第29話 飢えた世界
私とフラン、そしてラヴィはスイベルに到着した。
見渡すと、やはりオルケラの町とは雰囲気が違う。
連なる家や店のほとんどが、白い壁に黒の屋根であり、シックな印象。
歩く歩道は石レンガが敷き詰められていて、しっかりと舗装されている。
「ふわあ~! なんかいい感じねっ!」
――すごい! まさに海外旅行に来た気分ッ!
私が周囲を見て感嘆の声を出していると、先の方に広場が見えてくる。
「噴水があるわよ!」
私はこの町の中央広場らしき場所の中央に位置する噴水へ走って近づく。
噴水を覗き込むとあることに気が付き、ボソッと呟いた。
「……なんか、汚い……?」
噴水口から流れ出る水に不純物が混ざっているのか、噴水内に溜まる水は濁っていた。
私が見上げると、さらに不気味なものが目に入ってくる。
「うわっ、何、これ…………?」
噴水の中央には銅像が立っていた。
その銅像は人間のように見えるが、頭に大きな角が生えている。
それとポーズが変だった。
前世で言うところのボディービルダーが筋肉を自慢するかのような格好をしている。
「何、この銅像……ダサっ」
私は思ったことをそのまま口にした。
すると、少し離れた場所から血相を変えた老人が走ってくる。
「コラ~! “ヴェルド”様になんてこと言うんじゃ~!」
「えっ!? な、なになにッ!?」
――てか今なんて言った……?
「コラ、そこの娘ッ! ヴェルド様になんてこと言うんじゃ! 今すぐ謝罪せぇ!」
「ちょちょっ、ちょっと待ってよ、お爺さん! あなたこそ何を言ってるの? ヴェルドってあの――」
「このバカ娘はなんじゃ!? ヴェルド様を呼び捨てしよってぇぇぇっ!」
そう叫びながら、老人は持っていた杖を振り回してくる。
「あ、あぶないって、お爺さんッ!?」
私とお爺さんの間にフランが割って入る。
「すみません、コイツ何も知らないガキでして~」
「ちょっ、フラン!? あなたまた――」
私はまた馬鹿にされたと思い、フランに詰め寄るが、フランは人差し指を口元に置き、「お前は何も言うな」と言わんばかりの視線を送ってきた。
「いや~ほんとコイツには良く言い聞かせておきますので。いや、ほんとすみませんでした~」
フランは頭を掻き、何度もペコペコ頭を下げると、私の背中を押してくる。
フランに背中を押され、噴水広場を後にする。
チラッと振り返ると、まだあの老人は私のことを睨んでいた。
***
私はフランに引き連れられ、噴水広場から少し離れた路地に入って、
「何あのジジィ! クソがッ!」
先ほどのことを思い出し、私は地団駄を踏んでいた。
その横でフランはラヴィを肩に乗せ、呆れ顔で私を見ている。
「何よッ!?」
「まあまあ、ちょっとは落ち着けよ。何をそんなに怒ってんだよ? 生理か?」
「ぶっ飛ばすわよ!? このノンデリ野郎ッ!」
私は拳を震わせながら、フランを全力で睨みつけた。
ノンデリ野郎のフランは、両手をぶんぶんと振りながら抵抗の姿勢を見せる。
「わ、わりぃ! ちょっと言い過ぎた、ごめんなッ!?」
「…………ハァ、もういいわよ……」
「はあ……」
フランが胸を撫で下ろしている。
そのフランが気を取り直して、また聞いてきた。
「それで? 本当に何をそんなに怒ることがあるんだよ?」
フランのその言葉に私は信じられないと言わんばかりに驚いた表情でフランを見返した。
「フラン、それ、本当に言ってるの!?」
「ん? ああ。それが何だよ?」
――フランは知らないのか……?
「フラン。あなた、“ヴェルド”って名前を聞いたことないの?」
私がそう聞くと、フランは腕を組み、上を見上げながら考えるが、
「うーん。 いや、聞いたことねぇな」
「フランってこの東の大陸の生まれじゃないの?」
そう聞くと、フランは肩をすくめ答える。
「さあ? なんせ孤児だったもんでね」
「あっ……ご、ごめんなさい…………」
「ははっ、気にすんなって。いまさらそんなことどうでもいいんだしよ。それで? その“ヴェルド”ってのが、何かまずいことなのか?」
「え、ええ。この東の大陸に伝わる話で、はるか昔、この東の国を支配しようとしていた魔人がいたの。それが魔人“ヴェルド”よ」
そう言うと、フランの表情に緊張の色が浮かぶ。
「て、てことはこの町の住人は、その魔人を崇めてるってことか!?」
「…………そういうことかも」
「マジか……。だが、以前この町に来たときはあんな銅像はなかったぞ?」
「フランがこの町に来たのはどれくらい前なの?」
フランがまた考えるポーズを取った。
「えーっと、たしか二年前だったはずだ」
今度は私が腕を組み考えるポーズを取る。
「二年前……。ということは、フランが来た二年前からの間にこの町に何かあったってことね。うーん……」
ぐうぅぅぅぅ~。
「腹、減ってんのね」
「――――ッ!?」
私は一気に恥ずかしくなり、無言で頷くことしかできなかった。
「アハハハッ! まあ難しいことは後にして、腹ごしらえしに行くか。ククッ」
そのまま笑いながら、路地を出て行くフラン。
――この、ノンデリ野郎~!
