第6話 成長する世界

 さらに時は流れ、私は十四歳になり、ロワンレーヴ魔法学校の中等部二年生。


 八年前、ロワンレーヴ魔法学校に入学したばかりでありながらも、両親や先生を含め周りからの期待に押しつぶされそうなったとき、今となっては唯一無二の親友となったミアのおかげで前を向いて進めるようになった。


 ただ、未だにアドルドとオリヴィアには、はっきりと自分の将来について話せてはいなかった。


 多分、そこはまだ前世の記憶が邪魔しているのかもしれない。

 前世では最後まで両親と和解できなかった。


 また前世のときのように自分の気持ちを押し通してしまった結果、アドルドとオリヴィアの二人を悲しませてしまうかもしれない。


 そう思うと、ミアのおかげで気持ちが前向きになったとしても、そこだけはどうしても踏み込み切れずにいる。


 ――中等部卒業までには話せるといいけど…………。


 私は自室のベッドの中にうずくまっている。

 

 このまま布団に包まり、オリヴィアが起こしに来るまでゆっくりしていたかったが、難しい考え事はここまでにして、そろそろ起きなければならない。


 私は眠い目を擦りながら起き、中等部の制服に着替え、一階へと降りた。


「おはよう、お母さん」


 ロワンレーヴ魔法学校の中等部になったころから、オリヴィアのことを“ママ”呼びから自然と“お母さん”呼びに変わっていた。同時にアドルドも“パパ”呼びから“お父さん”呼びへ。


 オリヴィアはキッチンで湯気が立つ鍋をゆっくりとかき混ぜていた。

 私に気が付くと、いつもの優しい笑顔になる。


「おはよう、ステラちゃん。今日は珍しく早起きさんだねぇ」

「まあね。今日から野外学習ってこともあって、なかなか寝れなかったからかも」

「ふふっ、私にもあったなぁ。次の日が楽しみ過ぎてなかなか寝れないのよねぇ」

「そういうことっ。それと、ミアが学校へ行く前に練習したいって言うから、それに付き合うためってのもあるよ」


 オリヴィアは首を傾げ、聞いてきた。


「練習?」

「そう。ミア、今回の野外学習内で行われる“フレイム・ジャグリング”のメンバーに選ばれたんだよ。それで最後に練習したいんだって」


 “フレイム・ジャグリング”とは、基本魔法の一つ、【ファイヤーボール】を発動させ、その火の玉を複数個使って、ジャグリングをするというもの。

 もちろん、両手に防御魔法がかかったグローブを装着して行うので安全である。


 ミアは中等部になって、基本魔法のいくつかを教わると、ほかの誰よりも早く習得し、ほかの誰よりも上手に使いこなしていた。結果、当然のように今回の野外学習内で行われる“フレイム・ジャグリング”のメンバーに選ばれたわけだ。


 ミアが選ばれたとき、親友として素直に嬉しかった。


「なるほどねぇ。お母さんもやったなぁ~」

「へぇ~、お母さんも上手だったの?」

「そうよぉ~。ウフフッ」


 本当かどうかわからないけど、アドルド曰く、魔法使いとしてオリヴィア以上の魔法使いを見たことがないと言っていた。オリヴィア本人に詳しい話を聞こうとすると、すぐに話をそらされてしまうため、真相はいまだ謎のまま。


「そういえば、お父さん、今日も早いね」


 ここ最近、アドルドに会っていない。今日もすでにその姿はなかった。


「昨日、帰ってこなかったからねぇ。お仕事が忙しいんじゃないかしら?」

「えっ? 昨日帰ってきてないの? それ、大丈夫なの!?」


 私の心配とは裏腹に、オリヴィアは涼しい顔で答える。


「大丈夫よ。きっと魔法具を作る素材集めに手こずっているだけだと思うわ」

「素材集め? お父さんの作る魔法道具ってアレだよね? 魔法の効果を何倍にも増やせるっていう…………」

「そうそう。〈魔力増幅器〉とか、言ってたわねぇ」

「アレを買った魔法使いが使ったら、魔法の効果なんて上がらなくて、代わりに耳がデカくなっちゃって、大変だったよね……?」

「ウフフッ。そんなこともあったわねぇ~」


 ――またあんなもの作ろうとしているんじゃないだろうな……?


