第34話 姫が消えた ⑤ 蓬々の家の璃音姫Side
「本当に
もっと慈丹のために良い薬を手に入れなければ……。宮廷の薬師局にあとで行こう。
「ほら、こうすれば姫だと分からないでしょ?」
粗末な侍女の衣装に着替えた私は、さらに髪の毛も引っ詰めた。
お化粧も最小限にして(美梨の君とは違う人相にはしたけれど)、肌が綺麗過ぎないようにそばかすを描いたり、ほくろを描いたりして顔に色々施した。
つまり、肌が多少汚く見える努力をした。
「確かに蓬々の家の
慈丹は背の低い背を一層
「ね、一緒に洗濯場に行かせて。お願いっ!私は暇なのよ。変わったことをしないと、余計なことを考えてしまいそうなのよ」
慈丹は不安そうに私を見つめてから、仕方ないとため息をついて、頷いてくれた。
私と慈丹は梅の花が咲き誇る庭のはずれを歩いて、洗濯場に向かった。まだ肌寒い季節なのだから、洗濯は大変な仕事だ。だが、前宮の洗濯場にはお湯も準備されていると聞く。
洗濯をしに洗い場に向かう侍女のふりをした私は、洗い桶に自分のものを詰め込んでウキウキとした足取りだった。洗濯は何度かやったことがある。だが、前宮に来てからは一度もない。
もうすぐ春の桜が美しく咲き誇り、満開になるだろう。
その頃には、第二の妃が選ばれるかもしれないと、期待に満ちた話題で持ちきりになっているらしい洗濯場は、前宮の噂話を仕入れるのにはもってこいの場なのだ。
気持ちがくさくさして街に出た挙句に、迂闊に敵に隙を与えてしまったことを私は強く後悔してしていた。
あれは、完全な失敗だ。
あの事件のあと、御咲の西側の
赤い竜は伝説上の話である、と。
東の
例の砂漠で囚われた者たちは、厳しい監視の元に宮中の奥深い所で畑仕事をさせられていた。
いずれ羅国にバレるにしても、今は鷹宮の結婚を邪魔されたくないというのが、皇帝の意向だったのだ。
皇帝だけでなく、御咲の各家々も羅国にはたっぷりと釘を刺したらしい。
薬を鷹宮に盛って無理やり既成事実を作らせるという悪しき計画に、西一番の大金持ちの夜々の家の
艶やかな髪。
透き通るような肌。
黒目がちの美しい瞳。
ぽってりとした唇。
今世最高美女と誉高く気位の高い
鷹宮の妃選抜の儀で1位の姫なのだ。彼女は本気で鷹宮に惚れているのだ。純粋に鷹宮に一途に惚れている気位の高い今世最高美女は、猛烈に怒った挙句、夜々の家から厳しい制裁を加えるために、羅国に貿易を打ち切ると警告した。
それを見た他の家も次々に、羅国に厳重注意を行なったと聞く。羅国は赤い竜などいないと戒められた。
無謀で浅はかで、御咲の皇子をみくびるような計画が露呈した羅国は、御咲の各家々によって経済的な打撃を与えられそうだと見ると、大慌てて謝罪を申し入れしてきたようだ。
遠くで春の鳥が気持ちよく鳴いている。
今日の日差しも暖かく、うっすらと湯気の漂う洗濯場はぬくぬくと感じられ、私は無心で洗濯棒を振っていた。
洗濯場では、今日も賑やかに下っ端の侍女たちが噂話に興じているが、それですら心地よく感じる。
「うちの姫さぁ、もうだめだねっ」
「何がさぁ?」
お国言葉の混じる彼女たちは、大体が非常に若い。慈丹のように16歳の者を中心として、15歳から20代までの侍女が集まっている。監督のような老女も来ているが、そういった老女は働かず、ただひたすらに洗濯の状況を見たり、洗い方の助言をするくらいだ。老女も噂話には時折参加していた。
「鷹宮様がめっぽう好き過ぎて、神頼みを始めてさ」
「ほう?」
「お国の旦那様に文を送って、ご利益のある寺に寄付したり、ご祈祷をお願いしてくれって」
「それはみんなやっているわよ?」
「あぁ、うちもそう言えば、とっくにやってた」
「鷹宮様命だから。姫さまたちは」
「いや?あんなお綺麗な顔を拝めるなら、誰だって夢中になるわよ?」
「私だって、このままうちの姫様が後宮入りしてくれたら、ときどきは鷹宮様のお顔を拝める。そう考えると嬉しいわ」
「でもさ、済々の花蓮さまのところは、小袖さん1人で洗濯も何もかもなさっていたわよね?」
「あぁ、そうさね。姫様1人ぐらいならって言ってたね」
「昌俊さんは、洗濯物は済々の家でやってもらっていたからね」
「うんうん。姫様と小袖さん分ぐらいだったら、確かに1人でもできるかもしれないわ」
「一番身軽なお姫様だったのに、一番偉いところに行ったさねぇ」
「しっかし、あのお方はすごい方だったわ」
「あ、それ、敵がおるかもしれんから、秘密にしなきゃいけないわよ?」
「そうだった、そうだった。ありがたい守り神なんだから、しゃべっちゃなんね」
「そうそう、話してはダメよ。また敵が奪いにきたら大変だわ」
どうやら、花蓮の株は爆上がりしたようだ。
私はニンマリと微笑みながら、洗濯棒でばんばんと洗濯物を打ちつけていた。
「そういや、慈丹、今日連れてきた新顔のその子は誰なの?」
慈丹がビクッとして私を見つめた。
「梅香と言います。よろしくお願いします」
私は頭を下げて挨拶した。
「蓬々の家の璃音姫は、愛嬌があって本当によく気遣いができる姫だから、楽よね……」
「あぁ、そうそう。でも、噂とはちょっと違ったわぁ」
「噂?」
私は自分の噂というものに敏感に反応した。
途端に、私の隣でゴシゴシ洗っていた慈丹がビクッと手を止めた。
「いやぁ、そんな噂をこんなところで話さなくても……」
「何、その噂って?」
私は必死で慈丹が噂話を止めようとするのを、食い気味に聞いた。
「いやぁ、蓬々の家の璃音姫は、なんちゅうか男勝りで、当主も困っているという噂が根強かったからね。なんか拍子抜けしたというか、真逆の姫でね……驚いたわ」
「そうそう!」
あぁ……そうなんだ……。
「うちは
ちげーよ。
幼なじみで気心が知れている友だ。
ただ、
花蓮の魅力に気づいたのだな?
私はとても嬉しいぞ?
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