限るな。

 最悪寝落ちしても、話の内容は後で誰かに教えてもらえばいいだろう。

 そうしているうちに先生の話は終わり、授業前の十分休みとなった。

 どうにか寝落ちはしなかったか。

 朦朧とする意識のまま、隣の席に目をやると白雪さんはたくさんのクラスメイトに囲まれていた。

 もし俺が同じ状況にあったら、とてもじゃないがうまく話せないだろう。

 しかし、彼女はみんなと分け隔てなく明るく話している。

 どうやら男女関係なく話せるという話は本当らしかった。


         *


 ——気づけば、高校に入学してから一週間くらいが経過していた。

 今の感想としては、勉強が少し難しくなったなくらいのものである。友達も普通にできて、まさに平凡な高校生活を送っているという感じだった。

 もちろん楽しいとは思っているが……ただ、少し味気ないなと思う気持ちもある。

 まあ、今までの事を考えるのなら、これはこれで仕方がないのかもしれない。

 そういえば、既に何組かカップルができたらしいという話がちらほらと聞こえてくることがあった。あくまで噂に過ぎないので事実かどうかは知らないのだが。それに、もし本当だったところで、ませている奴もいるんだなくらいにしか思わない。

 まあ、前の俺なら、これについてはどの口が言ってんだよと言われてしまうのだろうけどさ。

 ちなみに今は放課後で、俺はこれから図書室へと向かうところだった。

 毎日放課後に図書室に寄って、適当に本を読み漁って帰るというのが俺の日課になっていた。

 友達はみんな部活をしているため、放課後は必然的に一人になる。

 部活がない日などは一緒に帰ることもあるが、大抵は今日みたいな感じだった。

 ——そしてそれは、今日俺が図書室へと足を運んでいる途中の出来事だった。

「頼む、もう限界なんだ!俺と別れてくれ!」と、どこからかそんな声が聞こえてきた。

「何でそんなこと言うの?!私はこんなにもあなたのこと愛しているのに?」

「そういうところだ。重すぎるんだよ……お前の愛は」

 そこにいるのは知らない男子生徒と……白雪さんだった。

 見た感じ、どうやら修羅場と呼べるような状況らしい。

 本当は良くないのだろうが、俺はこの状況を最後まで見たくなったので、身を隠して状況を観察することにした。

「嫌だ!私別れたくないよ!あなたとずっと一緒にいたいよ!嫌なところがあるなら言ってよ、直すから!」

「だからそういうところなんだよ!とにかく、俺とはもう関わらないでくれ!」

「ねえ、待ってよ!本当はそんなこと言いたくないんだよね!何か理由があるんだよね!」

「そんなわけねぇだろ!……俺はもう行くからな。二度と付きまとってくるんじゃねぇぞ」

 男はそう言うと、白雪さんに背を向けて歩き始めた。

「ねぇ!ねぇ!待ってよ!」

 彼女は声をあげながら、男の腕を掴んだ。

「ひっ、は、離せ!気持ち悪いんだよ!お前」

 男は白雪さんの手を振りほどくと、どこかへ走り去っていった。

「…………」彼女の沈黙だけが残っていた。




 こういうとき、本来なら泣き叫ぶのが普通なのだろう。

 けど、私はもう、流せるような涙なんてなくなってしまったのかもしれない。

 ……これで何回目だろうか。

 私は、付き合ったことだけなら何回もある。

 ……だけど、一度も長続きした試しがない。

 なぜこうなるのだろうか……いや、理由なんて分かっている。

 おそらく私は、依存体質という奴なのだろう。

 それも、かなりの極度の。

 もっとも、原因が分かっているところで、治るなんて思えない。

 そもそもとして、治そうとする気が起きるわけでもない。

 ……だから、私は、この愛に飢えた気持ちを抱えて、一人で生きていくしかないのだろうか。

 そんなとき、どこからか視線を感じる事に気づいた。

 「誰かいるのっ!?」

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