 アドルドに一抹の不安を覚えていると、外から私を呼ぶミアの声が聞こえた。


「ステラちゃーんっ!」


 あまりの大声に私はビクッとなり、軽く飛び上がった。


「い、いま行くーっ!」


 私も負けじと大声で返事をした。


 アドルドのことが心配になるが、オリヴィアが心配ないと言うなら、きっとそうなのだろう。私はオリヴィアに行ってきますを言って、家を飛び出した。




      ***




「どう?ステラちゃん」


 約束通り、ミアの練習に付き合うため、私たちのお気に入り場所。そこに一本だけ生えている大樹の下で、ミアに例の“フレイム・ジャグリング”を見せてもらっていた。


「うん。バッチリだったよ!」

「そうかな~。えへへっ」


 ミアは私に褒められたくらいで照れ笑いをしている。


 ――まったく、かわいいやつめ。


「じゃあ最後にもう一回だけやってもいい?」

「うん、いいよ。まだ少し時間あると思うから」

「ありがとっ! ……はあっ!」


 ミアは再び、【ファイヤーボール】を発動した。

 

 まずは両手に火の玉を一つずつ持ち、右手に持った火の玉を上に投げた。

 すぐに左手の火の玉を右手に持ち替え、また投げ上げる。

 落ちてきた最初の火の玉を左手で受け取り、また素早く右手に持ち替える。

 

 それを繰り返している間に、火の玉は三つ、四つと増えていく。


 ジャグリングをしながら、【ファイヤーボール】を発動し、火の玉を増やしていくことは、かなりの繊細さを求められる。魔法の発動に集中すれば、ジャグリングが上手くいかない。逆にジャグリングのほうに集中すれば、今度は魔法が上手く発動しなかったりする。


 それなのに、気づけば目の前で五つの火の玉を操っているミアは、余裕の表情を浮かべている。ロワンレーヴ魔法学校に入学してから、熱心に勉強してきた成果が発揮されているに違いない。


 “フレイム・ジャグリング”をしているミアはすごく楽しそう。

 

 母からの贈り物という、白色のとんがり帽子がぶかぶかで、昔はよく位置を直していたのに、私と同じ十四歳になったミアは、その癖はなくなり、確実に魔女の帽子が似合ってきている。


「ふぅ~。今度はどうだった?」


 “フレイム・ジャグリング”の技を一通りやり終えたミアが感想を求めてきた。


「うん、完璧だよ」

「ホント?」

「うん、メンバーに選ばれた人の中でミアが一番うまいよ」

「ホントに? えへへっ、ステラちゃんに褒められるのうれしいなぁ」


 ――本当にかわいいやつめ。日本でアイドルやってたら間違いなく売れてるよ。


 ミアは装着していた防御魔法のかかったグローブをカバンに入れようとした瞬間、


「あっ……」

「ミア!?」


 ミアがふらつき、倒れかけたミアの体を受け止める。


「ミア!? 大丈夫!?」

「う、うん……。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったのかな……?」


 そう言いながらミアはゆっくりと立ち上がった。


「それよりも練習に付き合ってくれて、ありがとうね、ステラちゃん」

「い、いいよ。本当に大丈夫なの?」

「えへへっ。びっくりさせちゃったね。でも本当に大丈夫だよ」

「無理しないでね?」

「うん。心配してくれてありがとね。じゃあそろそろ行こっか」


 ミアの言う通りそろそろ学校へ向かわないと、集合時間に遅れそうだ。


 ――本当に大丈夫かな、ミア……?


 先に丘を降りて行くミアの後ろ姿を見ていると、突然、追い風が吹き、


『――気をつけて』


「えっ……!?」


 誰かの声が聞こえた気がして、すぐに振り返る。

 しかし、そこには丘の上の大きな木が一本あるだけで、ほかに誰もいなかった。

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