***
私はフランに連れられ、例の“エリオットの気まぐれ”に来ている。
店に入ると、看板娘なのだろう元気な女性にテーブルの席に案内され、私とフランは向かい合わせに座った。
ラヴィは私の膝の上で丸まっている。
「えーっと、この“バッファローのステーキ”に“ロブスターグラタン”、それと“シーフードパエリア”、あとは“ハニーチーズのサラダ”をくれ」
フランがメニュー表を広げ、目につくものを片っ端から注文していく。
――私の奢りだと思って見境ないな、コイツ……!
看板娘が笑顔でフランの注文を承る。
「かしこまりました~! 全部ございませ~ん」
「「……は?」」
私とフランが同時に目を丸くし、注文を取りに来た看板娘を見る。
「……お、おい、キミ。な、何を言ってるんだ?」
フランが動揺しつつ、そう聞くが、看板娘は看板娘らしく笑顔で答える。
「はい、ほかにご注文は?」
「えっ? 俺の声聞こえてる!?」
「はい、聞こえておりますよー」
フランはもう一度、メニュー表を指差し、
「じゃ、じゃあ、この店自慢の“バターサンド”は――」
「ございません!」
「じゃあ何があんだよ、この店にはァァァッ!?」
フランが叫びながら立ち上がると、看板娘が私たちのテーブルにゴンッ!と音を立てて水の入ったコップを置いた。
「こちら、うちの店でろ過した“ただの水”です!」
――さすがに気まぐれが過ぎるだろ、それはッ!?
私がそう思っていると、さすがのフランも堪忍袋の緒が切れたのか、看板娘に詰め寄ろうとした瞬間、
「フィーネ、その態度は良くないぞ」
フィーネと呼ばれた看板娘の背後に、コック帽を被った男性が現れた。
フィーネさんが後ろを振り向き言う。
「でも、パパ――」
「ここでは店長だ。と言っても、お客様に何も料理が提供できない店で店長はないよな…………」
その様子を見てフランは椅子に座りなおし、フィーネさんの後ろに立つ男性に聞いた。
「あんたは?」
「これは失礼。私はこの店の店主、エリオットです」
――この人が、気まぐれすぎる店の店主か。
フランがエリオットさんに尋ねる。
「エリオットさん。どうなってるんだ? 何を注文してもこの子が『ございません』しか言わないんだが?」
フランがそう尋ねると、エリオットさんはコック帽を外し、頭を深々と下げた。
「料理人として、本当に申し訳ない。だが、今は本当に何もないのです……」
「何もない? それはどういう意味だ? もしかして、俺たちが外者だから何も出せないってわけじゃ――」
「違います! それは違います、剣士様! もともと私たちスイベルの民は
旅の人たちを、もてなすことが好きなんです。ですが、去年から隣接する町からの流通が途絶えてしまって…………」
そこまで言って、エリオットさんはうなだれてしまった。
代わりにその続きをフィーネさんが言う。
「……全部、ニーヴァス湖の亡霊のせいよ…………ッ!」
フィーネさんは先ほどまでの笑顔が嘘みたいな鬼の形相でそう言った。
私は思わず、フィーネさんに聞き返す。
「ニーヴァス湖の亡霊…………?」
「ええ……。このスイベルの町の近くにある有名な湖のことは知ってる?」
「はい」
「その湖の名前が“ニーヴァス湖”って言うんだけど、そこに去年から亡霊が住みついているのよ」
「亡霊って具体的にどんなの何ですか?」
「ドラゴンよ」
「――ッ!?」
――ドラゴン!? 異世界だし、いるかな?とは思っていたけど、本当にいたとはっ!
私は思わず椅子から立ち上がり、叫んでしまう。
「見たいッ!」
「「「は?」」」
「キュン?」
私以外全員の頭の上にクエスチョンマークが見えた。
「ス、ステラ、お前、何言ってんだ……?」
「だって、ドラゴンよ、フラン! どんな姿をしているのかしら? 赤いのかな? 青いのかな? それとも――」
「ダメよッ!」
「――ッ!?」
フィーネさんがいきなり大声で私を制止してきた。
フィーネさんを見ると、その体は震えている。
「ダメよ……今、ニーヴァス湖に近づけば殺されるわよ…………」
その言葉にフランが反応する。
「殺される? キミの言う、ニーヴァス湖の亡霊にかい?」
「……そうよ。あの亡霊のドラゴンは湖に近づいたものを一人残らず殺すの」
すると、フィーネさんの肩に手置くエリオットさん。
「この子の言う通りなんです。もともとニーヴァス湖は観光名所としてたくさんの旅の人がやってきておりました。それにニーヴァス湖の水はろ過なんてせずとも、そのまま飲めて、さらには微少ですが、回復の効果も含まれているんです」
――天然の回復薬みたいだな。
「ですが、先ほどこの子が言ったように、去年あたりから湖の水が濁り始めました。
この店だけでなく、この町のほとんどがあの湖から水を引いていたんです……」
「なるほどね」
フランが顎に手を置き、考えていることを話す。
「つまり、アンタたちスイベルの住民は、あの湖なしじゃ生きられないと」
「ええ、その通りです。さらに言えば、食材などの流通にも必ずあの湖の横を通らなければならないのです」
私はカバンから地図を取り出し、目を凝らす。
「はっ……!?」
この町は、私たちが来た、今や中級の魔物が潜む森に囲まれいる。
そして、唯一、隣の町へ繋がる道には、ニーヴァス湖があった。
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