第30話 ドラゴンもいる世界

 私たちは、エリオットさんの店を出て、近くの宿屋へ入った。

 ちゃんと、二人分の部屋を借りて、今はロビーにあるテーブルに座っている。


「亡霊、ドラゴン、ねぇ」


 テーブルの上に足を投げ出しながらそう呟くフラン。

 私は膝の上に丸まっているラヴィを撫でながら言う。


「……この町、どうなるの?」


 私がそう聞くと、フランは何の感情もなく答える。


「まあ、餓死するしかないだろうな」

「そう……だよね…………よしっ!」


 私は膝御うえで丸まっていたラヴィを抱きかかえ、立ち上がった。


「とりあえず、明日、そのニーヴァス湖に行ってみよう!」

「はあ!? おまっ、何言ってんだ!? さっきの話聞いてたのか?」


 フランは後ろに倒れそうになるのを何とか耐え、慌てた声で聞いてきた。

 私はその驚愕している表情のフランを指差し言う。


「なんかあったら、よろしく! ボディーガードさん!」

「なっ!? ふ、ふざけんなッ! 俺はまだ死ぬつもりはねぇぞ!?」


 私はテーブル越しにフランに詰め寄り、顔を近づけ言う。


「わたしだってそのつもりよ?」

「なっ…………!?」


 フランに今の私がどう見えているのかわからないが、フランの表情はどこか怯えていた。

 私はフランから顔を離し、踵を返す。


「それじゃ、また明日ここで集合ね~」

「ちょっ、待てよ、ステラ!?」


 私は返事はせず、無言でフランに手を振り、借りた部屋へと向かった。




      ***




 翌朝。宿屋のロビーに降りると、フランはちゃんと待っていた。


「おはよう、フラン」

「……おう」


 フランは不貞腐れたような表情ではあるが、ちゃんと返事を返してくれた。

 テーブルには、申し訳程度の乾パンが二つ置いてあった。


「さっきここへエリオットさんが来てな。これ、俺たちにって」

「そっか。なんか悪いね……」


 私はフランの向かい側に座り、両手を合わす。


「いただきます」


 私がそう言うと、フランも続けて言った。


「……いただきます」


 私は一口かじり、そのあと、ラヴィにも分けた。




      ***




 スイベルの町から目的のニーヴァス湖は本当にすぐ近くだった。

 スイベルの町から東側に位置する場所。

 魔物が潜む森に囲まれたスイベルの町の住民たちが通れる唯一の道に存在する湖。

 

 宿屋の店主いわく、ニーヴァス湖の名前の由来は、湖の底にある大岩などがはっきり見えるほど透き通っていて、その見た目が、人間だれしもあるホクロのような斑点に見えるかららしい。


 フランがニーヴァス湖の前で立ち止まり、遠くのほうを見て言う。


「ここか」


 私も見渡す。

 確かに山々に囲まれた広大な湖がそこにはあった。


 あとは湖全体が今みたいに濁り切っていなくて、本来のように透き通っていれば完璧な絶景だっただろう。


 フランが振り返り、私に向かって言う。


「いいか、ステラ。さすがの俺もドラゴンなんかと戦ったことはない。だから、もし何かあればお前だけは逃げろよ?」

「もちろん。ウソつきフランは置いてくこと前提で私はここへ来たわ」

「…………まだ根に持ってんの?」

「当たり前よっ! 南部の港に着くまで言い続けるつもりよ?」

「勘弁してくれ……」


 そんな冗談を話していると、今まで静かだった湖の水面に波紋が広がる。


「来たか……?」


 フランは片手剣を抜刀し、戦闘態勢に入る。

 私はラヴィを抱きかかえる。


「キュン…………」


 抱きかかえたラヴィの体は震えていた。

 そんなラヴィに私は優しく言う。


「大丈夫よ、ラヴィ。あなたに何かあれば私が守ってあげる」


 その言葉を聞いていたフランがつっこんでくる。


「ステラ? 俺は?」

「あなたは自分で自分のこと守れるでしょ?」

「クソがッ!」

「そんなことよりも、あれ見てッ!?」


 私が指さす先、ニーヴァス湖の水面の波紋はさらに大きくなり、水中に黒い影が見え始め、


「グオオオォォォォォォォォォッ!」


 水中から一気に飛び出した黒い影。

 その見た目はまさに雷雲のよう。

 

