最終話 新しい朝

 そして夜――いつもの時間にベッドに横になる。なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠りに落ちる。


「ガイーンッ!」

 大きな音で夢の中で目覚める。

 被っていた布団を跳ね除けると、目の前にはホークがいる……!

 ホークは驚いた顔で立ち尽くしている。その手には大型のナイフを握りしめて。


「来ると思ったわ。見つけられないなら、コッチに来てもらうしかないからね」

 私はわざと挑発して殺しに来るように仕向けたのだ。

 攻撃の能力を持たないホークがまともに戦いに来ることは無い。私の位置がわかるなら、夢の世界に入ってすぐの無防備な時を狙うのが確実と判断するだろう。

 それを見越して、昨日寝る時に布団を被ったのだ。理瑚の盾の下で丸くなってね。


「は、話し合おうじゃないか。お前の……舞の望む通りにしよう。この夢の世界は舞の好きにして構わない」

 ホークは後退りしながら、引きつった作り笑顔を浮かべる。

 私は無言のままホークににじり寄る。

「あっ、現実の学校だって好きにしていいんだぞ!舞の希望通りにしよう。成績もオール5にしてやろう。

 あぁ、そうだ!友達を殺した北薗とか憎いだろ?ボコボコにしたって構わないぞ!」

「私の好きにしていい?」

「そ、そうそう!好きにしていいさ!」

「じゃあ、好きにするわ」

 私は右手を突き出すと、伸びた剣がホークの喉を突き刺した。


「その汚え口から2度と声を出すな」

「グガッグッ……」うめき声を上げてホークは光の粒になって消えた――


「ピピピッ」アラームの音で目覚める。

 あぁ、もう朝か……支度しないと。

 朝食を食べながら夢の事を思い出す。

 倒したんだよな……少し記憶が曖昧だ。


 いつものように学校へ行く。教室まで行くと、ザワザワと話し声が聞こえる。

 戻っている!みんな元に戻ったんだ!

 生徒達は以前のように、楽しそうに会話をしている。その中で、席に座って教科書を開いている委員長を見つける。


 私は嬉しくなって、目の前まで行き声をかける。

「おはよう、委員長!」

 すると、委員長は驚いた顔をして、

「お、おはようございます。緋影さん……」

 と、初めて言葉を交わすかのように、小さな声で挨拶を返す。

 あれ?私は気まずくなり自分の席に着く。

 もしかして覚えてない?

 暫くすると理瑚が教室に入って来た。私は立ち上がりかけたが、理瑚はすぐに漫研の仲間と雑談を始め、楽しそうに笑っている。

 始業チャイム間際には、クイーンと四天王が、我が物顔で教室に入って来る。以前のように人を見下したような、ふてぶてしい態度だ。


 ――もしかして、今までの事は無かった事になってるのか?みんな覚えてないみたい。あぁ、私は一人なんだ。


 窓を見ると、昨日割ったはずのガラスは、既に入れ替えられている。まるで、始めから割れていなかったかのように。

 まさか、昨日までの事は全て私の夢だったわけじゃないよな!?


 すると、始業のチャイムが鳴り、見たことの無い、小太りのおばさんが入って来る。

「はい、皆さん静かにしてね!担任の橋田先生ですが、ちょっと病気になりまして、今日からは副担のワタシ、小林がこのクラスを受け持つ事になりましたので、どうぞよろしくお願いします」

 橋田が病気……夢で私がやったからか?でも、夢の世界が本当にあったのかどうかは、わからないな。わかっているのは、また一人になってしまったって事、それだけだ……。

 

 小林先生は、橋田と違い、ちゃんとした先生みたいで、授業中に話したり、立ち歩く人をしっかり注意した。だからクイーン達なんかは凄く不満そうだけど、私にとってはいい事だ。委員長もそう思ってるだろうなぁ。


 昼休み、他の生徒たちがワイワイと仲の良い友達と机を並べてお弁当を食べる中、私は一人でお弁当箱を開ける。

 あぁ、またこんな毎日を送るのか……。


 下を向いていると、突然声をかけられる。

「あの……よかったら、お昼一緒に食べませんか?」

 驚いて顔を上げると、委員長がお弁当を持って立っている。

「あ、ありがとう。一緒に食べよう」


 委員長と机を並べる。

「私とでいいの?確か委員長は、別の人と食べてたと思ったけど」

「えぇ、緋影さんと食べたいと思ったんです……何だかよく覚えていないんですが、夢で一緒に過ごした気がして……あと、下の名前で……舞さんて呼んでもいいですか?」

 そこへ、もう一人、お弁当を持ってやって来た。

「あのさ、アタシも混ぜてもらっていい?何だか2人を見たら一緒に食べたくなってさ」

 そう言って、理瑚がニコッと笑う。


 夢じゃなかったんだ!起きたら夢の事を忘れてしまうように、よく覚えていないだけなんだ。

「あれ?舞、なんで泣いてんの?」

「そういう、棚加さんだって、涙が溢れてますよ」

「あれ、おかしいなぁ?って、委員長も泣いてるじゃん」

「おかしいですね。でも、とっても嬉しい気持ちです」


 様子のおかしい私達を見て、周りの生徒達がささやき合う。

 中には、何か思い出した人もいるようで、成績トップの沢渡 美加は、私達から顔を逸らし、地味な藥師士 朱里は、下を向いて赤くなっている。四天王達は、揃って苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 毎日は続いていく――

 何も変わらないけど、何かが変わった。

 クイーンは相変わらず、自慢話をしているが、四天王は、「へー」とか「良かったですね」とか、素っ気無い態度になった。

 陽キャグループの向坂 千尋は、グループを離れ、漫研の奴らとつるむ様になった。

 この前なんか、廊下でヤンキーの鬼頭にぶつかってしまったが、私の顔を見るとゴメンと謝られてしまった。


 何より一番変わったのは、私に友達が2人できた事だ。もう、学校に行くのは辛くない。秋の修学旅行も楽しみだ。


「夢の世界を制するものが望みを叶える」――これだけは本当になった。

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夢の中の蟲毒な学園 キャシヨ @kyashiyo

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