第35話 姫が消えた ⑥ 蓬々の家の璃音姫Side 

 私はあれから袂には、青い護符だけでなく、睡眠薬を塗った針を忍ばせている。悪い奴に命の危険を感じるようなことをされそうになったら、それを打って逃げるのだ。護身術だ。


 花蓮は割れた護符を花模様の美しい刺繍の施された巾着に入れて、持ち歩いてくれている。


 この前の突き落とし事件の時も、結局は護符が花蓮に直前に知らせてくれたようだった。私に酷い危害が加えられそうになると、割れた護符でも花蓮に危険を知らせてくれる力が残っているようだ。



 それにしてもね……。



 花蓮が赤い竜を呼び覚ましたのは、今までで合計3回で、そのいずれも、私が危機的状況に陥った時だったという事実が、私の胸を熱くする。



 これは、惚れた側としては最高のことだ。

 胸の奥が熱くなる。涙が自然に込み上げて、じんわりとした温かさが体を満たす。


 なんて、嬉しいことなの。

 花蓮は、私を救うためだけに、毎回痺れるほど格好良い煌めく竜を召喚してくれたのよ。


 これは、私たちが結ばれることのない運命だとしても、私にはとてつもなく意味のあることだ。


 私の自尊心を回復させるのに力をくれた。


 花蓮が最初に竜使いの力を発揮したのは、私たちがまだ子供だった頃の7年前だ。ずっと花蓮が赤い竜を出したのだろうと思っていたが、確信が持てなかった。



 だが、今は断言できる。

 煌めく赤い竜は花蓮が召喚したのだ。

 そしと、その花蓮が国宝級の凄い力を発揮したのは、今のところ、私を救う時だけなのだ。

 

 なんて、私は幸せなんだろう……。



 私の最愛の人である花蓮は、親友の妃になった。

 花蓮は鷹宮にぞっこんのようだ。


 だから、私の恋心は永久に叶わないのは知っている。私の恋する人は、私の一番の親友の妃になったのだから。



 鷹宮には告げている。

 私はいずれかの妃にはなる。だが、鷹宮の親友役として生きるし、花蓮をそばで見守って支えられるなら、これほどの幸せはない、と。



「梅香は初めてなのに洗濯がうまいわぁ、黙々と手を動かしているわ」

「あんたが喋りすぎなのよっ!」


「いや、そんなこと言わないでよ。うちの夜々の今世最高美女は、最高に綺麗好きで、洗濯をもはや愛しているのよ。だけど噂話も大好きなのよ。ここで私が仕入れた噂話を楽しんでいるのよ」


「あんた、噂話まで姫様に話しているの?だったら、私たち、今までのように洗濯中に迂闊なことが言えなくなるじゃない?」

「話すべきじゃないことは話していませんからっ!」

「絶対よ!?」

「もちろんよ」



 私は心の中で意外に思って、微笑んだ。夜々の今世最高美女は噂話が好きらしい。



 あぁ……。



 そして不意に悟った。


 私は意外と楽しく前宮でもやれているんだな。

 


 

 完璧でなくても、前に進める道はあるようだ。


 恋に破れて気持ちがくさった時は絶望にかられたが、私は恋する人に3回守られた。特別にだ。



 そのことが、私の心を今日の晴れた空のように澄み渡らせていた。


 さあ、洗うのを仕上げたら、慈丹と一緒にお日様の光に当てるために洗濯物を干そう。


 

 もうすぐ春の桜が咲く。

 美しい春が訪れようとしているが、一足先に、私の心は穏やかで美しい花のような思いで満たされた。



 完璧でなくたって、幸せになれそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る