 雷雲のような黒い煙に包まれた何かから、二つの光る眼でこちらを捉えている。

 全長は二十メートル近くはありそう。


「で、デカ過ぎだろッ!?」


 私とフランは目の前の亡霊と呼ばれるドラゴンに対峙していた。

 すると、ドラゴンの亡霊は、口を開いたのか、黒い煙の中で何かが光り始める。


「まずいッ!?」


 フランが叫び、私を庇うように飛んだ。

 フランと私が倒れ込むのと同時に、ドラゴンの亡霊は水の波動を放っていた。

 私たちが立っていた場所が、ドラゴンの亡霊の攻撃で地面に穴が空けられている。


「おいおいッ!? これはさすがにヤバすぎるぞッ!?」


 ドラゴンの亡霊は再び、咆哮する。


「グオオオォォォォォォォォォッ!」

(出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!)


 ――えっ……!? 今のは…………?


「ステラ! またさっきの来るぞ!」


 フランが慌てて後退を促してくるが、私が逆にドラゴンの亡霊のほうへ近づいた。


「ス、ステラッ!? おい何やってんだ、死ぬぞッ!?」


 フランの必死の制止も無視して、私はまた一歩ドラゴンの亡霊に近づく。

 目の前のドラゴンの亡霊はまた先ほどの水の波動を放とうと光を放つ。


「グオオオォォォォォォォォォッ!」

(出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!)


 私はさらに一歩、ドラゴンの亡霊に近づき、


「出て行けってどういうこと?」

(――――ッ!?)


 私が聞こえたままドラゴンの亡霊に聞き返すと、眩い光が徐々に消えていく。


「ねえ。あなたは私たちにどうしてほしいの?」

「……………………」


 ドラゴンの亡霊は光る二つの眼で、静かに私を見つめてくる。

 

「ステラ! どうなってんのかわかんねぇが、今のうちに逃げるぞっ!」


 背後からフランにそう言われるが、私はその場から離れず、ドラゴンの亡霊から目を離さずフランへ返す。


「違うわ、フラン」

「何が違うんだよっ!?」

「いいから、黙ってて!」

「なっ…………!?」


 フランも静かになった後、私はもう一度聞く。


「私の声、聞こえてる? 聞こえているのなら、教えて。あなたは本当に人を襲う悪いドラゴンなの?」


(ソナタコソ、ワタシノ言ウコトガ分カルノカ…………?)

「……ッ!? ええ! はっきりと聞こえているわ!」


 私が興奮気味でそう叫ぶと、ドラゴンの亡霊は私のほうへ顔を近づけてくる。


(ソナタ、名ハ?)

「ステラよ、ドラゴンの亡霊さん」

(ワタシの名ハ、“ファルブム”)

「ファルブム…………」


 私とファルブムは数秒間見つめ合った。

 先に口を開いたのは、私のほう。


「ねえ、教えて、ファルブム。あなたはどうしてここで、人々を襲うの? スイベルの町の人たちが困っていたわ…………」


 黒い煙のせいで、ファルブムの表情は一切見えない。

 ただ、唯一見える二つの光る眼を細めるのが分かった。


(…………スイベルノ民ヲ守ルタメダ)

「スイベルを守る、ため……!?」

(ソウダ。コノ町ニ危機ガ、モウスグソコマデ迫ッテイル)

「危機……!?」


 ファルブムの光る二つの眼が見開く。


(ダカラ、ワタシガココデ食イ止メネバナラヌノダ! “スイベル”トノ約束ノタメニッ!)

「や、約束…………!?」

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