第19話 委員長

 委員長は、ゆっくり立ち上がると、左手でスカートの埃を払う。

 上目遣いでチラリとこちらを見て、眼鏡の真ん中を指先で少し上げる。

「あ、ありがとう……」

 委員長が小さな声でお礼を言う。

「イ、イエ、どういたしまして」

 理瑚が反射的に応える。何で理瑚が言うんだ。


「委員長……」私が言いかけると、委員長が言葉を遮る。

「あの、助けてもらったのは感謝するけど、直ぐにここを出ていってくれませんか?」


 理瑚と顔を見合わせる。

「え〜と、出てけと言われてもね」理瑚が困ったように言う。

「私は夢の世界の制覇なんてどうでもいい!こんな世界に期待なんかしてない。ただ静かに過ごしたいだけです」

 委員長はこちらを睨みつける。どうやら争う気は無いらしい、でも――私は委員長に話しかける。

「静かに過ごしたいのはわかった。出て行けと言うなら出て行くけど、さっき逃がしたヤモリは、また襲ってくるだろう。それに、もし、ヤモリを撃退したとしても、こんな目立つ建物にいたら、そのうち他の誰かに見つかると思うよ」

「す、好きでこんな建物にいるわけじゃないわ。家でじっとしていたら、いつの間にか変化してしまって……」

 委員長はそのまま下を向いて黙ってしまった。こちらが呼びかけても反応が無い。


 私達は、仕方無く背を向けて歩き始めると、委員長が呼び止める。

「ま、待って!やっぱり私も連れていってください。もう、行くしか無いじゃないですか!」

 それを聞いて理瑚がおどける。

「おっ、一緒に行く?舞は強いからね〜、一緒にいれば安心だよ。夢の世界も制覇しちゃうかもね!」

「か、勘違いしないでください。さっきも言いましたが、そんなの興味ないです。それに、あなた達を信用した訳じゃありません。クイーン達よりはマシって思っただけです」

 う〜ん、何だかなー。私も委員長を信用した訳じゃない。でも、味方は多い方が有利だしね。

 そんな事で、委員長こと、上條 亜来かみじょう あきと行動を共にする事になった。3人は図書館のようになった委員長の家を後にした。


「あー、もう最悪です。どうして私がこんな目に……」

 文句を言いながらついてくる委員長に話しかける。

「うん、私もそれは同感だよ。でも、こうなっちゃったもんは、しょうがない。どうせだったら、この状況を利用してやろうと思うよ」

 委員長は黙って聞いている。


「……ところでさ、委員長も何か能力持ってるんじゃないのかな?」

 家の造形が変わるほどだ、能力を持ってない訳は無いと思う。現状、武器は私の剣だけなので、戦力が増すと有り難いんだけど。


「……持ってはいますが」

 委員長は視線を外しながら答える。

「えっ!能力有るの!?なになに?教えてよ!」理瑚が食いつく。

「特に戦闘なんかには役に立たないと思います」

「えぇ!?何なの?ちょっと見せてよ!ついて来るっていうならさ!」

 委員長は理瑚の言い方に不満そうにしながらも、「わかりました」と言って、立ち止まった。

 そして両手を水平にして胸のあたりに持ってくると、深く息を吸い込んで叫んだ。

「イン・ザ・サイレントルーム!」

「ハッ!?……」

 理瑚が口を開けてパクパクしている。何か、喋っているようだが……音が聞こえない?

 私も声をかけ近づくが、声も足音も聞こえない。

 委員長が両手を左右に広げ、再び叫ぶ。

「フィニッシュ!」

 すると周囲から音が戻った。


「あ〜?何これ、音が無くなったけど……」理瑚が委員長に尋ねる。

「そう、いつも教室の中、皆好き勝手におしゃべりしてうるさいですよね。私はいつも静かにして欲しいって思ってたんです」

 委員長は眼鏡を上げながら、涼しい顔をして言う。

「えっ、だからこの能力が発現したってこと?うわぁ、本当に役たたねぇ〜!」

 理瑚が嘆いて肩を落とす。

 な、なるほど、実に委員長らしい能力だ。


「ところで、棚加さん」

「えっ、何、委員長?あと、呼ぶとき理瑚でいいけど」

「いえ、私は馴れ合いはしない主義なので、現実世界同様に棚加さんと呼ばせていただきます」

「あっそぅ、で、何かな?」

「何かなではありません。あなたの服装についてです」

「エッ!服装?」

「そう、あなたの服装は風紀的にどうなのかなと思います。ちょっと、ハレンチなのではないですか?」

「ハ、ハレンチ!?」

「そう、ハレンチです。ノースリーブで丈の短いシャツなんて、手を上げたら脇もおヘソも丸見えじゃないですか。下半身だって丈の短いパンツを履いて、脚を出し過ぎです」

「エ、エェッ!?こんなの普通じゃないの?アタシのお気に入りの服なんだけど〜」

 理瑚は動揺して狼狽えている。私は可愛い服だなとしか思わなかったけど……。

「学生は学生らしい服装をするべきです。緋影さんを見習ってください」

 言われてみれば、私と委員長は学園の制服そのままだ。まぁ、私は変なマスクが付いてるけど。

 理瑚が文句を言う。

「ちょっと、舞〜!何で制服なんて着てんのよ〜!夢なんだから、好きな服着ればいいのにー。そんなにあの学校好きなの〜?」

「いや、好きなわけ無いよ!そうだよね、何で私この格好なんだろう?」

 夢だから自分の好きな格好になるはずだ。実際、今まで会ったクラスメイトは、それぞれに合った格好だった。私の心の奥では学校が好きなのだろうか?誤魔化すように委員長に話をふる。

「あの……委員長は学園の制服好きなの?」

「えぇ、私は好きですよ。この美樹丸女学園の制服」委員長は躊躇いなく答える。

「美樹丸女学園ってさー、あのクイーンの先祖が作ったんだよね多分。ちょっと印象悪いよね」

 理瑚が口を尖らせて言う。私もそれは思うところだ。それを聞いた委員長は中指で眼鏡を上げて話し出す。

「私達の美樹丸女学園は創立80年の歴史のある学園です。創立者は、女性が進んで学問を志せるよう、この土地に女学園を設立したと聞いています。その末裔である、同じクラスの美樹丸さんは、あのような方ですが、この学園の価値が下がるわけではありません。私は美樹丸女学園に誇りを持っています」

 確かにそうだな、1人の印象で、全てを否定するもんじゃないな。しっかりした意見を持っている委員長をカッコいいと思った。

 理瑚は「お、おぅ」と言って、バツが悪そうにしている。

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